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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第六章 トルファン 遊牧の民 烏孫編
199/222

17、月王の嘘


「なぜ、あのような嘘を?」


 アショーカが立ち去った私室で、チャン氏は月王つきおうに尋ねた。


「どの嘘の事だ?」


 そんなに嘘をついていたのかとチャン氏は苦笑する。


「私に分かる嘘など一つしかございません」

「女と言った事か? 嘘などついてはおるまい」

「え? しかし……」


 つやめいた瞳で見つめられると、幼い頃から仕えていたチャン氏ですら、分からなくなる。


 本当は女だったか?

 いや、そんなはずはない……。


「いつも女性を無遠慮に見るのかと尋ねただけで、私が女だなどとは一言も言ってない。あの男が勝手に思い込んでいるだけだ」


 そういう意味かとチャン氏は胸を撫で下ろす。


 この主君であるなら、どんなありえない事も現実に変えてしまいそうな気がする。

 昨日まで男であったとしても今日は女かもしれない。


「他にも嘘をつかれたのですか?」


 どれが嘘でどれが本当かなど、チャン氏には分からない。


 アショーカ王子が簡単に理解に及んだ、球体の星という話も何度月王から聞かされても、いまだに半信半疑だった。あの荒唐無稽な話についていけるアショーカ王子に感心する。


「嘘ではない。ただ、必要な情報のいくつかを、くれてやらなかっただけだ」


「必要な情報といいますと?」


「例えば、そうだな。悪に染まりきったようなあの男だが、それと同じぐらい神の気配をまとってもいるという事だな」

「神の気配を?」


「おそらく一度死ぬはずだった魂を救ったのは神だ。破壊と再生の神シヴァか……。不思議な男だ。あんな風に神と悪魔を混在して纏う男を初めて見た」


「何やら嬉しそうでございますね、月王様」

 珍しく感情が表に出ている。


「久しぶりに楽しめそうだ。天命を生きる者の未来だけは私にも予測不可能だ。そして封印に閉ざされた女神の心に唯一干渉出来るのは神の領域だけ。女神がミスラ神に縛られているのもそれ故。あの男は時代を変える嵐の中心になるやも知れぬな」


 月王は手元の水晶をコロリと床に転がしてみやびやかに微笑んだ。




「何か分かったか? ヒジム?」

 部屋に戻るなりアショーカは側近に尋ねた。


「そっちこそ月王に会えたの? えらく不機嫌そうだけど」


 側近達はそれぞれ剣を磨いたりして脱出の準備を進めている。


「やはり女だったぞ。気味の悪い生意気な女だ」

「なに? ブスだったの? 年増?」

「いや、ブスではないな。たぶん俺より年下だ」

「ええっ! マジで?」


 ヒジムが叫んで、他の面々も顔を見合わせた。


「何もかも見えてるような言い方しやがって。くそ腹の立つ女だ」

「珍しいね、アショーカが女にそこまで辛辣しんらつなんて。本当に女だった?」


 この主君は本能で女に甘い。

 こんな事は珍しい。


「俺を悪のかたまりのように言いやがって。くそっ!」

 どっかと床に胡坐あぐらをかく。


「ぷぷっ。正直な人じゃないか」

 吹き出すヒジムをギロリと睨んだ。


「ふん! 男は悪なんだと。お前のように両方の性を持つ者は進化のあかしだとさ」

「なんか分かんないけど、いい事言うじゃんか」


 何の話をしてきたのかとヒジムはおかしくなった。


「お前の方はどうなんだ? うまく脱出出来たか?」


 どこか怪しいカイをアショーカが引き付けている間にヒジムが部屋を抜け出す算段だった。


「うん、楽勝だよ。あのカイって子がいなくなったら、簡単に抜け出せた」

「それで? 何か分かったか?」


「まず、騎士団は暖かいゲルで充分な食事を与えてもらってるみたいだ。隊長と話が出来たから、いつでも脱出出来るように合図を決めてきた」


「ふーん」


 どんな企みがあろうと、兵士を正しく扱ってくれる事には感謝する。


「それから気になる事がある」

「気になる事?」


「うん。十万の兵を出すって言ってたけどさ、どう多く見積もっても一万がせいぜいじゃないかな? 防寒具やゲルや食事も一万人分でギリギリ間に合うぐらいだ」

「はったりだって事か?」


「うん。この辺境で、しかもこの季節に十万って無茶だよね?」

「ふん。そんな事だろうと思った」


「どうしますか? 脱出して騎士団を背後に置いて私達だけで潜入しますか?」

 意気込むイスラーフィルにアショーカは腕を組んで考え込む。


「その作戦だがな、月王にはバレバレだった」


「な!」


 一同が驚く。


 間者がどこかで聞いているのかと辺りを見回す。


「おそらく月王ってのは普通の人間に見えない物が見えるらしい」

「なに? 辺境にいるシャーマンってやつ?」


「その最強ってとこか。おそらく人をしろにして動かす事も出来る」


「ええっ?! やだな、僕、そういうの嫌いなんだってば」

 ヒジムが肩をすくめる。


「たぶんカイがその憑り代だ。赤い目になった時は月王が入っている」


 アショーカはカイの瞳が赤く染まった時の気配を頭に浮かべる。


(あれは月王がかもす気配と同じだった)


 威圧するような、絶対者の気配。


 大国の王子として、王と呼ばれる男にも大勢会ってきた。

 その中でも最強の脅威を感じた。


(まずいな……)


 いつも強気な男には珍しく、少しも勝てる気がしなかった。




次話タイトルは「思いがけない珍客」です

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