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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第一章 出会い編
18/222

18、王妃 ミカエル

 

 翌日朝早く、騎士団と共に迎えに来たアッサカにミトラは目を丸くした。


 おそらくはその前から密かにミトラを警護していたのだろうが、アショーカに連れて行かれてから目の前に姿を現したのは初めてだった。


「アッサカ。

 少し見ぬ間に……軽薄になったな」

 アッサカは片膝をついて控えているが、凶悪な形相のまま耳まで真っ赤になっていた。

「こ、これが団服だと申されまして、仕方なく……」


 そう呟くアッサカは黄色と黒の縞模様の上下に、やはり同じ模様のターバンを、アショーカと同じように横に結んでいる。

「いや、なかなかに似合っているぞ。

 いつも地味な従者の服装だったから気付かなかったが、その浮ついた虎柄衣装は、そなたの身から滲み出る殺気を中和させ、程よい色男に見えるぞ」

 ミトラはこの国に来て初めて少し笑った。




 アショーカの宮殿は、先日のスシーマの宮殿とはガラリと趣が違って、石造りの西方建築だった。

 シェイハンの宮殿にも似た西洋の城は、同じく青タイルを貼りめぐらせた壮大な外観で、懐かしさが込み上げる。

 アショーカの母であるシリアの王女の趣味なのだろう。


 輿を降り、門を入るとすぐ右手には、やしの木に囲まれた象舎があり、数頭の象と馬や羊が悠々と散歩を楽しんでいる。

 数人の子供とその母親らしい女達が賑やかに動物と戯れていて、厳かに静かだったスシーマの宮殿に比べると庶民的な感じがする。


 それに反して警備は物々しく、派手な団服に身を包む騎士達が各所に配されている。

 象舎と反対側の兵舎の辺りからは兵士が訓練している掛け声が間断なく聞こえている。

 その響きから百を越える人数がいる事がわかった。


 ミトラはふと視線を感じて立ち止まった。

 見上げた先にいたのは、巨大な象だった。


「あの象は……」

 アショーカを迎えに来たあの神象だ。

 引き付けられるように象に近付いた。


「あ、巫女姫様!

 どちらに行かれますか」

 あわてて騎士達が付き従う。


(やはり……)

 神の光をもった目だ。


 ミトラはまるで握手をするように象に手を差し伸べた。


「ああっ! いけません! その象は!」

 騎士達が叫んだ。


 次の瞬間ミトラの視界がグルリと反転した。


 ふわりと体が浮き上がり、ヴェールが風圧で飛ばされる。

 月色の髪が露になって風に泳ぐ。

 何が起こったのか分からなかった。

 ただ騎士達が騒いでいる。

 みなが眼下で、揃って自分を見上げているのが不思議な感じだ。


「わあああ! 巫女姫様!」

「ガネーシャ様! おやめ下さい!

