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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第六章 トルファン 遊牧の民 烏孫編
198/222

16、月王の話す未来


「話の続きに戻りましょう。では、大地がこの球体だったとして、夜空に見える星がすべて、同じような巨大な球体だと言えば信じますか?」


「ありえない話ではない」

 仮定の一つとして考えた事もあった。


「話が早くて助かりました。あなたは思いの外、柔軟な思考の持ち主らしい」


「話が飛躍したままだが?」


 それとミトラに何の関係がある?


「まあ、そう急かさないで下さい。では、この星一つ一つが、人で言うところの男女のような性差を持つと言ったら信じますか?」


 どんどん話がおかしくなっていく。


「は? 星に雄雌があると言うのか?」

 さすがにそんな仮定は立てた事がない。


「星にも人のような男女があり、惹かれ合うのだとしたら信じますか?」


「バカな! では星同士がくっついて結婚でもすると言うのか? ありえない」

 さすがにそこまで荒唐無稽こうとうむけいな話には同意出来ない。


「そうですね。星同士がくっつこうとすれば、衝突して砕け散るでしょう」

「当たり前だ!」


 何の話だ。

 バカにしてるのか?


「では女の星に男の魂、男の星に女の魂が宿るのだとしたら?」


「?」


 言ってる意味が分からない。


「我々の住むこの星は、陰の気を帯びた女性のような存在なのです。そこに陽の気を帯びた男の魂が引き寄せられてきた」


「何を言ってる? それでは地上には男しかいない事になるだろう?」


「ええ、その通りです。大地から陰の気が産みだされ、陽の気を持つ雄々しき魂が引き寄せられる。しかし物事はそう単純ではない。太古の昔、この陰の大地に引き寄せられた陽の魂は、大地と睦み合い命を産み出した。それらは陰と陽の複合体。

 人間は誰しも必ず陰と陽の両方を帯びて存在している。どんな雄々しい男にも女性的な部分があるように、どんなはかなげな女にも男らしい部分がある。

 その最先端を行っている人が、あなたの従者にもいるでしょう?」


 ヒジムのことか……。


「彼らは人類の進化の証です。遠い未来、人は陰陽の中間の存在となるでしょう」


「まさか……」


 男でも女でもなくなるというのか……。


「男は少しずつ女に近付き、女は少しずつ男に近付く。しかし大地から奪われ続ける陰の気は、今ではどんどん失われつつある。この星の均衡は崩れ始めている。そんな中で唯一太古の姿を維持し続けているのがシェイハンの女神です」


「ミトラが?」


「女神は限りなく陰の気で満ちた存在。大地からそのまま産まれ出た奇跡の女性なのです」

「奇跡の女性……?」


「人は陰を悪、陽を善と思いがちですが、実際は真逆です。何を善ととらえるかによって、曖昧あいまいな部分もありますが、がいして陰とは善の要素、陽とは悪の要素を持つものです。領土を欲しがる男、国を治めたがる男とは、陽の気の多い、悪の要素を強く持つ者達です」


 否定は出来ない。

 領土を欲しがるとは侵略を意味する。

 およそ善の心を強く持つ者には出来ない事だ。


「世間に名を響かせる偉大な王とは、たいてい極悪人ですよ」

「確かにな……」


 自分も果てしなくそちら側の人間だ。


「陽の気に溢れた男達は自然の摂理として、陰に引き寄せられる。つまり、野心の強い男ほど、この星の大地の化身たるシェイハンの女神を手に入れたがるのです」


「月王殿もその女神を手に入れたいと?」


 そういう事か?


 月王はおかしそうにふふっと笑った。


「私は陰と陽を寸分のかたよりなく平等に保つもの。私は女神を奪う者ではない。この大地の守護者。彼の姫を見守り、あるべき所に戻す者です」


「あるべき所とは?」


「女神の望む所です。だからあなたに問うのです。女神は本心であなたのそばにいたいと思っているのかと……。私にとって重要なのはその一点のみ」


「月王殿がそれに干渉する必要があるのか? 放っておけばいいだろう?」


 余計なお世話だ。


「先程言ったでしょう? この星は均衡が崩れ始めていると。あなたのように悪に振り切った男が多過ぎる。陰の気を多く持つはずの女達までが悪に寄りつつある。善なる女神を守る事はこの星の守護者たる私の使命です。自然の摂理に従っているだけのこと」


「では俺も自然の摂理に従い、手に入れたい者は力ずくでも奪う」


「ふふ、陽の気のかたまりのようなあなたに、一つ教えておいてあげましょう」


「なんだ!」

 

 まるで自分を悪人と決め付ける月王に腹が立つ。


「陰と陽は惹かれ合うものと思っているかもしれませんが、そうではない。陽は惹かれ奪うもの。陰は求められ奪われるもの。善と悪に置き換えるとよく分かるはずです。悪は時に善に憧れ、恋焦がれるが、善は悪に憧れる事も焦がれる事もない。

 あなたがどれほど女神に惹かれ求めようとも、女神があなたに惹かれる事などない。あなたはどこまでも奪う者。善の気を奪い続ける略奪者なのです」


「!」


 ミトラを闇に落としたと夢で語ったカルクリを思い出す。


 アショーカの存在がミトラを闇に落とすのだとすれば、どうしていいか分からない。

 動揺を浮かべるアショーカに、月王は最後の仕上げとばかりたたみかけた。


「ここまで理解されたようなので、ここであなたに二つの未来を教えてあげましょう」

 月王は草編みの床の上に二つの小さな水晶玉を置いた。


「今、あなたは二つの選択肢で迷っておられる。一つはこちら」

 言って月王は右側に置いた水晶を指し示す。


「私の兵と共に、女神の救出に向かう道です。三日の行軍でトルファンを包囲し、烏孫は背後に匈奴の援軍を得るも間に合わず、我らの脅威にさらされ沈黙を保ちます。死者は一人も出ず、最終的に女神の判断にゆだねられるでしょう」


 月王が指差す水晶はポウっと翠の光を放ってから透明に戻る。


「そして、もう一つこちらの道」

 月王は左の水晶を指差す。


「あなたは私の城から脱出し、あなたの兵を背後に置いて五人だけで烏孫の村に潜入します。慣れない地理と寒さで行軍に五日、兵の半数が凍死します。そして匈奴の援軍をすでに配置した烏孫と不利な戦闘になり、あなたの側近の内二人が命を落とします。あなたはそれでも烏孫に辿り着き、烏孫を殺し、女神を奪います」


「な!」


 まるで見たように話す月王に気味が悪くなる。


「ここで知っておいて欲しいのは、女神は烏孫を嫌っていないという事です。契約を結んだ烏孫は、どれほど粗暴な男であったとしても、命懸けで女神を守る宿命を背負った者です。そんな烏孫に女神は感謝の情すら持っているはずです。その烏孫を殺したあなたを、女神は決して許さない」


 充分にありえる未来に青ざめる。

 身近な人間を殺したアショーカをミトラは生涯許さないだろう。

 それは間違いない。


 月王の指し示す水晶がポウっと黒くくすんで、透明に戻った。


「よく考えられるがいい。どちらの道を進むのか……」

「バ、バカバカしい! 何もかもあなたの思い通りになると思うな! 俺はどんな運命も自分のこの手で変えてきた。運命は変えられる」


「そうですね。知ってますよ。あなたは運命と宿命の輪からはみ出して生きている。あなたは数少ない天命を生きる存在。だから遠い地にいながら、私の意識があなたをとらえていた。これはあくまで可能性の話です。選択は、あなたの自由だ」


 月王は勝ち誇ったようにアショーカに微笑んだ。




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