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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第五章 パータリプトラ 後宮編
182/222

34、イシク湖の月王②

「確かに、現単干は間もなく死期に入る。

 だが、あの部族はまた一人、女神と縁を結んだ者がいるようだ」


 月王の言葉に一同がざわついた。




「な、なんと! 単干の他に女神の加護を受けた者がいると……?」


「烏孫……。

 確か、そなたが調べている男だったな、チャン氏」


「はっ!」


 一番後ろに控えていたチャン氏がすっと前に進み出た。


「現単干(ぜんう)の孫にあたる男にございます。

 父君の左賢王さけんおうには二人の息子がおり、烏孫は次男ゆえに表舞台に出る事はほとんどありませんが、噂によれば兄よりも武勇とカリスマ性に優れ、跡目に望む声も多いとのことでございます」


「そうであろうな。

 あれは国を創る男。

 並みの男ではない」


 珍しく高い評価を与える月王に大宛の男は不満をにじませる。


「そんな若造に私が勝てぬとおっしゃりたいのですか?」


「勘違いするな。そなたを軽視しているのではない。

 重要なのはあの者が女神と契約を結んだという事。

 そして今現在、女神を手中に抱いているということ」


「な、なんと! 手中に抱くとは……まさか……」

 チャン氏は驚いた。


 月王は目を瞑り、その気配を探して遠くに意識を飛ばす。


「トルファンか……。ゲルの集落があるな。

 匈奴の一部が陣を張っている」


「は、はい。この冬は匈奴の奴らにあの日当たりのいい谷を陣取られました」

 大宛の男が悔しそうに拳を握る。


「そこに向かっているな。

 しばし女神をかくまい、春の訪れと共に東の本拠地に向かうつもりだ」


「し、しかし……彼の姫は確かタキシラにいたはず……」

 チャン氏には訳が分からない。


「そなたがタキシラを出た後、ほどなくして攫われている。

 南に向かい……それから北東……マガダの首都か……。

 そこでそなたが第二の主君としたアショーカ王子と会っている」


「で、ではアショーカ様は姫がこちらに向かっているのをご存知で?」

「まもなくそのアショーカ王子から急使が来るはずだ」


「で、では……アショーカ王子は……」


「女神を奪還するつもりだ。

 大勢の兵士がこの城を目指している。

 滞在を頼む使いだ」


 男達は驚いて口々に罵詈雑言を並べ立てる。


「な、なんと! 月王様の城に兵の滞在を申し出るとは図々しい」

「ヒンドゥがいくら大国とはいえ、年端もいかぬ王子のくせに!」

「チャン氏はなにゆえそんな若輩を第二の主君としたのだ」

「まさか月王様、応じるつもりではないでしょうな」


 月王はしばし目を瞑り、過去と未来に思いを馳せ、現在の最善を探す。


「いや、受け入れよう。

 そもそもチャン氏にアショーカ王子との縁を結ばせたのは私の命令だ。

 遠いこの地にありながら、その王子の気配だけは時折感じていた。

 恐ろしく気配の強い男。

 ただならぬ熱を放つ存在。

 興味がある」


「アショーカ王子とは……そ、それほど凄い男なのでございますか?」

 屈強な男達はまだ見ぬ大国の王子にざわめく。


「一番興味深いのは、その王子が運命と宿命から逃れた者だからだ。

 星の秩序から離れ、自在に大地を歩く者。

 強大な覇者にも残忍な悪魔にも成り得る者」


 男達はどんな化け物のような大男だろうかと青ざめる。


「まあ、しょせんは凡夫ぼんぷだがな。

 私が恐れる相手ではない。

 私が唯一この地上で恐れるのは……」


 月王は聖なる翠の光を瞼の裏に思い浮かべた。


「大宛族とクシャン族は兵をこの城に集めよ。

 匈奴に女神を渡すわけにはいかぬ。

 アショーカ王子と共にトルファンを攻める」


「で、では……」

 大宛は戦かと血の気の多い顔を上気させる。


「早とちりするな。女神を奪還するだけだ。

 だが折角の機会だ。

 存分に我らの力を見せつけ、匈奴とマガダ国を牽制してやるがいい」



  ◆     ◆



 思いがけず北の辺境に連れ去られてしまったアサンディーミトラ。


 ヒマラヤの山々が衝立ついたてのようにヒンドゥと分け隔てていた遊牧民の地。

 数え切れないほどの部族が集落を作っていた当時、広大な草原を支配していたのは大月氏だいげっしという一族だと云われている。


 後にバクトリア王国を支配し、クシャン朝の時代を築いたとも云われる月氏だが、その実体はあまりに謎と矛盾が多く、その末裔は様々に言い伝えられている。


 中華を渡り、朝鮮を南下し、未開の島国で卑弥呼と呼ばれる女王を生み出したという憶測すら囁かれている。


 そこに翠を宿す女神の血が受け継がれていたのかどうか……


 ……いつか歴史が教えてくれるかもしれない。

 


 



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