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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第五章 パータリプトラ 後宮編
178/222

30、闇に堕ちる王子

「お望みであるなら、この闇の世界に翠の姫を連れて来て差し上げましょう」

 数魔カルクリは自信たっぷりに言い募る。


「ミトラを? 

 ダ、ダメだ、あいつはこんな汚い世界に馴染めるはずがない」


「大丈夫です。あなた様が傷つけ、拒絶し、彼の姫は疑心暗鬼の中で命を落とした。

 彼の姫はあなた様が闇に落としたのです。

 永遠に暗い思念を彷徨うのです」


「俺が? 俺がミトラを? 

 あの清らかな存在を? まさか……」



「そうだよ、アショーカ。

 お前はいつも人を傷つけ、闇に落としたまま未来を奪う」


 はっと別の場所から聞こえる声に顔を向ける。


「ヴィータショーカ兄上……」


 その顔はあの日の表情のままに寂しそうに微笑んでいた。


 そう。

 最後に話したあの日。

 反乱民を殺すのをやめろと忠告したヴィータショーカに、兄貴面で説教をたれるなと怒鳴り散らした。


 寂しげに去ったあの最後の笑顔。


 それなのに反乱民に取り囲まれたアショーカを、自ら盾になって逃してくれた。


「僕もこの翠の姫も、永遠にお前の仕打ちを憎み、恨み、闇の中を彷徨い続ける。

 お前は愛する者を不幸に閉じ込める悪魔なんだよ」



 はらはらとアショーカの目から涙がこぼれた。


 後悔が心を裂く。

 懺悔が重過ぎる。

 絶望が血を黒く染める。


 ダメだ。

 耐えられない。

 心が壊れていく。

 もうすぐ正気を失くす。



「カルクリ……。二人を闇から救う方法があるか?

 もし、救ってくれるなら……お前の言う通りにしよう。

 悪の魔王にだってなってやる……」



…………………


 目覚めると、ベッドの中にいた。


 辺りはうす暗く、夜になっていた。

 ぼそぼそと話し声が聞こえる。


「なるほど、ギリカという大男の従者がいたんだな。

 ではティシヤラクシタの見張りに五人を残し、後の者はその男を捜せ。

 それから一人はこの事を秘かにスシーマ王子に知らせろ。

 人手が必要だ。

 あちらにも捜索を手伝ってもらおう」


「はい、分かりました」

 答えた男が立ち去る足音が聞こえた。


 もう一人の足音がベッドに近付く。

 そして覗き込んで「うわっ!」と叫んだ。


「なんだよ、アショーカ。

 起きてたんなら何か言いなよ。びっくりするだろ?」


「……」


 アショーカは側近の言葉も聞こえてないように天井を睨みつけている。


「ちょっと、大丈夫?

 打ち所が悪かったんじゃないよね? 聞いてる?」

 ヒジムはアショーカの目の前に手をひらひらさせてみた。


 反応がない。


「もう、しっかりしてよ。

 早くミトラを見つけないと永遠に会えないよ」


 ミトラの名を聞いただけで涙が溢れそうになり、慌てて右腕で両目を覆う。


「ヒジム……」

 搾り出すように側近の名を呼ぶ。


「良かった、バカになったかと思ったよ。

 じゃあ、報告するからね。

 アショーカが寝てる間に幾つか分かった事があるんだ。

 一つ目は……」


「ヒジム、タキシラに戻れ」

 報告を遮るようにアショーカが告げた。


「は?」


 ヒジムは怪訝な顔になる。


「何言ってんのさ、やっぱりバカになった?」


「お前も騎士団もタキシラに戻れ。サヒンダの元に行け」


「な、なんで? バカ言わないでよ。そんな事してたら……」


「タキシラ太守はサヒンダに譲る。

 俺の持つ全権をサヒンダに譲るから、お前達はサヒンダに仕えろ」


 ヒジムはあまりの突拍子のなさに一瞬呆けた表情になった。


「な、何言い出すんだよ!

 やっぱ、打ち所が悪かったんじゃないの?」


「俺はもうダメだ……」


「もう、甘ったれないでよ。

 そんな事ミトラが望んでると思ってるの?

 今までに死んだ騎士団や民達の償いはどうしたのさ!

 逃げるつもり?」


「そうではない。俺も放棄したいわけではない」

「じゃあ、どうしてさ!!」


「カルクリがやってきた。今までで一番強大になって……」

「カルクリ? 夢に出てくる数魔だっけ?」


「カルクリだけじゃない。

 眠りの間中、入れ替わり立ち替わり悪魔が囁く。

 目が覚めても、すぐそばに悪魔の気配がする。

 俺は悪魔に囚われてしまった……」


「なんだって?」

 ヒジムはさすがに青ざめる。


「ミトラは俺の良心だったんだ。

 あいつに恥じない為に、俺は正しき道を歩む事が出来た。

 あいつの存在が、俺の心に良心の結界を張っていた。

 ミトラが死んで、遮るもののない俺は、無防備に悪魔に晒されている。

 どんどん悪に流れていく心をどうにも出来ない。

 闇に沈む心を止められない」


「な、何弱気になってんだよ。

 今までみたいに踏ん張りなよ」


「俺は間もなく悪魔にむしばまれ、虐殺の魔王となるだろう」


「アショーカ……」


「死にたくなければ、俺から離れろ。

 俺が正気である内に、俺のそばを去ってくれ。頼む」


「な、なに言うのさ……。そんな事できるわけ……」


「すまぬ、ヒジム……」


「アショーカ……」



 その時廊下が騒がしくなって、男が二人部屋に駆け込んで来た。


「ちょっと……、いま取り込み中なんだけど……」

 ヒジムは止めようとして、それが待ち望んでいた相手だと知る。




次話タイトルは「救世主」です

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