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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第二章 ヒンドウクシュ カピラ大聖編
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29  カピラ大聖

 ミトラは、それから一昼夜眠り続けた。


 何度か様子を見に来たスシーマとアショーカは翌日の昼前になってさすがに心配になってきた。

 このまま眠り姫となって目覚めないのではないか?


 ヒンドゥクシュで激闘したアショーカでさえ充分な睡眠と食事ですっかり回復している。

 ソルとアッサカも一日休んで元通りの任務に戻っている。


「ミトラ様、王子様達がお越しですよ。

 そろそろ起きて下さいまし」

 ソルが肩を揺らすが起きる気配はない。


 アショーカはいらいらし始めていた。

 いい加減食事を取らねば命が保てなくなる。


「ミトラ、起きてくれ」

 スシーマが手を持ち上げてもダラリと力が入らない。


「いい加減にせぬか!

 今すぐ起きねばキスするぞ!」

 アショーカが怒鳴る。


「な!」


 ソルとスシーマが非難の目を向ける。

 この王子なら本当にしかねない。


 しかしその途端ミトラはパチリと目を開け、驚いたように辺りを見回す。

 そしてベッドの上に飛び起きて後ずさった。


「ミトラ様、大丈夫ですか?」


「ソル、ひどく身の危険を感じたのだが……」

 ミトラは傍にいるソルの手を握り締めた。


 その様子を見てスシーマが笑い出す。

「確かに最悪の危険が迫っていたぞ。

 危なかった」


「え?」

 ミトラは腕を組んで不機嫌な様子のアショーカに気付いた。


「アショーカ……。

 夢ではなかったのだな。

 本当に無事帰ってきたのだな」


「夢にされてたまるか!

 あれほど熱烈に歓迎しておきながら、手の平を返したように拒絶しおって」

 ふんと鼻をならす。


 すっかりいつも通りのアショーカに安堵の思いが溢れた。

 耳には無事を祈り続けたラピスラズリの耳飾りが揺れている。


 翠の双玉が嬉しそうに細まるのを見て、アショーカは観念したように微笑んだ。

「お前は本当にずるいな」


「え?」


 くるくる替わる表情が愛らしい。


「間もなくカピラ大聖が来られる。

 そなたも会ってみたいだろう。

 準備をしろ」


「カピラ大聖が?

 では祭司大官の話は……」


「俺様を誰だと思っている。

 あんな山奥まで行って手ぶらで帰る男と思ったか!」


 はったりだ。

 命すら落として帰るかもしれなかったのだ。

 しかし精一杯の見栄を張る。


「千年の昔からいらっしゃると言われている伝説の大聖様が?

 本当に?」


「そうだ! 何度言わせるか!

 道行く僧院に立ち寄られてこちらに向かっておられる。

 今日は一番俺の太守就任を反対していたシャンディアール神殿の僧院に一泊されるそうだから、明日には着くぞ」


「わ、私も会ってもいいのか?」


「当たり前だ。

 ……というよりあちらが会いたがっておられる。

 七日間もそなたの目と共に過ごしたのだ。

 親近感も湧くだろう」


「え?」


「いや、とにかく、儀式の手はずと、衣装合わせなど準備をするぞ。

 今すぐ起きろ!」


「わ、分かった」

 ミトラは慌ててベッドから出ようとしてふらつく。


「バカもの、先に食事だ。

 それから湯浴みをして身を清めよ。

 そうだ、そなたに注意しようと思ってたのだ。

 湯に入った時ぐらい自分の体を見るべきだぞ」


「体を見る? なぜ?」

 唐突な戒めにミトラは首を傾げる。


「だから自分の胸の成長具合とかだな……」

 言いかけて、しまったと思う。


「な、何の話だ!

 なぜそんな事をそなたに注意されねばならん!」


 ミトラの隣りで、ソルも信じられないという顔で非難の目を向ける。

 やっぱりこんな破廉恥な王子には絶対嫁がせてはならないと決意を新たにした。


「いや、湯殿に大きな鏡を置いてやろうと思っていたのだ。

 それから湯は透明に……」

 アショーカは焦って余計な事まで口走る。


「大きなお世話だ! もう出て行け!」


 枕を投げつけられ、なぜかスシーマとアッサカまで追い出された。



「とんだとばっちりだ」

 扉の外でスシーマがため息をつく。


「お変わりないようで安心致しました」

 アッサカは相変わらず肝心な所でムードを壊す王子にがっくりと肩を落とす。


「その無神経では普通の女には敬遠されるな。

 そなたがモテぬ訳が分かった」


「むう……」

 アショーカは今回ばかりは皆の非難を粛々と受け取った。


   ※       ※


 翌日の昼過ぎ、要人警護の衛兵に囲まれ、カピラ大聖が到着した。


 その後ろからはカピラ大聖の復活に感激したバラモン達が大勢の列を成し歩いてくる。


 着古した粗末な腰巻を巻いただけの貧相な老人にしか見えぬが、バラモン達はそれをカピラ大聖だと疑わなかった。

 ある程度修行を積んだ者には間違えようのない気配があるのだろう。

 それはアショーカと共に中庭に迎えに出たミトラにも分かった。


 神に携わる者なら感じる聖人の気配。


「そなたがシェイハンの聖大師、アサンディーミトラ殿か」


 名を呼ばれただけでピリリと痺れるような気がした。


「はい。

 お目にかかれて光栄でございます。大聖様」

 ヴェールをつけたままアショーカの半歩後ろにひざまずく。


「なるほど。

 幾重もの封印に守られておるのう」

 大聖は目を細めて、凡人に見えぬミトラの何かを凝視した。


「え?」


「ミスラ神とは、嫉妬深いようじゃの」


「嫉妬深い?」


「じゃがすべては遠き過去に、成すべくして成ったもの。

 今のそなたは有るべくして有る姿じゃ。

 変化を求めれば苦痛を伴う。

 新たな道には犠牲がつきものじゃ。

 それでも変化を望むなら、わしも一役買ってやろうぞ」


「?」


 ミトラは大聖の話す言葉のほとんどを理解出来なかった。

 大聖は分かってないミトラに微笑んで、今度はアショーカを見た。


「わしに出来る事は、ほんの少し手を貸すぐらいじゃ。

 タキシラを治めるも、この姫を手に入れるも、すべてはそなた次第。

 わしは名を貸すだけの傍観者だと心せよ。

 欲しい物があらば、己の努力で勝ち取るが良い」


「もとよりそのつもりです」

 アショーカはにっと微笑み返した。


「ほっほ。そうであったな。

 充分に知っておったわ」



 ヒンドウクシュからタキシラまでの道々の僧院で説いた尊い説教に、バラモン達は皆感銘を深め、その大聖が支援を約束したアショーカ王子に、全僧院が従う事を決めた。


 ここにようやくアショーカ王子のタキシラ太守就任が確実のものとなった。


次話タイトルは「カーマ・スートラ」です

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