1、プロローグ
眼前に広がる王庭を眺めながら、老いた男はゆっくりと目を瞑った。
久しぶりに身近に感じる昂揚に、懐かしい恍惚が蘇る。
(近付いてきている? なぜ?)
そんな事があるはずはない。
一人、首を傾げる。
(あの方に何があったのだ?)
この数ヶ月、ほとんど気配を感じない。
そうかと思えば、突然の雷のように気配を現す。
その度、位置を変え移動している。
「単于様、ヒンドゥに放っていた間者が戻って参りました」
戸口の側近が、待ちかねていた報告を告げる。
「通せ」
人差し指をくいっと折って、手招きをする。
間者の男は老人の前に跪き、拝礼する。
「作法はいい。早く申せ!」
気持ちが急く。
「はい。お孫様の烏孫様でございますが、先日、無事ヒンドゥの地を出られ、タクラマカンの砂漠を越えて、トルファンに向かっているようでございます」
「トルファン?」
その方向はまさに……。
禿げ上がった額に汗が滲む。
「烏孫は……誰か連れていないか?」
「はい。女性を一人お連れのようでございます」
「!!」
単于は蒼白な顔で立ち上がる。
「兵を集めよ!」
突然命じられ、そばに控えていた側近は驚く。
「トルファンへ向かう。すぐに準備せよ」
「は? まさか単于様もご一緒に? ご老体にはまだ厳しい寒さかと……」
「わしを老人扱いするか! いや、これが最後の旅となっても良い。すぐに出発する!!」
次話タイトルは「トルファンへ」です




