表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第五章 パータリプトラ 後宮編
156/222

8、よく出来た王子


「少し休憩していくか?」

 マリーゴールドの花畑で、スシーマはナーガに隊列を止めるように命じた。


 ナーガはすぐさま駆け去り、テキパキとスシーマの指令を伝える。

 ミトラとナルマダは馬から下りて花畑の海に駆け出した。


「あまり遠くに行くな! アッサカ、二人の側を離れるな!」

 アッサカはスシーマに頷いて、子供のようにはしゃぐ姫達につき従った。


 スシーマは衛兵を配置して、万全の態勢を整えると、側近達と今日の行程について話し合っているようだ。


「よく出来た王子だな」

 ナルマダはその様子を遠目に見て感心する。


「素晴らしい方だ。

 あれほど皇太子にふさわしい方もいないだろう」

 ミトラも頷く。


「そなたはあの王子と結婚しないのか?」

 ナルマダは花を一輪摘みながら尋ねた。


「私はミスラ神の許婚いいなずけだ。

 それにスシーマ殿にはユリ殿がおられる」

 同じように花を摘もうとして、思うように手折れず悪戦苦闘する。


「少し花を引っ張って捻ればいい」

 ナルマダがミトラの手を取って摘んでくれた。


「本当だ。こうすれば簡単に手折れるな」


「花冠を作ろうかミトラ殿……いや、ミトラと呼んでもいいか?」

「もちろん。私もナルマダと呼んでも?」

「もちろんだ」

 二人は顔を見合わせて微笑んだ。


 まだ十代の好奇心旺盛な姫達は、花冠を作りながらすぐに打ち解けた。


「シェイハンという国はタキシラの属国となったのだろう?

 ならば、マガダの皇太子と結婚するのは悪い話ではないと思うが。

 相手も好いてくれているようだし」


「スシーマ殿の親切には感謝している。

 だが私は国の運命も、自分の運命も人に委ねたくないのだ。

 私が負うべき責任を人任せにしたくない」


 ナルマダは女の口から初めて聞いたその重い言葉に驚いた。


「シェイハンというのは女聖大師の治める国と聞いたが、本当なのだな」

「そうだが……それもミスラの神に委ねた政治だったのかもしれぬ」


 もうそんな事が通用する時代は終わった。

 これからは新しい制度が必要だ。


「だが、あの王子ならばミトラの希望もきちんと受け入れて幸せにしてくれそうだぞ」


 本当に悪い話ではない。

 むしろこんな素晴らしい男を逃す女などいないだろう。


「ミトラはスシーマ王子が好きではないのか?」

 まさかと思いながら尋ねてみる。


「好きだ。スシーマ殿を嫌う女など見た事がない」

 当然の答えが返ってきた。


「だったら結婚すればいいのではないのか?」

 訳が分からない。


「別に結婚しなくても私の気持ちは変わらない。

 生涯尊敬し続けるだろう」


「尊敬? でも好きなら王子が他の姫と結婚したら嫉妬するだろう?」


「嫉妬? その感情は……」

 アショーカになら抱いた事がある。


「もしかして他に好きな男がいるのか?」

 ナルマダは思い至った。

 自分もナギがいるから、どれほど素敵でもスシーマに揺らぐ事はない。


「好きな男……」

 ミトラは考え込む。

 なぜか脳裏にアショーカばかりが浮かぶ。


「アショーカなら……そばにいたいとは思うが……」


 結婚までは望まない。


「アショーカ? アショーカ王子の事か?」

 ナルマダは驚いた。


「タキシラに連れ去られたとは聞いたが……。

 まさか同意のもとで?」


「同意も何も、私がこっそりアショーカの軍に紛れ込んだのだ」


「ええっ!!」


 聞いていた話と違う。

 真実とは噂よりも奇異なものなのかもしれない。


「では、まさかアショーカ王子と結婚したいのか?」


「アショーカには妻が三人もいる。

 私が妻になる必要はない」

 淡々と答える様子は悲しんでいる風でもない。


「まあ、当然だな。

 あの残虐で横暴な王子と結婚するぐらいなら、スシーマ王子と結婚した方がいいに決まっている。

 そんなバカな姫はいまいな」

 ナルマダは一人納得している。


「みな誤解しているようだが、アショーカは確かに横暴な所もあるが、残虐な男ではない」


「では優しいのか?」

 尋ねられ、ミトラは優しいアショーカを探した。


 思い浮かばない。


「優しくはないな……。

 いつも怒鳴り歩いている」


「では真面目で誠実なのか?」


 そんなアショーカも思い浮かばない。


「いや、すぐにふざけて、人のことをからかってばかりいる」

 言って自ら深く頷く。


「で、では慎み深いのか?」


 慎み深いアショーカなど想像すら出来ない。


「慎みなどとは無縁の男だな。

 すぐに怒るし、何でも力づくだ」


「なんでそんな男のそばにいたいのだ?」


 側で聞いていたアッサカが笑いを堪える。


「なんで?」

 そういえば、なんでだろうかとミトラも腕を組んで考える。


「私にも分からない。

 ただ、アショーカの語る夢はいつも温かくて綺麗なのだ。

 その未来に必要な者でありたいと……それは強く思う」


「必要な者……」

 ナルマダはその一点だけは理解出来た。

 男の付属品ではなく、この世界の誰かにとってかけがえの無い存在でありたい。


「なんでアショーカ王子なのかは分からぬが、必要な者でありたいというのは分かる」

 ナルマダは、並みの女の損得勘定の欠落したこの姫がすっかり気に入った。


次話タイトルは「衛兵隊長イスラーフィルとウソン」です

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