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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第一章 出会い編
34/222

34、アッサカと側近たち

「行ったようだな……」


 ミトラは自分の部屋から、城門を出るスシーマの兵を見送って呟いた。


 城の中でも一番豪華な南塔の最上階の部屋は、前太守の贅沢を残したままミトラにあてがわれた。


 タキシラに入ってすぐ、シェイハンの神殿再建と王家の復活を言い渡された時、ミトラは心ならずも胸が痛んだ。

 それは念願であったはずなのに、少しも嬉しくなかった。

 アショーカに何を期待していたのか。

 どんな言葉を待っていたのか……。


 やっぱり自分は愚かな小娘だと思い知る。


 アショーカはタキシラの太守として後処理に忙しく、スシーマの前でほんの少し会っただけで他には会う事も出来なかった。


 その後、捕らえられたライガは、罰として一ヶ月以内に読み書きの習得を出来なければ死罪と言い渡され、必死で勉学に励んでいるらしい。

 ソグドと共に行政に必要な知識を身に付けた後、地方管理官の役職が与えられると噂されている。


 騎士団はアショーカの近衛軍として配備され、タキシラの兵は軍隊長に任命されたイスラーフィルがまとめている。

 飢えた農民達にはゴドラが隠し持っていた貯蔵庫より食料が配給され、農地の整備に早くも取りかかったと聞いている。


 驚くべき行動力だ。


 アショーカには民を平和に治める青写真がずっと前からあったに違いない。

 この地はきっとマガダ一、平和で繁栄した都市になるであろう。


 安心すると同時にミトラは寂しかった。

 神殿に入ればもう誰とも会えなくなる。

 それはアショーカも同じだ。


 あと何度会えるのか……。

 忙しいのは分かるが、もうミトラには時がないのだ。


 今ならば聖大師様の気持ちがわかる気がする。

 人の世に未練が出来てしまった。

 こんな気持ちを知らなければ良かった。

 それならもっと穏やかに嫁げたのに……。



「恐れ入りますアッサカ様。

 アショーカ様がお呼びです」

 突然アグラとハウラが部屋にやってきて告げた。


「アショーカが? 私は?」

 ミトラの問いに、二人は顔を伏せた。


「恐れながらアッサカ様の留守の間、我々がミトラ様の警護を言い遣っております」


「そうか……」

 ミトラはうなだれた。


 自分にはもう用はないらしい。


「アッサカ。

 私が神殿に入った後はアショーカの元に参るがいいぞ」

「し、しかし……」

 アッサカは困ったように立ち止まった。


「遠慮はいらぬ。

 神殿に入れば、もはやそなたに会う事は出来ぬ。

 そなたの能力を生かせる場所で生きるのだ。

 それが国のためになる」


「ミトラ様……」

 アッサカは俯いたまま部屋を出た。


 今日こそはアショーカ王子に真意を聞こうと心に誓った。

 自分ごときが……という遠慮は捨て去るのだ。

 本気でミスラの神に嫁がせるつもりなのか?

 それで納得するとはとても思えなかった。

 切り捨てられても意見するつもりだった。




 部屋に入ると、アショーカの執務室には三人の側近の他に、ソグドとイスラーフィルまでいた。


「お前の髪の毛全部引っこ抜いて、黒胡椒をふりかけてやろうかっ!」


「は?」


 部屋に入るなりアショーカに暴言を浴びせられ、アッサカは目を丸くする。


「……という顔をしておるな」

 アッサカは青ざめて首を振る。

「思ってませんっっ!!」


「そなたらを呼んだのはシェイハンの再建についてだ」

 アショーカは、ははっと笑って本題に入った。


「そなたらにはミトラの気に入る見事な神殿を作るため力を尽くして欲しい」


「それはもちろん喜んでそうしますが、よろしいのですか?」

 イスラーフィルが尋ねる。


 ここに集まった面々は、アショーカがミトラに執心している事に充分気付いている連中ばかりだ。


「当たり前であろう。

 それがシェイハンの従属のためミトラと交わした約束だ」

「はあ。それはそうなのですが……」


「だが俺は以前のような神殿では満足出来ぬのだ。

 イスラーフィル、以前の神殿はいかほどの年月にて建てたのだ。

 知っておるか?」

「はあ。確か十年ほどの歳月を要したと……」

「では俺はその三倍の三十年をかけて建てようぞ」


「は?」

 一同は目を丸くした。


「その後にミトラにはミスラ神に嫁いでもらう事になるが……。

 うーむ、それではちと年を食いすぎるな。

 ミスラ神にそのような年増を娶らせてよいものか……。

 どう思う? イスラーフィル」


「はは……それは……」

 イスラーフィルはアショーカの真意が分かって破顔した。


「それに早く世継ぎを生まねば血筋も途絶えてしまうな」

「それはもう由々しき事にございます」

 すぐさま話を合わせた。


「では仕方がないゆえミトラには人間と契りを結んでもらう他ないな」

「まことに残念ですが仕方ありませんな」

 三人の側近は必死で笑いを堪えている。


「誰かミトラと契る良き人物はおらぬか?

 そなたらどう思う?」

 イスラーフィルもわざと難しい顔で尋ねるアショーカに笑いがこみ上げる。


「何だっっ!! 申してみよっっ!

 アッサカ!

 そなた思い当たる者はおらぬのかっっ!」

「は。

 それはもうアショーカ様以外おられぬかと……」

 恐縮して答えるアッサカに、アショーカは大仰に驚いてみせた。


「なに? 俺様だと?

 何を申すか。俺にはすでに三人の妻が……。

 うむ、しかし待てよ。

 俺以外にあの口の減らないじゃじゃ馬を手なずけられる男などいるまいな」

「はい。その通りでございます」


「もうっ!

 回りくどいよね。

 さっさと結論を言いなよアショーカ!」

 ヒジムが痺れを切らせて口を挟む。


 アショーカは咳払いを一つして宣言した。


「仕方があるまい。

 まったくもって迷惑な話だが、ミスラ神に嫁ぐまで俺が人間の仮の夫としてあの者を娶るとしよう!」

 アショーカが言うと、どっと部屋中に笑いが巻き起こった。


「よいか?

 そなたらから、これは仕方のない事なのだと、よくよくあの石頭に言い聞かせよ。

 イスラーフィルはシェイハンの石工を集め、ゆっくり神殿を建てよ。

 工期は十年二十年遅れても構わぬ。

 くれぐれも丁寧にゆっくり。

 工期を早める事はならぬぞ!」

「はい。心得ましてございます」

 イスラーフィルは頭を下げた。


「ソグドは神殿に飾る調度の手配を任せる。

 良き品を吟味に吟味を重ね選べ。

 何十年かかってもよい」

「はっ。仰せの通りに」

 ソグドも膝をつき拝礼する。


「アッサカは常日ごろより俺を夫にするのが最善の策だと言い聞かせよ。

 毎日だ!」

「はい。必ずや」

 アッサカは凶悪に微笑む顔を俯けた。


「もうっ!

 自信がないなら素直に言いなよ!

 自分で落とす自信がないんでしょ」

 ヒジムが言うと、また一同に笑いが巻き起こった。



次話タイトルは「アショーカとミトラ」です

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