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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第二章 ヒンドウクシュ カピラ大聖編
51/222

16  ビンドゥサーラ王

「そなたがどう言おうがワシは認めんぞ」


 ビンドゥサーラ王はスシーマが戻って以来言い続けてきた言葉を繰り返した。


「アショーカなぞに太守などさせるものか。

 いらぬ権力を持って反乱でも起こしたらどうするのじゃ」

 結局はそれが心配なのだとスシーマは心の中でため息をついた。


 タキシラの民の事など、これっぽっちも考えてはいない。


「それにミカエルが孫と共にタキシラで暮らすと言い出したらどうするのじゃ。

 あれは今、孫と我が愛息ティッサの教育に夢中じゃ」


「母国シリアと手を組み反乱を起こすと?」

 最高顧問官の一人、アヴァンティ王が尋ねる。


「そ、そうじゃ。それじゃ!」


 違うだろうとスシーマは心の中で毒づく。


 この愚かしい父王は、すべてに凡庸で王たる志も浅はか、取り得らしいものが見当たらぬが、唯一つ、女の趣味だけはいい。


 我が賢母ラージマールといい、アショーカの母ミカエルといい、外見の美しさのみならず、二人とも王妃の器に優れた女だ。


 口では散々高慢ちきな女と罵りながら、その実、思うままにならぬミカエルにひどく執着している。

 そしてその愛妻にそっくりな王子ティッサを、この男には珍しいほどに溺愛しているのだ。

  

 その二人がアショーカを追って遠い西北の地に行ってしまうのではないかと、それだけが気がかりなのだ。


「なるほど都から手の届かぬ遠き地にて力をつけられると厄介ですな。

 しかもシリアと手を結ぶような事になれば国が二つに割れますぞ」

 コーサラ王もうなずく。


「なぜそなたアショーカなぞを太守につかせたがるのだ」


「それが反乱討伐の約束ではなかったのですか?」

 スシーマは答える。


「ふん、約束なぞどうにでも難癖をつけて反古にすればよい」


 そうやって多くの民や部下を裏切ってきたのだろう。

 そこにどんな罪悪感もない。


「されど大勢の民の前で宣言された事ゆえ、反古にすれば民の心も離れます」


「卑しき民が何を言おうが放っておけばよい。

 逆らう者は死罪じゃ」


 愚かな統治者に吐き気がする。

 側近の最高顧問官達も同じだ。

 自分の利益しか考えてはいない。

 ラーダグプタだけが正しい能力をもって任についている。

 だからタキシラに置いてきた。


 されどこの御前会議にラーダグプタがいれば、どれほど説得が簡単であったかと後悔していた。


「タキシラはここパータリプトラから遠く、西洋の国々と近接しているため、これまでも反乱が多くあった地です。

 アショーカを太守に任命せずして誰を就かせるのですか?

 並みの手腕の者では治まりがつきますまい。

 アヴァンティ王が行かれますか?

 それともコーサラ王ですか?」


「と、とんでもない!

 我等は最高顧問官ですぞ。

 都を離れるわけには行きません」

 二人は名指しされて青ざめた。


「されどお二人ほどの権力がなければ治める事など出来ません。

 アショーカがダメなら私が行くしかありません」


 スシーマはむしろそれでもいいと思っていた。

 タキシラにとどまれば、ゆっくりミトラの心を掴む事も出来るだろう。


「そ、そなたはダメじゃ!

 皇太子として都を離れさせる訳にはいかぬぞ!」


 しかし父王ビンドゥサーラが納得する訳がない。


「そうです!

 スシーマ様は都に残り、そろそろ身を固めて頂かないと」

 コーサラ王が力説する。


「そうでございます。

 最近ようやく女人に興味を持たれてきたとの噂は聞いてますぞ」


 金で雇った女達には口止めしているはずだが、どこからともなく漏れ出てしまうらしい。

 皇太子の女関係となれば金に糸目をつけず調べ上げるだろうから仕方ないのだろう。


「シェイハンの女はアショーカ王子が連れ去り、すでに慰み者になったのでございましょう。

 どうか次の婚約者を選んでくだされ」


 スシーマは眉間にシワを寄せる。

 ミトラを侮辱する言葉にはさすがに怒りを感じる。


「アショーカはミトラ殿に手出しはしておりません。

 彼の姫はミスラ神に嫁ぐと申しておいでだ。

 あの姫を愚弄されるな」

 珍しく語気を強める物言いに最高顧問官達は驚く。


「ま、まさかまだあの巫女姫に執心しておられるのではないでしょうな」


 タキシラから戻って以来、下手にミトラの事を取り沙汰して政治の闇に巻き込まれぬように破談にしたとしか言ってはいない。


「聞いておりますぞ。

 緑目の遊び女ばかりを寝所にお呼びだとか。

 まさか、先代の大王様の時噂されたシェイハンの呪い、《翠の呪》に囚われてしまったのでは……」


「《翠の呪》じゃと? なんじゃそれは?」

 ビンドゥサーラ王が怪訝そうに尋ねる。


「馬鹿馬鹿しい。ただの噂です。

 つまらぬ噂で私を貶めるつもりか!」

 あわててスシーマは声を荒げて話をそらす。


「いえ、とんでもございません」

 スシーマの機嫌を損ねまいと顧問官達は慌てる。


「婚約者選びは無事タキシラの太守を任命してからだ。

 皇太子としてこれは私の初の大仕事だ。

 これすらも成し遂げられぬようであれば、結婚など遠い話だ。

 私に結婚させたくば、今、この場で決めて下さい」


「こ、この場でとは無茶な。

 本人にも打診せねばならぬでしょうに」


「アショーカならこの場で決められる。

 もしシリアとの結びつきを心配されるなら、アショーカの妻子を人質としてパータリプトラに留め置くという事にされてはどうですか?

 さすれば下手に反乱など起こせぬでしょうし、ミカエル様も孫を置いてタキシラに行くなどと申されないでしょう」


 言ってから、やれやれとスシーマはため息をついた。


 最後の切り札を出すしかなかった。

 出来ればミトラを牽制させるためにも妻子にはタキシラに行って欲しかった。

 妻子が近くにいれば何かとミトラを口説く足枷になったはずだ。

 しかしこうなっては仕方がない。


「な、なるほどそれは良い考えですな」

「それなら万事うまく治まりますな」

 貴族達は一転賛成にまわった。

 さっさとタキシラの太守を任命して娘をスシーマの結婚相手に決めさせたいのだ。


「そうじゃな。それはいい。

 西宮殿にアショーカがいると思うと足が遠のいておったが、あいつをタキシラに追いやってしまえば、あの下卑な顔を見ずにすむ。

 よし、わかった。いいじゃろう。

 アショーカをタキシラの太守に任命する」


 ビンドゥサーラ王はようやく宣言した。




いよいよ50話を過ぎました。

ここまで何人の方が追いつけているでしょうか。

第二章は第一章で大量に登場した人物のキャラを安定させる章と思って書いてきました。

みなさまお気に入りのキャラはいますでしょうか?

誰が好き、誰と誰がからんで欲しいなど、気軽にお聞かせ頂けたら嬉しく思います。


では、次話タイトルは「側近サヒンダ」です

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