 アショーカ様のお客人です!」

 青ざめる騎士の心配をよそに、ミトラは象の鼻にくるまれたままストンとその背中におろされた。

 きょとんとするミトラ以上に騎士達が呆気にとられている。


 みなが呆然とする中、ふふふという笑い声が沈黙を破る。


「……そう。

 ガネーシャはこの方を受け入れるのね」


 独り言のように呟いた。


 銀色の髪を薄絹のヴェールで包んだ女性だった。

 陶器のように白い肌に、西洋の顔立ちをした翠目の美しい人だ。


「ミカエル様!」

 騎士達が一斉に片膝立ちになって平伏する。


「アショーカ王子の母上……」

 肌の色は違うが、目元がよく似ている。


「アサンディーミトラ殿ですね。

 お噂は聞いております。

 此度は大変な思いをなされた事でしょう。

 我が夫の無慈悲な行い。

 さぞ恨んでいる事でしょうね」

 黎明な光を備えたミカエルの瞳は、心底悔やみ、恥じている。


「ミカエル様の……せいではありません……」

 王妃といえど女に出来る事などしれている。

「いいえ。女でも出来る事はあったのです。

 私は自分の身を守るため、目を瞑ってしまったのです」


 ミトラはこの柔らかな物腰から、思いがけぬ強い言葉がこぼれ落ちた事に驚いた。


 女性の地位が比較的高いシェイハンでも、自分の意見をしっかり持って発言する女は少なかった。

 いや、ほとんど皆無だった。

 みな、夫の決めた事にただ盲目的に付き従う事を良しとして生きていた。

 男に逆らう女は、その噂だけで嫁ぎ先を失くす。

 神に嫁ぐと決まっていたミトラだけが、そんな心配と無縁に生きていた。

 この男尊女卑のヒンドゥでは尚更だと思っていた。


「死んではダメですよ、ミトラ殿。

 どのような立場にあろうとも出来る事はあるのです。

 あなたにはまだ多くの使命が残されていますよ。

 あなたの叡智で救える命がたくさんあります」

 ミトラはすべてを見通したようなミカエルの言葉に心が騒いだ。



「ははうえさまあーっ」


 ふいにミカエルの背後から幼子の泣き声がして、ミカエルによく似た銀髪の男の子が抱きついた。

 寝起きなのか涙を溜めてなんとも愛らしい。


「アショーカの弟のティッサです。

 ティッサ、ご挨拶なさい」


 五歳ぐらいだろうか。

 母よりも白い肌に紅潮した頬がピンクに染まり、翠の瞳は母譲りに大粒で、象の上に座るミトラを必死に仰ぎ見ている。


「ナマスカール(こんにちは)お姫様」

 小さな手を顔の前で合わせて首を傾げる仕草がたまらなく可愛い。

 思わずミトラの顔に笑みが漏れた。


「ナマスカール、ティッサ殿」

 同じようにミトラは挨拶を返した。


「母上様、お客人でございますか?」

 ティッサの後ろから、今度は赤子をそれぞれに抱いた、姫と思しき女性が二人現れた。

「その子達も弟君ですか?」


 ミトラは驚いた。


 赤ん坊たちは少し色は浅黒いもののティッサによく似ている。

「いいえこの子達はアショーカの息子です」


「え?」


 照れくさそうに微笑む姫達を見て、ミトラは唖然とした。


「アショーカ殿は……私とさほど違わぬ年と思いましたが……」

「今年十八になりました。

 お恥ずかしながら、あの通りの悪童でして、この二・三年女遊びに狂いまして、すでに三人の妻と子がおります。

 こちらはカールヴァキーとその息子のクナーラ。

 そしてこちらがデビとその息子マヒンダです」


 シェイハンでも裕福な商人の中には一夫多妻の者もいたが、王族や重臣は一夫一婦の者が多かった。

 アロン王子ももうすぐ二十歳だったが、まだ妃をもらっていなかった。

 十八で三人の妻がいるなんて想像も出来ない。

 百人の王子と姫がいるというビンドゥサーラ王の、さすがは息子というわけか。 


 呆れた。


 しかも好みがよく分からない。

 カールヴァキーと紹介された姫は、色白の、控えめで可憐な美人だったが、デビという姫は、大柄で色黒の筋骨隆々とした男のような姫だった。


 とても同じ男の好みとは思えない。


「カールヴァキーはクシャトリア階級の象部隊の隊長の娘です。

 デビはウッジャインで手広く商売をするヴァイシャ階級の商人の娘です。

 年始めに赤子が生まれたのを機に側室となり、ここで私と一緒に御子の教育に務めています」

 ミカエルに紹介されて二人は赤子を抱いたまま膝を曲げて挨拶をした。


 意外にも幸せそうな笑顔をしている。


「あと一人ティシヤラクシタと申すバラモンの妻がおりますが、この屋敷の対角に宮殿を建てて息子のジャラウカと共に暮らしております」

 一通りの階級の女に手を出したという事か。

 何とも節操がない。



「そこで何をしておるっっっ!」


 唐突に地面が揺れるような大声に驚いて、ミトラは象から落ちそうになった。

 ガネーシャの鼻がそっと支えてくれなければ本当に落ちていた。


 バラバラという馬の蹄の音が近付いてきて、馬に乗った騎士団が三十ほどミトラとミカエル達の前を取り囲んだ。


 先頭にいるのは焼け色の肌の上に青の絹衣を肩掛けにしたアショーカだった。 

 頭の青いターバンは黒に金糸で織った平帯で結び留められていて、同じ平帯でひだをふんだんにとった絹衣を腰でしぼっている。

 ギリシャとヒンドゥを融合したような奇抜な格好だ。


 アショーカを見ると、ミカエル以外のすべての者が地面に平伏した。


「なんと!

