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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
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26 謎の剣士ウソン

「ないわー。いや、ホントないだろう!」


 盛大なため息と共にウソンが嘆く。


 色町の空き家に逃げ込んだミトラは、先程から嘆き続けるウソンを不安げに見上げていた。


 ソルは意識を取り戻し、ウソンからミトラを庇うように二人の間に座っている。


「さっきから何の事を言ってるのだ?」


「何って決まってるだろう!

 あんたの胸だよ。

 何だよその貧弱な胸は!」


「な! なんと無礼な!」

 ウソンの失礼な発言にソルが非難の目を返す。


「無礼なのは、この巫女姫の胸だ!

 巨乳美女だと思って、こんな遠くまで追いかけてきた俺の身にもなってみろよ!」



「烏孫様、いくら何でも失礼ですぞ」

 側近の老武官がコホンと咳払いする。


「私の胸が貧弱で何が悪いのだ。

 そなたに迷惑をかけたか?」

 ミトラは不審を浮かべる。


「大迷惑だ。

 俺の男のロマンをどうしてくれる!

 こんな貧乳と分かってたら、こんな所まで追いかけてくるか!」


「烏孫様、いい加減になさいませ。

 確かに、お胸は残念でございましたが、この女神のごとく容姿をご覧なさいませ。

 まこと単干ぜんう様が壁画に描いた女神と瓜二つにございます」


「左様でございますよ。

 巨乳の夢はお諦めになって、この類稀なる美しき姫様を連れ帰りましょう」

 武官達が説き伏せる。


「さ、先程から何なのでございますか! 

 ミトラ様のお胸を侮辱する言葉の数々!」


 ソルが憤る。


「お前、何才だ!」

 ウソンが高飛車に尋ねた。


「十四だが……それがどうした?」


「よし、あと三年待ってやる。

 それまでにその胸を三倍にしろ!

 顔は確かに好みだ。

 月色の髪も翠の瞳も悪くない。

 後は胸だけだ」


「だから何の話だ!

 そなたの好みなどどうでもよい。

 早くアショーカの元へ連れて行ってくれ!」

 ミトラもいい加減腹が立ってきた。


「アショーカ王子?

 あの王子ならタキシラにいるぞ。

 こんな所にいるわけないだろ?」


「でもそなたはアショーカの騎士団だろう?

 アショーカと一緒に来たのではないのか?」


「ふふん。騎士団ねえ。

 確かに一時は入ってたけどな」

 ウソンはにやりと笑う。


「ミトラ様、おかしいですわ。

 この者に仕える武官の恰好。

 獣の皮を羽織り、剣の形も靴の様式もマガダの物ではありません。

 それに騎士団の者にどうして武官の従者がいるのですか」


 ソルが疑問を口にする。


「そういえば……そちらの従者の恰好は、どちらかといえば北方の遊牧民のこしらえ……」


 ウソンは開き直った。


「バレたら仕方がない。

 確かに俺はあんたを手に入れる為にアショーカ王子の騎士団に潜り込んだだけさ。

 だがどうしたもんかなあ……。

 俺様は巨乳美女と思ったから手に入れようと思ってたわけだが、期待外れだしな。

 マガダの王子二人もどういう趣味だよ。

 まだ子供じゃないか。

 こんなガキを取り合ってたのかよ。

 悪趣味だな」


 その言葉にはミトラもむっとした。


「私の事はどんな風に言ってもよいが、アショーカとスシーマ殿を侮辱するな!

 あの二人は立派な方だ」


 ウソンはにやにやと笑う。


「ふーん、かばうぐらいには信頼してるんだ。

 でも、この非常事態に誰も助けに来てくれないけどな。

 俺が助けなければ今頃変な薬を飲まされてたんだぞ」


「そ、それは……私がスシーマ王子に内緒で宮殿を抜け出したから……。

 スシーマ殿はまだ気付いておられぬはずだ」


「へえ、自分で抜け出したんだ。

 それでアショーカ王子の元へ?」


「そ、そうだ!

 早くアショーカの所へ案内してくれ!」


 ウソンはこの世間知らずの姫に現実を思い知らせてやりたくなった。


「アショーカ王子なんかここにはいないさ。

 いつまで待っても迎えになど来ない」



 ミトラはその言葉に衝撃を受けた。



「で、でも一緒にシリアに行くと……共に並び立つ者になると約束したのだ」


「そんな事してアショーカ王子に何の得があるんだよ。

 あの王子は誰の助けもなくとも、自分の足でしっかり立っている。

 あんたに並び立たれたって邪魔なだけだ。

 ましてシリアなんかに連れて行ったら余計な心配事が増えるだけで王子にとったら迷惑以外の何者でもない」


「そ、そんな事……」


 考えてみればその通りだ。


 アショーカが自分を大事にしてくれるから、勘違いしていたのだ。


 自分はアショーカにとってかけがえの無い何者かなのだと。


「考えてもみろよ。

 もしあんたが必要で助けに来るつもりがあるなら、もうとっくに来てるはずだ。

 タキシラからなら早駆けで三日もあれば来れる。

 来ないという事は、あんたはもう用なしって事だ。

 なんで分かんないかなあ」


 言ってやったと、すっきりした気分で小さな少女を見下ろしたウソンは、真正面から誹謗を受け止め涙を浮かべる翠の双玉に、感じた事のない衝撃を受けた。


「いい加減な事を言わないで下さいまし!

