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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第五章 パータリプトラ 後宮編
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17、カールヴァキーとアショーカの出会い②

 コルバ隊長は死に体のようになった娘に心を痛め、苦悩の果てにアショーカを訪ねた。


「おう、どうしたのだコルバ隊長。

 こんな時間に珍しいな」

 アショーカ王子は西宮殿の執務室で快く出迎えてくれた。


 部屋に入るなり、隊長はアショーカの前の床にひれ伏した。


「畏れ多い事は重々分かっております。

 愚かな戯言ざれごとと分かっております。

 されど、どうか……どうか……。

 この愚かな父の図々しい願いをお耳に入れる事をお許し下さい」


 アショーカは突然の懺悔に驚いて、隊長に駆け寄り、その肩に手を置いた。


「顔を上げてくれ、コルバ隊長。

 何があったのだ、申してみよ」

 コルバ隊長は涙に濡れる顔を上げた。


「我が娘カールヴァキーを覚えておいででしょうか、アショーカ様」


「娘御? 確か三人いると申しておったな」

 その程度の関心しか持ってはいない。


「二年前、暴漢に襲われた所を王子様に助けて頂きました」

 しばし思い出す素振りをする。


「おお、そうであった。そんな事もあったな」

 うっすら覚えているぐらいだ。


「その日よりカールヴァキーは、あなた様に恋心を抱き、来る日も来る日もあなた様への思慕を募らせていたのでございます」


「……俺に?」

 初耳だった。


「されど、此度パンチャーラ様より側室に望まれ嫁ぐ事が決まり、絶望した娘は先日毒を飲んで自殺を図りました」

 コルバ隊長は苦しげに俯く。


「毒を……」

 アショーカは、想像もしない所に自分が影響を与えていた事に驚く。


「幸い一命は取り留めたものの、生気を無くし死んだように生きる娘を見ていられず……

 ダメとは分かっていても……王子様のお慈悲を……どうか哀れな娘のために……」


「俺にどうしろと言うのだ」

 知ったところで、十五のアショーカにもどうする事も出来ない。


「ほんの一時の遊び女で構いません。

 どうか嫁ぐ前にカールヴァキーの元に行ってはもらえませんか?

 哀れな娘にお慈悲を……どうか……」


「そ、そんな事がもしバレて噂になれば、娘御はパンチャーラ殿どころか、もうまともな結婚も出来なくなるではないか」

 さすがに良家の子女を遊び女には出来ない。


「アショーカ様以外の方と結婚するぐらいなら死んだ方がマシだという娘です。

 実際に自殺しようともしました。

 むしろ破談になった方がいいのです。

 気が進まぬなら会って抱きしめるだけでもいいのです。

 どうか一度だけでも……」


「そ、そんな無責任な事をして、そなたの娘御の一生を台無しにすることなど出来ぬ」


「それでも娘は、その一度を胸に、残りの人生を生きてゆけるのです」


「そんな人生……」

 不幸過ぎる。


 アショーカは動揺を浮かべる。



「バカな事をおっしゃらないで頂けますか? コルバ隊長」

 我慢の限界のように控えの間から側近のサヒンダが姿を現した。


「パンチャーラ殿といえば最高顧問官のお一人。

 しかも王の言葉添えもある花嫁に手を出したとなれば、王子がどのような苦境に立たされるか分からぬあなたではないでしょう?」


「そ、それは……」

 コルバ隊長も充分分かっていた。

 まして、王に不興を買っているというアショーカ王子が、これ以上敵を増やしてしまうと、どれほど立場が悪くなるか容易に想像がつく。


「聡明な隊長も、娘の事になると目が曇られたようだ。

 娘一人の我儘に王子の未来を奪うおつもりですか?

 ヒンドゥの女ならば、どのような相手であろうと、望まれた相手に身を捧げる。

 その覚悟なくして良家の姫が努まりますか!

 娘御の教育を間違われたようだ。お帰り下さい」


「サ、サヒンダ、何もそこまで言わずとも……」

 アショーカが冷酷な側近をたしなめる。


 コルバ隊長はがっくりと肩を落としてうなだれた。


「サヒンダ殿の言われる通りにございます。

 娘の憔悴に、この親バカが愚かにも血迷ってしまいました。

 どうぞ今夜の事はお忘れ下さい。

 申し訳ございませんでした」

 隊長は一礼して静かに帰って行った。



 二人きりになった執務室でサヒンダはギロリと主君を睨み付けた。


「まさか、また良からぬ事を考えてないでしょうね!」

 しっかり釘を刺す。


「パンチャーラ王とは確か親父よりも年上のじいさんだったな」

「そうですが、それが何か!」

 ぞんざいに応じる。


「カールヴァキーとは、俺と変わらぬ年の娘だろう」

「それがどうしたと言うのですか!

 アショーカ様に関係のない事です!」


「孫のような年の娘に手を出すのか。

 あのエロじじいめ! 気に入らぬな」

「人の恋路など放っておけばいいでしょう!

 よく転がってる話ですよ!」


「たしかコルバ隊長の娘といえば、噂に高い美姫であったな」

 ついに従順な側近は、雪女さえ腰を抜かす冷気を放って王子を静かに見据えた。


「大事な事をお忘れのようですので言わせて頂きますが、王宮では今、ビンドゥサーラ王の後継者決めの真っ只中でございます。

 皇太子に誰を就かせるのか、連日、最高顧問会議で話し合われております。

 現在、中立の立場をとっておられるパンチャーラ殿が、もしスシーマ王子に一票を投じてしまえば、流れは一気にあちらに傾きます。

 今が正念場なのですよ」


 王子はバツが悪そうに頬杖をついてそっぽを向いた。


「俺は親父の腰巾着のようなあの男が昔から好きではなかった。

 あんな男の一票に恩着せられるつもりなどない。

 あの狸じじいは今は中立のフリをして八方美人を演じているが、最後にはスシーマに入れるつもりだ。

 俺が何をしても同じだ」


「そうだとしても……です。

 完全な敵にしてしまうのはまずいに決まってるでしょう!」


「あんな片足を棺桶につっこんだような老いぼれじいさんより、有能で実直なコルバ隊長を味方につけた方が良いかもしれぬぞ?」


「何言ってんですか! 

 最高顧問官と、ただの象部隊の隊長ですよ!

 権力が大違いです!」


「人間はコルバ隊長の方が数段上だがな」

 面白くなさそうに腕を組む。


「いいですか!

 今度ばかりは絶対にバカな気は起こさないで下さいよ!

 これ以上敵を増やしたら、私はもう知りませんからね!」


「分かった、分かった。何もしない。

 俺もそれほどバカではない」


「さすがの王子も、そこまでバカではなかったようですね」

 サヒンダはほっと息をつく。


「当たり前だ。そんな大バカがいるはずないだろう」

 アショーカは当然だという顔で頷いた。


 そうして結婚式まで数日の時が流れた。



次話タイトルは「カールヴァキーとアショーカの出会い③」です

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