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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第五章 パータリプトラ 後宮編
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26、地獄の番人、ギリカ②

「では……耳をそいで、鼻をそいで、手足を切り取って……。

 ギリカの好きな方法で殺してよいのですか?」


 嬉しそうにするギリカにミトラはぎょっとした。


(本気か……?)


 青ざめるミトラにティシヤラクシタは勝ち誇ったように微笑んだ。


「好きにしてよいぞギリカ。

 お前の好きなようにけがし、はずかしめ、おとしめて、二目ふためと見れぬ姿にしてやれ。

 そして最後はカラスに骨までしゃぶらせるがいい」


 ミトラは信じられないという顔でティシヤラクシタを見上げた。


「ティシヤラクシタ殿……あなたは……なんという……」


 悪魔に心を売ったのだ。


 これほど多くのものを手にしていながら、満たされず、心の枯渇に苛立ち、己の欲をむさぼり尽くす。


 心が壊れてしまっている……。


「キヘッ、キヘッ……」


 ギリカはティシヤラクシタの許可を得て、おそらく今までやってみたくて仕方なかった、なぶり殺しに胸を躍らせる。

 その手に、いつの間にか大きな斧を持って近付いてきた。


「ティシヤラクシタ殿、正気に戻って下さい!

 こんな事をしたら、あなたの望むアショーカはもっと心を離すでしょう。

 どうか、どうか……冷静になって下さい!」


 ミトラはギリカから逃げながら必死で説得する。


「なんとでも言うがいい。

 カールヴァキーもじきに死ぬ。

 デビなどは……ふふ、あれは女とは呼ばぬ。

 同情で妻にしてやったに過ぎぬ。

 あとはお前さえ死ねば、アショーカ様は私のもの」


(やはりカールヴァキー殿を……)


「いいえ、私が死んでも、カールヴァキー殿が死んでも、アショーカはあなたの元には帰ってこない!

 アショーカはカールヴァキー殿とデビ殿を心から大切に想っている。

 その方達に危害を加えたあなたをアショーカは生涯許さないでしょう!」


「なんだとっ!!!」

 ティシヤラクシタはもう一度右手を振り上げた。


「!!!」


「!!!?」


 打たれると構えたミトラは、手を止めたティシヤラクシタに顔を上げる。


 はっと何かに気付いたように目を見開き、急にそわそわし出した。


「誰か……誰か……来たようだ。

 まさか……まさか……この気配は……」


 顔がほころび喜びを浮かべる。

 降り乱れた髪を慌てて手櫛で直す。


(この様子は……もしかして……)

 ミトラにもすぐに分かった。


「アショーカッ!! アショーカッ!!」


 間髪入れず叫ぶ。


 気付いて! アショーカ!!


「だ、黙れ!! この女!!

 ふん、聞こえると思っているのか!

 ここは塔の最上階だ!」


 ミトラはそれでも必死でアショーカの名を叫ぶ。


「ギリカ!! さっさとその女を始末しろ!

 万が一にも見つかってはまずい。

 血を出さぬよう、首を絞めて息の根を止めろ。

 そして、どこか遠くの森に捨てて来い!! 分かったな」


 念を押して、ティシヤラクシタはそそくさと階下に駆け下りていった。


 部屋にはミトラとギリカが残された。


「よ、よせっ!! やめてくれっ!! きゃっ!!」


 逃れようとするミトラの腕をあっさり掴み、慣れた仕草で首をぎりりと締め上げる。


「ギリカ……残念……。

 その美しい顔を少しずつ切り刻み、泣き叫ぶ声、聞きたかった。

 その翠の瞳……取り出して……お守りにしたかった……」


 もがき苦しみながら、心底残念そうなギリカの呟きにミトラはゾッと背筋に悪寒が走った。


(逃げる方法を……。

 なんとかこの大男から逃れる知恵を……)

 目まぐるしく考える。


「ギ、ギリカ殿……、うぐっ……そ、そなたは……アンダル大魔王のために……ううっ……もっと……大きなひつぎが……欲しいのではないのか?」

 必死で活路を探す。


「大きな棺……欲しい」

 ギリカは思い出したように手を止め、目を輝かせる。


「コホッ……うくっ……わ……私は……。

 この月色の髪と翠の瞳は……この国ではとても珍しいらしい。

 商人に売れば高く売れるぞ」

 ウッジャインで耳にした知識だ。


「高く売れる……? お金がいっぱい……」

 ようやく離された手に、ほっと息をつく。


「そう。たくさんのお金があれば、大きな棺を作る事が出来る。

 そうすれば、きっとアンダル大魔王が復活出来る」


「大きな棺……欲しい。

 アンダル様……復活させる……」

 ギリカの頭で話が繋がった。


「死んでしまったら1パナにもならぬ。ただのゴミだ」


「ゴミ、いらない。お金……たくさん欲しい……。

 どうすればいい……?」


「商人に売ればいい。

 街道に出れば、多くのキャラバンがいる」


「商人……売る。街道に出る……」

 ギリカは頷いた。


 商人に売られる前になんとか逃げ出す。

 この塔の下にアショーカがいるのだ。

 声の届く所まで降りたら、大声でアショーカを呼ぼう。


 自分はもう必要ではないかもしれない。

 でも……ティシヤラクシタのしている事を伝えなければ……。

 この暴挙を止めなければ。


 それにカールヴァキーの病の真相を伝えて助けなければ……。


 ミトラは思案するギリカの目を盗んで、そっと祭壇の髪の束を引き寄せ、衣装の中に隠した。


 よし、と振り向いた目の前に、ギリカのいびつな顔が迫っていた。


「な!!」


 慌てて離れようとしたが、あっさり首を掴まれた。


「な、なにを……」


 その右手にはいつの間にかソーマの杯が握られていた。


「眠らせる。逃げられたら……ティシヤラクシタ様……すごく……怒る……」


「や、やめろ! 放せっ!!」

 必死でもがいて逃げようとするが、あまりに非力だった。


 首を絞められる息苦しさから開放されたと思った瞬間、口にソーマを流し込まれた。




「助けて……アショーカ……」


 小さな呟きを残し、意識が途切れた。




次話タイトルは「アショーカとティシヤラクシタ①」です

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