 アショーカ様は何か事情があって迎えに来られないだけですわ!

 あの方がどれほどミトラ様を大切になさってたか知らないくせに!」


 ソルが慌てて言い返す。


 確かにウソンもアショーカ王子がどれほどこの姫を大切にしていたか知っている。

 だからこそウソンも欲しいと思ったのだ。


 そして、あの直情型の王子ならすぐに奪い返しにくると思っていただけに意外だった。


 ただ……少しばかり嘘もついた。


 アショーカ王子はすぐさまアッサカを送った。

 本人の代わりに、あの強力な隠密にずっと自分を見張らせている。


 気付いてはいるが、この姫にわざわざ知らせてやる必要もない。


「なんだよアショーカ、アショーカって。

 あんな王子のどこがいいんだ。

 そりゃあまあ、剣はうまいし力も強いけど……。

 妙なカリスマ性も確かにあるが……」


 言ってみてウソンは何だか腹が立ってきた。

 自分を前にして他の男の事しか考えていないこの巫女姫にいらいらする。


 そして決心した。


「よし! お前の貧弱な胸の事は大目に見てやろう!

 お前を俺様の妻にしてやる!」


「な!」


 ソルが唖然として目を見開く。


「俺があんな王子の事なんか忘れさせてやる。

 俺様の方が数倍いい男だと教えてやるぞ!」


 ウソンは、傷ついた顔で自分を見上げるミトラの両腕を掴む。


「だからそんな顔をするな!

 その翠の瞳には俺様しか映すな!

 分かったか!」


 自分でも不思議なほどの執着が芽生える。


 この翠の目の奥底に自分が映ってない事が、たまらなく悔しい。

 その目に浮かべる涙が自分の為のものではないのが許せない。


 理由なんて分からない。


 ただこの翠の瞳を独占したいのだ。


 しかし決意を固めたウソンは、ただならぬ殺気に気付いてミトラを背に武官に目配せをした。



 武官達はさっと散らばり、空き家の外を囲む刺客の気配に耳を澄ます。


「どうやら嫌な客が来たようだ」


 ウソンの言葉を聞いて、ソルはミトラを庇うように抱きしめた。


 ダンッ!


 と空き家の木戸が蹴り開けられた。


 黒い影がゆらりとうごめく。


 さっきの用心棒達とはレベルが違う。

 間違いなく手練てだれの連中。


 キンと張り詰めた空気を引き裂くように黒い影が一つ飛び込んで来た。


 ウソンの従者三人に剣が落ちる。


 カン、カン、カン!


 という刃音と共に辛うじて受け止めた従者達は、その威力に体勢をすっかり崩される。


 更にそのあとに続く黒服の男達に必死の受け身で応じる。


 その間に先頭の男はウソンの眼前に迫っていた。


 ウソンはミトラとソルを背に、剣を抜いて構える。

 そしてその顔を見て、(やはりな)と納得した。


「アッサカ!」


 ミトラも気付いて叫んだ。


 アッサカはチラリとミトラに視線を向け、無事な姿に安堵する。


 ウソンを秘かに尾行していたアッサカは、月色の髪の姫を抱き上げ、走り去るウソンを見て、何故こんなところにミトラがいるのかさっぱり分からないまま、助けにきた。


「ソル殿!

 外に大商人ボパルが用心棒を連れて待っている。

 ミトラ様を連れてその者の屋敷に逃げるのだ。

 アショーカ様の懇意の方なれば、信用していい」

 アッサカはソルに命じた。


「で、でも……この者が……」

 ソルは目の前に立ちはだかるウソンを見上げた。


 二人を背に囲い、逃がしてくれそうにない。


「ウソンの相手は私がする。

 その間にミトラ様を逃がすのだ!」

 言うなりアッサカはウソンに剣を振り下ろした。


 すぐさま激しい打ち合いが始まる。


 アッサカが引き連れた騎士団の隠密も三人。

 人数の揃った両者は拮抗する剣技でそれぞれに打ち合っている。


 みな自分の相手に手一杯で、他に目を向ける余裕などない。

 ソルはその様子を見届けると、ウソンを引き離すように剣を繰り出すアッサカの脇をすり抜け、ミトラを連れて空き家の外に飛び出た。


「くそ……」

 ウソンはアッサカの剣を受け止めるだけでどうにも出来ない自分に歯噛みする。



 外に出ると商人風の小男が屈強な用心棒を五人従えて立っていた。

 そしてミトラの月色の髪を見止めると、相好を崩した。


「おおっ! あなた様がシェイハンの聖大師、アサンディーミトラ様ですな!」


 人の良さそうな小男は真ん中が禿げ上がった頭を月夜に照らされて、やっと会えたというように親しみを込めて叫んだ。


「私めはアショーカ様に忠誠を誓った者。

 この命に代えてもあなた様をお守り致しますぞ。

 ささっ! こちらへ」


 商人は用心棒にミトラを守らせ駆け出した。


「あ、あの……そなたは……」

 ミトラは駆けながら尋ねる。


「申し遅れました。

 私はウッジャインで手広く商売をするボパルと申します。

 こう言えば信用下さいますかな?

 アショーカ様の側室、デビの父でございます」


 商人は走りながら自己紹介をした。


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