 遅いと思って来てみたらガネーシャの上に乗っておるのか!

 どうやって乗った?」

 アショーカは象の上で悠然と座っているミトラを見上げた。


「どうもこうも、この象が断りもなく勝手に乗せたのだ」

 ミトラが答えると、アショーカはインディゴブルーの空を映す瞳を、剣呑に歪めた。

「嘘を申すな!

 ガネーシャは俺以外の者を乗せた事などない」

 声の大きさに理不尽に圧倒される。


 ミトラもむっとした。


「嘘などつかぬ。

 それより、その五十バカ王子の声を小さくしろ!

 耳が痛くなる」

「はあ?

 五十バカ王子とは何だっ!」

 当然ミトラの迷走した算術のクセは知らない。


「本当にガネーシャが乗せたのですよ。

 私も見ていました」

 間に入ったのはミカエルだった。


 その時になって初めて、アショーカはミカエルの後ろで平伏する妻子の姿に気付いたようだった。


 尊大な態度に少し動揺が混じる。


「母上、ここで何の話をされてましたか?

 余計な事を言ってないでしょうね」


「余計な話などしませんよ。

 ミトラ殿にそなたの妻子を紹介していただけです」

「そ、それが余計な話だと申すのです」


 アショーカはチラリとミトラの様子を覗った。


「何が余計な話ですか。

 そなたは妻子を疎ましく思っているのですか?」


 ミトラが呆れたように見下ろしている。


 アショーカは頭を抱えた。

 これから口説こうと思っている女に、妻子を先に紹介されるほど不利な話はない。


 アショーカは諦めたように、ため息を一つついた。


「カールヴァキー、デビ、息災にしておったか?

 クナーラとマヒンダは大きくなったか?」

 仕方なく二人の妻に声をかけた。


 二人の妻は嬉しそうに顔を上げる。


「アショーカ様の手厚い援助を受け、何不自由なく暮らしております」

 カールヴァキーが感謝を込めて微笑んだ。

 謙虚で愛らしい姫だ。


「クナーラとマヒンダはこれ、この通りミカエル様に助けて頂きながらすくすくと育っております。

 二人仲良く這い始めました」

 大柄なデビは声も太く健康的で、おおらかな気性が滲み出ている。


 二人の幸せそうな笑顔に、ミトラは自分の常識が崩れる思いがした。


「デビ、そなたまた一段と逞しくなってないか?」

 アショーカの問いに、デビはぽっと顔を赤らめた。


「嫌でございますわ。

 そんなにお褒めにならないで下さいまし」

 心底嬉しそうだ。


「いや、褒めてる訳ではないが……」

 アショーカは言葉を濁す。


「朝晩の水汲みを率先してやってますの。

 駆け足で二十杯は余裕ですわ」

 なぜか自慢げだ。


「側室のそなたが、なぜ水汲みなどやるのだ」

 アショーカは怪訝な顔で尋ねる。


「もちろん体を鍛えるためですわ。

 ご安心下さいませ。

 万が一、刺客が現れましても、このデビがミカエル様とカールヴァキー様と御子達を命に代えてもお守りしてみせます」

 胸を張るデビにアショーカは苦笑した。


「忘れておるようだが、お前も俺の側室だぞ。

 お前は俺の騎士団に守られていれば良い」


「まあ!」

 とデビは感激に打ち震える。


「ああ、この私をか弱い女のように扱って下さるなんて。

 今死んでも悔いはございません。

 私はアショーカ様を幸せにする事なら何だってしたいのです。

 こちらの月の女神のごとく巫女姫様も、嫁いで来られた暁には私が命をかけてお守り致します」


 急に話を向けられてミトラはぎょっとした。


「デ、デビ殿。私はアショーカの妻になどならぬ」

 あわてて否定する。


「まあ! 私の守護では不安でございますか?

