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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第二章 ヒンドウクシュ カピラ大聖編
57/222

22  魔酒ソーマ  

 洞窟の中はチラチラと燃える焚き火と、うっすら光を放つ湖面で視界が保たれていた。


「お顔の色が優れませんが大丈夫ですか?」


 木椀の中に小瓶の液体を注ぎながらラーダグプタはアショーカを気遣った。


 絶え間なく襲う肩口の痛みが、アショーカの肉体を消耗させ、膿みはどんどん広がっているような気がする。

 ただの裂傷にしては傷口の広がりが早すぎる。


「大丈夫だ。

 お前は今夜の魔酒の準備を頼んだぞ」


 大丈夫という割りに、焚き火のそばで寝そべったまま、動くのも辛そうだ。


「おやおや、また恋敵の登場ですぞ!」

 湖面をずっと見つめている老僧が興味津々で声を上げた。


「恋敵だと?」

 アショーカはヨロヨロと立ち上がり湖面を覗く。

 そして目を見開いた。


「兄上……」


 湖面には猿を肩に乗せたスシーマが映っていた。


 やがて視点が変わりミトラがスシーマに抱き上げられているのが分かった。


「もう到着したのか。

 大所帯でゆっくり来ると思っていたが……」

 苦い表情になる。


「兄上という事は、この方も王子様ですのじゃな?

 これは強敵ですのじゃ。

 素晴らしい色男の上に、この姫を見つめる目は紛れもなく恋をしてらっしゃる目ですのう」

 老僧はにやにやとアショーカを見る。


「サヒンダが必至に対抗しているようだが、やはり太刀打ち出来ぬようだな」

 湖面に映る側近達の表情から不利な状況が伝わってくる。


「なんとも前途多難な恋路ですのじゃ。

 そろそろ諦めてはどうですかのう。

 王子様が命懸けで守る目で、この方は別の麗しい男性を見ているのですぞ」


「ふん。見ているだけだ。

 ミトラの心は俺の元にある」

 痛む肩を押さえ断言する。


「ほっほ。諦めの悪いお方じゃ。

 ここまで見て来ましたが、一度たりとも、あなた様を想っておられるそぶりは感じられませんぞ」


「肖像画を描かせて置いてくれば良かった。

 さすれば一日中見つめているはずだ」


「ほっほ。

 恋は盲目と申さば、ここまで現実が見えなくなりますかの」


「なんとでも申せ。

 たとえミトラが別の男を想っていてもミトラの目は守る」


「なんと涙ぐましい美談ですのじゃ。

 他の男のものになる姫のため命をかけるとは……」


「ふん、他の男のものになどさせるか!」


「おおっ! そろそろ入浴シーンですぞ」

 目を輝かせる老僧を引っ張って、アショーカは焚き火のそばに戻る。


「見ないのでございますか?

 毎日あれほど楽しみになさってたのに」


「やはり覗き見などするのは性に合わん。

 見るなら堂々と名乗りをあげて見てやる」


「それもどうかと思いますが……」

 ラーダグプタが苦笑する。


 アショーカは焚き火のそばでぐったりと横になった。


「ラーダグプタ、湯殿から上がったらミトラが眠りにつくぞ。

 魔酒の準備はいいか?」


「はい。その前に少しお食事を召し上がって下さい。

 空腹で飲むのは危険です」


「ほっほ。ではワシも頂きましょうかの」

 図々しい老僧には慣れたつもりだが、ラーダグプタはやはりむっとした。


 ミトラが湯に浸かる間にアショーカ達の質素な食事は終わった。

 最後に魔酒ソーマに酒を加えたドロリとした液体を差し出す。


「これはシェイハンにいた頃、ミトラ様がお作りになった原液を酒で薄めたものです」

 シェイハンを出る時、保存されていた瓶を一つ、こっそり持ち出していた。


「原液は最高級の物ですが、ミトラ様はこれに植物の種などを加えていました。

 どれほどの劇薬か分かりません故、一口ずつお飲み下さい。

 分量を間違うと毒にもなります。

 痛みが少し和らいだ所で止めて下さい。

 徐々に効いてきますので」

 ラーダグプタが慎重に手渡す。


「分かった」


 アショーカはそろりと口をつけて一口飲んだ。

 すぐに体が熱くなる。

 異様な高揚感に包まれ体が軽くなる。

 さっきまで体に重くのしかかっていた痛みが嘘のように引いた。


「強いな。これで充分だ」

 これ以上は危険だ。


 杯を置いて、スクッと立ち上がり湖面に近付く。


 ミトラはまだ起きている。

 サヒンダの姿が映っている。

 相変わらず不機嫌な顔で何か注意しているようだ。


「ほっほ、夜着の姫の元を訪ねるとは、何やら危険な香りがしますのう」

 老僧はとにかく波風を立てたくて仕方ないようだ。


「何が危険な香りだ。

 サヒンダの不機嫌な顔を見てみろ。

 ロマンの欠片もないわ」

 アショーカは相手にせず、剣を抜いて刃の具合を確かめる。


「しかし何やら宝石を渡したようですぞ」


「宝石だと?

 そんな物ミトラが受け取るわけがないだろう」


「いいえ。

 喜んで受取り、大事そうに見つめているようですぞ」


「なに?」


 アショーカは剣を戻し再び湖面を覗いた。

 そして瞠目する。


「よほど嬉しかったようでございますぞ。

 胸に抱きしめているようでございますのじゃ」


 アショーカはにやりと老僧に微笑んだ。


「そうであろうとも。

 俺の耳飾りだ」


「え?」

 思いがけない返答に老僧が驚く。


「俺に夢中なのが分かっただろう。

 よし、力が湧いてきた。

 どれ鬼でも蛇でも来るがいい」



 アショーカは身軽に駆け出し、洞穴に向かって剣を構えた。


次話タイトルは「スシーマ皇太子」です

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