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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第六章 トルファン 遊牧の民 烏孫編
205/222

23、アショーカと月王の攻防

 翌朝、山に敷いた陣から離れた先の平原で、アショーカとヒジムにアッサカ、そしてカイとイフリートと十人の月氏の兵が騎馬のまま烏孫を待っていた。


 朝の山は、夜とはまた違う低空に閉じ込めたような寒さが足先を凍らす。

 夜明けの約束だったが、すでに空はすっかり明るくなっている。


 夜明けなどというアバウトな約束だから仕方ないが、もうずいぶん待った。


「まさか来ないつもりじゃないだろうな」

 アショーカはいらいらと腕を組み直す。


 来ない場合は一旦、陣に戻り、イフリートの全軍を連れて烏孫の村に攻め込む。


「くそう、ミトラのやつ、まさか俺を嫌がってるのではないだろうな」

「だから言ったでしょ? 手紙にはアショーカの名前より僕とアッサカの名前を入れた方がいいって。僕達だったらミトラも絶対来たのに」

 ヒジムが隣から口を挟む。


「むうっ! それではまるで俺の名があるから来ないみたいじゃないか」

「そうじゃないの? それ以外考えられないでしょ」


 アショーカはチラリと隣に馬を並べるカイの様子をうかがった。

 今は赤目ではない。

 きたえ込まれた体躯たいくの割りに表情は幼い。

 まだ子供の域を出ていない。


「チャン氏に聞いたが、お前は少し前まで中華の人質になっていたらしいな」

 カイはアショーカに話しかけられて、飛び上がりそうに緊張している。


 月王の私室まで否応無く押しかける強引さを目の当たりにして、相当恐れているらしい。


「は、はい。月王様の身代わりに、ちょうという国に軟禁されておりました」

「趙? 中華には幾つも国があるのか?」


「はい。いくつかの大国に別れ、戦の絶えぬ戦乱の地です」

「どんな連中だ? 熊のような大男達か?」


「いえ。ぼ、僕は……その……月王様のフリをして……その……姫君の恰好をしてましたので、周りにいる男達は宦官かんがんか文官でした。だから……細身のみやびやかな男が多かったです」


「ああ、そうか。女だったな」

 姫のフリをしてたのかとジロジロ見やる。


 カイは狼に睨まれたように身を小さくしてオロオロしている。


「お前に身代わりをさせて月王はどこにいた? 時々入れ替わってたんだろう?」

「えっ!」


 カイは弾けたように顔を挙げ、ますますオロオロと落ち着きが無い。


「分かってるぞ、月王。出てきたらどうだ?」

 アショーカはカイの瞳の奥を覗き込む。


「な、な、何をおっしゃってるんですか? ぼ、ぼ、僕は……」

「余計なごまかしは無用だ。月王、さっさと出てきやがれ」


 更にアショーカが問い詰めると、ぽうっとカイの目が赤く光った。

 途端に、オドオドしていたカイが、不敵な表情をつくり、ふっと口端で微笑む。


「何の御用ですか? 今、あなたの連れて来た商人と商談中だったんですがね」

「ふん。あっさり認めやがったな、月王」


「えっ! 月王? カイじゃないの?」

 ヒジムが横から目を丸くしてカイを見つめる。


「見た目はカイだが、中身が月王に入れ替わってるんだ。目が赤いだろ?」


 カイはジロリとヒジムに冷ややかな視線を向けた。

 カイにはない傲岸ごうがんな視線だ。


「ぎゃああ、怖いよ。僕そういうの苦手だって言ってんじゃんか」

 ヒジムが顔を強張こわばらせる。


 月王の入ったカイは、すっと周りを見回して状況を把握する。


「どうやら女神は現れなかったようですね。あなたの元に帰りたくないという解釈でいいでしょうか?」

 カイは楽しむようにアショーカを見つめた。


「いや、ミトラは手紙を見てないか、烏孫に捕えられて来れないんだ」


 言い切るアショーカにカイは、くくっと笑った。

 さっきまで純朴な少年だったはずなのに、中身が入れ替わると、こうも印象が違うものかとヒジムは背筋が寒くなった。


「どこからその自信は湧き出て来るんでしょうか。むしろ我らの包囲網に恐れをなした烏孫が必死で説得するも、行きたくないと泣いて懇願する女神の姿が想像出来ますが……」

「むうう……、くだらぬ想像をするな!」


「されど、来ないとなれば次の作戦に進めなければなりませんね。一旦、陣に戻り、イフリートの軍を連れて女神を奪還するか……それとも……」


「それとも?」


 もう一つ選択肢があるとは聞いていない。


「この場で無用になったあなたを殺しタキシラに向かうか……」

「なにっ!」


 アショーカの背後のヒジムとアッサカが剣の柄を握る。


「もう一つ選択肢はあるぞ」

 アショーカは分かっていたように落ち着いている。


「もう一つ?」

 カイが不審な顔を浮かべる。


「このまま俺とヒジムとアッサカで烏孫の村に突入して、ミトラを奪還する」

「……」


 カイは笑顔を消してアショーカを睨みつける。


「どうした? さすがに読めなかったか? 俺も今考えたからな。驚いたか」

「いいえ。相変わらず無謀なバカだと感心してたのです。たった三人で奪還出来ると? それにあなたの私兵と側近二人は置き去りですか? 無慈悲な暴君だ」


「あんたに俺の私兵と側近を殺せるか? 出来ないだろう?」

「女だからそんな残酷は出来ないとお思いですか? 甘いですね」


「いや、残酷だからじゃない。あんたは烏孫を殺せばミトラが俺を許さないと言った。だが、烏孫を殺すのを一番恐れているのはあんただ。女神に一番嫌われたくないのはあんただろう?俺や俺の側近を殺したら、あんたは確実にミトラの敵になる。それが怖いのだろう」


「……」


 カイはしばし黙り込んだ後、ふふっと微笑んだ。


「何がおかしい?」

 アショーカはむっとカイを睨んだ。


「どうやら別の選択肢が必要になったようですよ」

「なにっ?」


「アショーカ! あれ!」

 ヒジムが指差す方角から騎馬の一軍が現れた。


「烏孫か……」


 数人の屈強な男達の先頭に烏孫がいた。



次話タイトルは「一触即発の取引き」です

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