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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第六章 トルファン 遊牧の民 烏孫編
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10、信じられない結末


「あ!」


 神威は驚いたような声を上げたまま立ち止まった。



「ど、どうした? ミトラはそこにいるのか? 神威、早く教えろ!」


「ミトラはここにいます。でも……これは……」

 口ごもる神威に烏孫は悟った。


「やはり熊切の野郎が……」


 握った拳に怒りが凝縮される。

 一呼吸おいて覚悟を決めた。


(切り捨ててやるっっ!!)



熊切くまきりっっ!!! そこになおれえいいい!!!」


 剣を引き抜きゲルに押し入る。


 そして想定外の光景に呆気あっけにとられた。



「これは?」



 剣を振り上げたまま固まる。


 ゲルの真ん中で正座をして、困ったように烏孫を見上げるミトラがいた。

 そしてその横には、寝袋の中に頭を突っ込んで、ガタガタ震える熊切の姿があった。



「ど、どういう事だ?」


 訳が分からず、烏孫はとりあえず剣を脇にしまう。

 そしてミトラの細い両腕を掴んだ。


「無事か? ミトラ、何もされてないか?」

「わ、私は大丈夫だが……」


 その言葉を聞いて、心からの安堵あんどのため息が出た。


「良かった……」

 そのまま腕にあまる小さな少女を力一杯に抱き締めた。


「く、苦しい……。烏孫、離してくれ」


 その腕力にミトラがもがく。

 それすらも愛おしい。

 もう二度とそばから離さないと心に誓う。

 こんな後悔は二度としたくない。


 ほっとするとすぐに、疑問が浮かび上がった。

 何があったのか?

 熊切のこの状態は何なのか?


「ミトラ、何があったんだ? 熊切は何故震えてるんだ?」

「わ、私にもさっぱり……。無理矢理ここまで連れてきたくせに、ゲルで対峙した途端、突然訳の分からない事を叫んで、ずっとこの状態なのだ」


 神威が寝袋をめくって、熊切に大丈夫かと尋ねているが、ますます奥に隠れてしまう。


「おい、熊切、どうしたんだ?」

 烏孫もそばに行って尋ねる。


「あの……私が何かしたのだろうか? 熊切?」

 ミトラもそばに行って熊切の背を撫ぜてなだめる。


 しかしミトラの声を聞いた途端、熊切は「ひいいい!」と叫んで「すみません! すみません!」と連呼した。


「おいらごときが、あなた様のような清らかな方に良からぬ事を……。どうか、どうかお許しを……。もう二度と、決してこのような不埒ふらちなマネは致しません」


「?」


 烏孫は熊切の口から想像もできない懺悔ざんげの言葉を聞いて首を傾げる。


「あの……私は別に熊切殿を罰するつもりなどないのだが……」

「ひいいい、どうかこの汚らわしい男を罰して下さい。この愚か者め! この愚か者め!」

 熊切は叫ぶなり、自ら床に自分の頭をガンガン打ち付けた。


「く、熊切殿、やめて下さい。怪我をします!」

 ミトラが止めても聞く様子はない。


 仕方なく烏孫が力づくで自傷する熊切を止めた。


「どういう事だ?」

 さっぱり分からない。


「そういえば……タキシラでもスシーマ王子が連れて来た師が何人か、このような状態になったが」

「師? 何の師だ?」

「男女のことわりを教えると言っていたが……」

「男女の理?」


「アショーカ達は私にはっきりとは教えてくれなかったのだが、どうやら私は一部の知識だけが欠落しているらしく、スシーマ王子は聖大師の謎を解けば、きっと分かると言っていた」


「一部の知識……」

 それはおそらく熊切がミトラにしようとしていた行為の事だろう。


 そして、烏孫は今まで疑問に感じていた事の答えがようやく分かった気がした。


「なるほど……そういう事か……」


 はは……と笑いがもれる。


 ずっとおかしいと思っていた。


 タキシラのアショーカ王子の城にミトラを残したままパータリプトラに戻ったスシーマ王子が。

 タキシラから連れ去られたミトラをスシーマ王子に預けておくアショーカ王子が。


 普通好きな女が他の男にさらわれたならば、一刻の猶予もなく取り戻そうとするはずだ。

 それなのに、お互いを信頼するようにゆだねあっている王子達。


 不埒ふらちな手出しが出来ないと分かっているから……。


 命の危険だけを防ぐなら、お互いの王子が一番信頼出来るに決まっている。


「烏孫、アショーカ達は私に隠しているようだったが、なんとなく分かっているのだ。私は何か呪のようなものに縛られている。それが解けない限り、常識で考えるところの普通の結婚は出来ないらしい。だから烏孫、そなたの妻にも……」


「俺はお前を妻にする!」


 ミトラの言葉を退けるように烏孫が言い放った。


「だ、だからそれは出来ないのだと……」

「非常識でも普通じゃなくても構わない! もう決めた!」


「烏孫……」


 ミトラの意見など聞くつもりはないようだった。


「お前は今日から俺のゲルに入れ。家事も炊事もしなくていい。外には出るな」

「でも、私は……」


 また隔離かくりされる日々だ。

 なぜ男達は自分を妻にして閉じ込めたがるのか。


「神威を従者につけよう。こいつはお前の危機に唯一気付いて行動した者だ」

「神威を?」


 神威は驚いてその場で拝礼する。


「いいな、神威。俺の未来の妻付きの従者だ。俺の側近の地位を与える」

「は、はいっ! ありがたき言葉、ミトラ様に命賭けでお仕え致します」



 烏孫が今頃、熊切のものになったミトラを目の当たりにして諦めているだろうと思っていた女たちは、翌日信じられない結末を突きつけられることとなった。


次話タイトルは「アショーカと月王」です

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