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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
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33 罪と正義

 すっかり白状し始めたマンドサウルの側に、角端かくたんが控え室にいたラトラームを連れてきた。 

 炎駒えんくは血まみれのサリーを着た侍女のソルを抱きかかえている。


「ソル! 怪我をしたのか?」

 スシーマは驚いて致死量の血に染まったサリーを見つめた。


「太守の衛兵に切られました。

 されど、ミトラ様が死の淵より救って下さいました」

 出血の割りに気丈な声が意外だった。


「ミトラが?」

 怪しむスシーマに、ラトラームが怯えた顔で縋りつく。


「悪魔だ……。その女は悪魔だ!

 死人を生き返らせた。

 その女は人ではないぞ!」


「生き返らせた?」


「ひいいい! この魔女め!

 魔女めえええ!!!」


 ミトラに掴みかかろうとするラトラームを慌てて角端が縛り上げる。


 考え込むスシーマに、衛兵がもう一人気の触れた男を連れてきた。


「部屋の隅で震えていたのですが、商人ではないようです。

 どうしましょうか?」


 男はかなりの高齢で、真っ白な髪と髭で覆われている。

 白い肌と目鼻立ちが西洋の者らしい様子をかもしている。


「ひいいい!!! 悪魔がついに目覚めた。

 もう終わりじゃ。

 悪魔に支配される時が来たのじゃ。

 人の命と心を自在に操る悪魔め!

 我を殺せっ!! 殺すがいい! 

 あひゃっひゃっひゃっ!

 我が命と引き換えに悪魔の力を手にするがいい。

 さあ、殺せ!

 殺せえええええ!!!」


 老人はよだれを垂らし、失禁もしているようだ。

 完全に正気を失っている。



「あなたは……もしやシェイハンのマギ殿では……。

 やはりソーマに絡んでいたのか……」


 スシーマの言葉に老人ははっと真顔に戻る。


「シェイハン……シェイハン……。

 ああああ! お許しを!!!

 どうかお許しををを!

 ミスラの神に逆らうつもりなど……。

 私は……私は……ただ恐ろしく……。

 ただただ怖くて……逃げ出した……。

 あああああ! どうかお許しを!!!」



「落ち着け、マギ殿。

 ミトラはそなたを殺しにきたのではない。

 教えてくれ。そなたは何を知っているのだ。

 封印を解く方法は?

 呪はどうすれば止められるのだ」



「ソーマだ。

 ソーマが聖大師を目覚めさせる。

 マギは七人。

 七人揃った時、封印は解ける。

 されどそれは呪の始まり……。

 誰にも止められぬ。

 呪を止めるは死しかない……ううっ。

 うわああああ!!!!」



「どうゆう事だ?

 もっと詳しく教えてくれ」

 スシーマが必死でなだめようとしたが、マギの老人はもはや叫び続けて、何を聞いても答える事はなかった。


「く……これ以上無理か……。

 仕方がない。

 老人を医術師の元に連れていって診てもらえ」


 おそらく自分もソーマを常用していたのだろう。

 すでに心をむしばまれている。


 そしてもう一人、衛兵がスシーマの元に連れてきた。




「パトナ……」


 スシーマはその姿を見止めると、誰に対するよりも強い怒りを目に浮かべた。


 パトナは憔悴しきってひざまずいた。

 ラトラームの用心棒達を振り切り、街中をミトラを探して駆けずり回った傷と疲れが滲み出ている。

 服はあちこち破れ、顔には殴られた跡まである。

 この実直で真面目な弟が、味わった事のない経験だったに違いない。


 しかし同情するつもりはない。


 下手をしたらミトラの命すら危うかったかもしれないのだ。

 少なくとも、ラーダグプタの言うように、ミトラの身に何かがあったのは間違いない。

 さっきチラリと見た翠の光。 


 あれは人の世のものではなかった。


「自分のした事が分かっているのかパトナ」


「申し訳ございません。

 そのような無垢むくな方とも知らず、巫女姫様を欺き、騙し……」


 充分に悔恨に暮れている。

 しかしスシーマは容赦しない。


「無垢な巫女姫でなければ、欺き騙しても良いと思っていたのか?」


 パトナははっと顔を上げる。

「そ、そんなことは……」言い澱む。



「すれた遊び女であれば騙しても許されると?

 兄を守る為なら誰かを陥れる事も正義だと?

 そう思ったのか?」


「そ、それは……」

 パトナは蒼白になってうつむく。



「お前はいつ神になった?

 お前が信じるものが、いつ絶対の正義と決まった?」


「……」


「自分が信じるものだけが正義と思い込み、それに従わぬ者を追い詰め、陥れる。

 そういう者を何と言うか知ってるか?」


「……」

 パトナは唇を噛みしめうつむく。




「……そういう者を悪人という」


「!」

 絶望を浮かべ兄を見上げる。


「お前のした事は、マンドサウルやラトラームと何も変わらぬ。

 この者達も自分を悪人とは思ってない。

 ウッジャインを豊かにするための正義と思い込んでいた。

 民を治める者になるならば、自分の正義が誰かを不幸にしていないか疑う心を持て」



 スシーマは言いながら自分をも裁いていた。


 偉そうに言いながら自分はどうだ?

 ミトラを騙し、ウッジャインに連れて来た。


 それがミトラのため、危険から守るためと言いながら、これほどの危険に直面させた。


 自分こそが悪人だ。


 腕の中で力なく眠っている小さな姫を、危うく失う所だった。

 その罪に血の気が引く。


「私はミトラを大事に思う余り、肝心の事を忘れる所であった……」

 一人呟いた。


 いや、他の姫ならば、ヒンドゥの女ならば、それも通用するのだろう。

 力ずくで囲いこんで我が物とし、でる。


 ただ一人の妃として生涯愛せば、いつしかそれは正義となり、麗しい恋物語となる。


 しかしそれは勝手な男の創った自己満足だ。

 ミトラはそんな嘘の愛に答えてはくれない。


 押し付けの愛ではなく、相手の幸せの為に自分の全力を捧げる愛。

 本物の愛にしか、この姫は振り向かない。


 アショーカはそれに気付いていた。

 だからシリアに連れて行くと言ったのだ。



「私はまだまだだな……」

 また弟に一歩先を行かれた。


「兄上?」

 パトナは苦渋に顔を歪める兄を見上げた。



 その横顔は、また一回り大きな存在になったような気がした。




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