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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
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30 翠の封印

「アショーカ様、今すぐのご面会を願い出ている者がおりますが、どう致しましょう。

 夜も遅いゆえ明日に致しましょうか?」


 突然、侍従長が扉の外から声を掛けた。


 アショーカと側近は顔を見合わせる。


「面会? 誰だ?」


 こんな夜更けに急な面会を申し出る相手に心当たりはなかった。


「衛兵隊長のイスラーフィル様でございます」

 思いがけない名だった。


 戦時や反乱時でなければ、衛兵隊長の急用などないはずだ。

 しかし、そんな大事が起こっているなら、隠密部隊や騎士団からの連絡が先にあるはずだった。


 アショーカは怪訝に側近の顔を見回す。


 側近達はそれぞれに思い当たる事などないと、首を横に振る。


「よい。通せ。すぐに会う」

 アショーカは侍従長に告げた。



 しばらくして部屋に現れたイスラーフィルは、思い詰めた表情で四人の前にひざまずいた。

 いつも余裕のある兄貴分のような装いの男が珍しい。


「どうしたイスラーフィル?

 衛兵の間で何か揉め事でもあったか?」


「いいえ……。隊には何の問題も……」

 言い澱む。


「では何故そんなに青ざめている?」

「アショーカ様に……お聞きしたい事が……」


「何だ? 申してみよ」


「……」


 躊躇うイスラーフィルに苛立つ。


「早く申せ! 俺は短気なのだ!」


 イスラーフィルは覚悟を決めて口を開く。


「ミトラ様は……。

 ミトラ様は……スシーマ王子にウッジャインに連れて行かれたと聞いておりますが……。

 今……どうされておりますか?」


 四人は顔を見合わせる。


「どうとは?

 今朝届いた間者の報告では、太守の宮殿で堅固な警備で守られていると聞いているが……」


「何か……危険が迫ってはおりませんでしたか?

 ミトラ様に害をなす刺客は……」

 イスラーフィルの額にはじわりと汗が滲んでいる。


「ウソンの事か?

 それはアッサカに見張らせているから大丈夫と思うが……」


 アショーカはただならぬイスラーフィルの様子に嫌な予感を感じていた。


「でも……ミトラ様の身に何かありました。

 みどりの封印が解け始めました。

 じゅが発動し始めたのです」



「なに?」

 四人が驚く。


「お前は翠の封印について何か知ってるのか?

 なぜミトラの身に何かあったと分かる?

 呪とは何だ?」

 アショーカはうなだれるイスラーフィルに矢継ぎ早に問いかける。


「私の知っている事はすべてお話します。

 ですから、どうか私をウッジャインへ行かせて下さい。

 ミトラ様の無事をどうか確認させて下さい。

 お願いします」


 イスラーフィルはアショーカの前にひれ伏した。

 アショーカと側近達は、この優秀な武官のあまりの狼狽ぶりにただならぬ事態を感じていた。


   ◆     ◆


「まさか……死んだのではあるまいな!」


 ウッジャインの色町で一番大きな娼館の控え室ではマンドサウル太守が青ざめた顔で侍女の死体と手を繋いだまま、一向に意識を取り戻さないミトラにいらいらしていた。


 地下にある広間では、すでに大商人をもてなす妖艶な美女達の踊りも終わり、娼婦の競りが始まっていた。


 しかしいつまで待っても凡庸な娘ばかりで、今日の目玉商品を目当てに集まった商人達はいい加減痺れを切らせていた。


「おい、早く目玉商品を出せ!」

「こんな平凡な娼婦のために大金を持って集まったのではないぞ! 早くしろ!」


 控え室にいる太守の所まで客達の怒鳴り声が響いている。


「ラトラーム。ソーマをどれだけ飲ませたんだ!

 致死量を飲ませたんじゃないだろうな」

 太守は息子を責め立てた。


「いいえ、ほんの二口ほどです。

 普通は朦朧とする程度のはずなのですが……」


 ラトラームはパチパチとミトラの頬を叩いて何とか目覚めさせようと躍起になっている。


「気付け薬でも飲ませてみろ!

 いざとなったら眠ったまま出すか。

 それでも、その死体と一緒に出すわけにはいかない。

 侍女の腕を切り落とすか……」


「本気ですか父上?」

 ラトラームばかりか、側に控える衛兵達も青ざめた。


「今日は新しい上客も来てるんだ。

 このまま終わらせるわけには行かない。

 なんとしてもその女を出品しろ」


 広間には十人ほどの大商人とおぼしき、値の張る宝飾で着飾った男達と、その用心棒がそれぞれに二・三人付き従っていた。


 マンドサウルが上客と言った男は、派手ではないが、質のいいシルクのキトンに、肩口やターバンにつけた宝石の大きさ、それに落ち着いた態度が他国の王族を思わせた。

 控える従者が持つ皮袋には金貨の山が入っているのは、入り口で確認済みだ。


 しかし、実は角端かくたん炎駒えんくが変装しているとは知るはずもなかった。


「仕方がない。腕を切り落とすか」

 ラトラームの言葉に衛兵が怯える。


「おい、お前切れ」

 命令された衛兵がブルブルと首を振る。


「で、出来ません。そんな恐ろしい事……」


 ミトラの翠の瞳で睨まれた男達は、その畏怖にすっかり怯えきっていた。


「ふん。臆病者が。

 こんな細腕の一つや二つ、一太刀で切れるだろうが」

 ラトラームは自分の剣を引き抜いた。


 そして今にも振り下ろそうとした瞬間、広間の方が急に騒がしくなった。


「なんだ?」


 わあああ!

 という叫び声があちこちで木霊こだましている。


「衛兵! 全員広間に行って加勢しろ!

 なんだか分からぬが凄腕の男達が乱入してきた!」


 様子を覗き見たマンドサウルが血相を変えて叫ぶ。



「どういう事だ?」



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