 されば、今日から薪割り百回も鍛錬にくわえますわ。

 ですからどうか安心して嫁いでこられませ」


「い、いえ。デビ殿の事ではなく……」

 ミトラは慌てる。


「分かりました。木登りも五十回致します!

 ご安心下さい」


「そんな事やめて下さいっっ!!」

 蒼白になるミトラを見て、アショーカがぷっと吹き出した。


「デビ、お前は俺の自慢の妻だ。

 感謝するぞ。

 ミトラが納得するまで頑張ってくれ」


「アショーカ!」

 憤るミトラにアショーカは笑いが止まらないようだ。



「兄上さまあ。

 アショーカ兄上さまあ」

 ふいに小さな影が我慢しきれず立ち上がってアショーカの馬に駆け寄った。


「ティッサか」

 途端にアショーカが破顔して馬から飛び降りた。


 そして小さなティッサを抱き上げると空高く持ち上げる。

 ティッサがきゃあきゃあと喜んだ。

「元気にしておったか。

 この所忙しく、会いに来れなかった」


「今度お会いした時は剣を教えて下さると言いました」

 ティッサの幼い目が期待に輝いている。


「おお、そうであった。

 されどそなた剣を持てるほど力持ちになったか?」


「なりましたっ!」


 ムキになって答える様子が可愛い。

 アショーカも微笑んだ。

「されば俺が幼い頃使っていた剣をやろう。

 昼食の後、宮殿に取りにくるがいい」

「本当に? 

 兄上の剣を頂けるのですか!」

「ああ、その時に初歩の剣使いを教えてやろう。

 しかしまずは朝の勉学をちゃんとやるのだぞ? 

 よいか」

 自分の息子よりこの弟が可愛くて仕方ないようだ。

「はいっ!! 兄上様!」

 神妙な顔で答えるティッサに、思わずミトラも微笑んだ。


 そのミトラをアショーカが見上げた。

 はっと表情を固くする。


「そなた、いつまで無礼にも俺様を見下ろしているつもりだ」

 憮然とした物言いだ。


「す、好きでここにいる訳ではない。

 そなたの象が下ろしてくれないのだろう」


 アショーカはミトラからガネーシャに視線を移した。

「ガネーシャ、ミトラを下ろせ。

 俺の腕の中に抱きとめる」

 ミトラは青ざめた。


「結構だ! 地面に下ろしてくれ」

 あわてて拒否した。


 しかしガネーシャの鼻がぐんとミトラの体に巻きつき、次の瞬間にはアショーカの広げた腕の前に移動していた。


 まだ地面からは遠い。


「よせガネーシャ、地面に下ろしてくれ!」

 しかしミトラの懇願を無視して、巻きついた鼻がスルリと離れた。


「わあああ!」


 空を舞うミトラをアショーカの腕が難なく受け止める。

 さほど筋肉質にも見えない細身のくせに、驚くほど頑丈な体をしている。

 ミトラのあまりの軽さに一瞬驚いた顔をしたが、有り余る筋肉には他の女も大差ないのか、こんなもんだろうと納得したらしい。

 ミトラを子猿でも担ぐように肩に預けると、そのまま自分の馬の背にひょいと乗せた。

 そして青地の背衣をひらめかせてその後ろにふわりと飛び乗る。

 その敏捷さに、また驚いた。


「では母上、カールヴァキー、デビ、失礼する」


 女達は頭を垂れ、騎士達はアショーカの手招きでさっと立ち上がり、一指乱れず後ろに従った。


      ※      ※


 ミトラは謁見の間で珍しい品々に目を丸くしていた。


「どうだ、気に入ったか?

 遠くギリシャ、エジプトから取り寄せた宝飾の数々。

 それにペルシャの織物だ。

 世界広しといえどもこれだけの品を手に入れる事が出来るのは俺様ぐらいのものだ。

 全部そなたに与えよう」

 興味深さに思わず手に取って見ていたミトラは静かに床に戻した。


「珍しい品々なれどお断りする。

 そなたの妻達にあげればいい」


「な! なんだとっっ!」

 アショーカは台座の椅子から立ち上がった。


 声が大きい。


 ミトラの声を一ミトラとすれば五十ミトラぐらいだろうか。


「俺の贈り物を断ると申すかっ!

