表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第六章 トルファン 遊牧の民 烏孫編
189/222

7、トルファンの男達


 起伏のある大地に百を超える羊とヤギの群れと、牛やラクダなど雑多な群れがこちらに向かってきていた。

 先頭には数十頭の騎馬の男達が猛スピードで駆け、あっという間に烏孫とミトラの前に到着した。


「烏孫! やっと帰ってきたか! どこで遊び呆けてやがった」

「俺達に村を任せっきりで何やってたんだ!」


 先頭を競うように駆けてきた二人の大男が馬を飛び降り烏孫を羽交い絞めにして小突き倒す。


翔靡しょうび蘭靡らんび。ちょっ……やめっ……放せ! あーうっとおしい!! やめろっ!」


 背の高い烏孫が子供のようにやられ放題になっている。

 女も大柄だと思ったが、男もみんな恐ろしいような大男ばかりだ。


 さらに、最後に空を切るように烏孫に飛びついた姿にミトラは仰天した。


「ゾドッ! うわあっ! よせって。分かったから。待てってゾド!」


「ユキヒョウ?」


 毛皮は見た事があるが、生きている姿は初めて見た。


 白い毛に黒のまだら模様。長い尾は大蛇ほど太く、青氷のように鋭い瞳。


 烏孫にさんざんにじゃれ付き、舐め倒した後、ピクリと三角の耳を立ててミトラを見た。

 同時に烏孫の周りに集まっていた男達も見慣れぬ女に気付いた。


「お? なんだ? 女神を連れてくるだのほざいてたくせに、それがこの子供か?」

「巨乳好きのお前が、えらく謙虚な胸の女を連れてきたものだな」


 やはり最初に話題にされるのはそこなのかと、ミトラはもう驚かなかった。


「こ、これは手違いで……。まあ、とにかく今日からこの村の一員だ。よろしく頼む」


「ふーん」


 翔靡と蘭靡は物珍しそうにミトラの周りをぐるりと回った。


「いや、でも悪くないぞ。あと五年もすれば素晴らしい巨乳美女になるかもしれんぞ」

 ミトラの瞳を覗き込み、うんうんと頷く。


「先に言っておくが、その女はそれでも十四だ。もう結婚適齢期だ」


 烏孫の言葉に男達は「ええっ! マジかっ!!」と驚愕する。


「十四でこの貧乳だとあまり期待出来ないな。この村では嫁ぎ先はないぞ」


 男達は哀れみの表情になる。

 本当に女としての価値無しらしい。


「まあ、売れ残ったら俺が責任をとるさ」


 烏孫は散々にこき下ろされるミトラに笑いを堪える。


「ええっ! ちょっと、なんでそうなるのよっ!」

 異議があるのは女達だ。


「それだったら私も売れ残るわ! だから烏孫様に責任とってもらうわよ」

 杏奈が叫ぶ。


「杏奈を狙ってる男は大勢いるだろう。お前が売れ残る事はない」

 烏孫はすぐに却下する。


「そんなのおかしいわよ! 神威かむい、あんたこの子を妻にしなさいよ!」

「そうよ神威、あんたならちょうどいいわよ」


 何故か今日成人になるばかりの神威が、責任をとれとみんなから責め立てられる。

 純情な神威は困ったように真っ赤になってうつむいていた。


 そんな中、群集の一人がおもむろに手を挙げた。


「おいらが妻にしてやってもいいぜ」


 赤毛の大男だ。


 いろんな動物の毛皮を縫い合わせて羽織り、ひどく野蛮な感じがする。

 いやらしい目で舐めるようにミトラを見回し、グヘへと酒臭い笑いを漏らした。


「おいら、小さい女は結構好みなんだ。このみどりの目もいいなあ、グヘへ」


 女達はぎょっと男を見てから、気の毒そうな視線をミトラに送った。


「そ、そういえば、熊切くまきりはまだ独身だったわね。い、いいかもね」

 一人の女が祝福する。


「そ、そうね。とりあえず、嫁ぎ先は一件は確保出来たじゃない」


 若い女に次々力ずくで手を出す熊切には、被害を受けた女も大勢いた。

 その熊切の伴侶はんりょが決まって、烏孫も責任を取らなくていいなら女達には一石二鳥だ。


「ゲヘヘ、じゃあ決まりだな。今夜からおいらの妻にしてやるぞ」


 熊切はミトラの腰周りほどもある腕で、ぐいっとミトラの手首を掴んだ。


 そのまま熊切の胸に飛び込むかに見えたミトラの体は、すんでの所で烏孫の腕に抱えられる。


「まあ待て、熊切。こいつは今日村に来たばっかりで、ここの暮らしにも慣れていない。ショックで自殺されても困る。もう少し慣れるまで、誰もこの女には手を出すな」


「ええ――っ。そりゃないぜ、烏孫様。おいら、すっかりその気になってるのに」

 諦めきれないように、手首を掴んだ指だけは離そうとしない。


「命令だ、熊切」


 ギロリと睨まれ、熊切は仕方なく手を離した。


「ちぇええっ! なんだよなあ!! じゃあ代わりに誰か今夜相手してくれよ」


 熊切に言い寄られ、女達は慌てて他の男の背後に逃げる。

 相当嫌われ者らしい。



「烏孫様、そろそろ神威の成人の祝いを致しましょう。日が暮れてしまいます」


 場が落ち着いた所で銀髪を無造作に伸ばした、珍しく小柄な壮年の男が催促をした。


「ボー、そうだな。我がシャーマンも言ってる事だし、そろそろ始めるか」


 日が暮れると一気に気温が下がるため、儀式はまだ日の高い夕方前に始まる。


「男達は家畜を柵に戻せ。女達は料理の準備を。ゲルに残ってる年寄りも呼んできてくれ」


 烏孫に命じられ仕事に戻る男達の視線から守るように、まだミトラを背に庇う烏孫を、女達は不満気に見つめながら持ち場に戻った。

 中でも若い杏奈は燃えるような目で立ち去った。


次話タイトルは「成人の儀式」です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