 なにゆえだ!」

 すぐに百ミトラになった。

 単位を間違えた。


「では聞く。

 なにゆえ私がそなたから贈り物をもらう?

 理由がない」

 ミトラの返答にアショーカがにやりと微笑んだ。


「理由がないだと?

 そなたスシーマ兄上から結婚を断られたそうではないか。

 国を追われ、従者に騙され皇太子に結婚を断られ、身を落していく哀れな巫女姫を見かねて、俺様が娶ってやろうと決めたのだ。

 なんと幸運な女よ。

 俺様はいずれ、世界に名を轟かす覇者となろうぞ。

 今にそなたの望む物すべてその手に捧げる。

 これはその最初の贈り物だ。

 わかったか!」


 ミトラはやれやれとため息をついた。

「悪いが断る。

 そなたの妃になるつもりなどない」


「な、なんだと!

 お前に断る権利があると思っているのか!」

 百ミトラを超えた。

 未知の領域だ。


「百ミトラを超えたぞ!

 私に百以上を数えさせるな!」


「百ミトラとはなんだ!

 その数字に名前をつける癖をやめろ!」


 数字が玉となって頭に浮かぶアショーカには、玉すべてが、その名のついた物体に変換されてしまう。

 今、頭の中には百個のミトラ玉がうごめいている。

 どれほど愛らしくとも百個は多い。


「ねえ、アショーカ。

 巫女姫様がいらないんなら僕におくれよ。

 このエジプトの腕輪。これだけでいいからさ。

 すげえ好みなんだ」

 ヒジムがスリスリとアショーカににじり寄る。


 騎士団と違い、思い思いの衣装を身に着けたこの三人は側近中の側近なのだろう。

 ヒジムなどは普段は友人のような言葉使いだ。

 そして少し派手過ぎる装いは、この少女が身に着けると不思議に品良く、嫌味がない。

 センスがいいのだろう。

 僕と自称されれば美々しい少年に見えなくもない。


「勝手にしろっ!

 ああ、目障りだ!

 この女がいらぬと言うのだから全部捨ててしまえ」

「ええー、勿体無いよ。

 じゃあ僕が全部もらうよ」

 この美少女に似合うに違いない。



「用が済んだのなら帰らせてもらう」

 ミトラが部屋を出ようとすると、アショーカは台座から駆け下り、その腕を掴んだ。


 なんという馬鹿力。


 普段のミトラの力を一ミトラとすれば、百ミトラほどの力があるはずだ。

「い、痛い!

 何をする、放せ!」

 ミトラ単位で測ると、すぐに百を超えてしまう。


「俺の許可なく勝手に下がるのは許さん!」

 おまけに、間近で怒鳴られると百ミトラの騒音だ。

 いるだけで害のある男だ。

 掴まれた腕は明日にはアザになっているはずだ。


「用もないのにここにいてどうするのだ!

 放せ!」

「用ならある。

 あれだ。

 その……お前はギリシャの言葉が読めるのか!」


「は?」

 ミトラは動きを止めた。


「メガステネスの書いた見聞録を手に入れたのだ。

 俺も少しなら読めるが、なにぶん多忙ゆえ訳している時間がない。

 お前が読んで俺に語り聞かせよ」


「そ、それは……」

 興味がある。


 宝飾と違って無下に断る気になれない。


「訳して樹皮紙に写すだけではダメなのか?」

 この男に語り聞かせるのが面倒だ。


「ダメだ。毎日俺に読んだ所まで語って聞かせるのだ。

 さすれば、そうだ。

 先程お前の衛兵達が騎士団に入れてくれと直訴してきたが、入れてやっても良い」


 シュードラの衛兵のアグラとハウラが、どうやらついてきていたらしい。

 死を迎えるその日まで、出来うる限り誰かの為になりたいと切望していたミトラには魅惑的な言葉だった。


 この男はつくづく人の心を捉えるのがうまい。


「分かった。言う通りにしよう」



次話タイトルは「最高顧問官ラーダグプタ」です

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