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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
135/222

21 ウッジャインの策略

 アショーカがラピスラズリの鉱山で死闘を繰り広げていた同じ頃、ミトラは、そのアショーカの名を聞いて、晴れやかに目を輝かせていた。


「本当に?

 アショーカがウッジャインに来ているのか?」


 ミトラは掴みかからんばかりに侍女のソルに詰め寄った。


「は、はい。

 先程ユリ様の侍女と女官部屋でお会いしまして、秘かに教えて下さったのですが……」

 どうも腑に落ちない。


「わ、私を迎えに来てくれたのだろうか?」

 ミトラは不安気にソルに尋ねる。


「それはもちろんそうですわ。

 アショーカ様がウッジャインに用事など他にある訳がございませんもの」


「では、タキシラに帰ってもいいのだな?」


「当たり前でございます」


「良かった。

 本当は私がいなくなって、面倒が減ったと清々してるのかと不安だったのだ」


 そんな訳はない。

 そんな事を思い込んでいるのはミトラだけだ。


「ではすぐにアショーカの元に行こう!」


 今すぐ部屋を飛び出しそうなミトラに、ソルは慌てて首を振る。


「無茶ですわ。

 そんな事スシーマ様が許すはずがございません。

 ここには五麟の方々もいて、抜け出す事など到底出来ません。

 それ故アショーカ様も太守の宮殿に入れず、街中に潜んでいらっしゃるのでしょう」


「そ、そうだったな……」

 ミトラの顔が一瞬で曇る。


 それを見ればミトラの望む道ははっきりしているが、ソルはもう一度確認するように尋ねた。


「ミトラ様は本当にアショーカ王子の元に帰りたいのですね?

 スシーマ王子の正妃となって、マガダの王妃の座に就きたいとは少しも思われていないのですね?」


「何度同じ事を聞くのだ」


 ソルは日に三度もこの質問を繰り返す。


「私はミスラ神の妻となる。

 誰の妃にもなるつもりはない。

 そして神妻となるその日まで、私はアショーカの側にいたいのだ」


 毎度同じ答えが返ってくるが、その答えはソルが聞きたい真意からは少しズレている。

 しかしそれ以上の真意を聞き出そうとすると、どんどん論点はズレていく。


 仕方なくソルはうなづいた。


「分かりました。

 では私と共にこの宮殿を脱出しましょう」


「脱出? そんな事出来るのか?」


「はい。何故だかユリ様の侍女が手助けしてくれると申し出て来られたのです。

 五麟が入り込めない湯殿でユリ様の侍女と入れ替われば脱出出来ると……」


「なるほど。ヴェールを被っていれば背格好の同じ者なら分からぬな」


「されど、何故あれほど敵視してらっしゃるユリ様がミトラ様に手を貸して下さるのか……。

 それがどうしても納得出来ません」


「それなら分かるぞ。

 ユリ殿は私をスシーマ王子に近付けたくないようだからな。

 それで逃がしてくれる気になったのだ」


「それは分かりますが……。

 では何故アショーカ様が来た事をユリ様は分かったのでしょう?

 仲が良いとは思えませんが……」


「でも知り合いではあるようだぞ?

 アショーカも幼い頃より知っていたようだった」


 確かタキシラでそんな事を言ってたような気がする。


「されどあのアショーカ様が……」


 女の手を借りたりするだろうか?


 こんなコソコソと裏から手を回すようなやり方は、どうもあの王子らしくない。


 あの王子なら、堂々と太守の宮殿に乗り込み、力ずくでミトラを奪って行きそうだ。

 どうも疑念が拭えない。


 しかしミトラはすっかり乗り気になっている。

 今すぐ湯殿に行きそうな勢いだ。


「今夜、秘かにユリ殿の侍女と会う手はずになっております。

 そこで念入りな計画を決める事になりますゆえ、それまでは不自然のないようにお過ごし下さいませ」


 ◆     ◆


 その夕方、スシーマは猿の神獣ハヌマーンと一緒にミトラの部屋を訪ねた。


「ハヌマーン! 元気だったか?」


 ハヌマーンはキイと鳴いてミトラの肩に飛び乗り、その細い首に抱きついた。


 スシーマ以外には誰にも懐かない猿だったが、不思議にミトラには徐々に心を開き、今では白い毛並みを撫ぜられても大人しくしている。


 ナーガですらそこまでは出来ない。

 ……というより、ハヌマーンはナーガの頭の蛇を嫌って絶対近付かない。


 ナーガの蛇達も、凶悪さの割りに人当たりがいいが、ハヌマーンだけは警戒している。


「ハヌマーンは本当にそなたをシータ姫と思っておるのかもしれんな」

 スシーマは微笑んだ。


 しばしハヌマーンを交えて歓談した後、スシーマは大事な用件を切り出した。


「ところでミトラ、実はウッジャインでの公務が佳境を迎えているのだ」


「ご公務が?」

 ミトラはハヌマーンを膝に抱いたまま首を傾げる。


「明日の夜、一気にかたをつけようと思っている」

 頬杖をついたままミトラを見つめる。


「どのようなご公務なのですか?」

 かたをつけるという言い方が物騒だ。


「それは言えぬのだが……」

 恋や結婚すら理解出来ぬ者が色町など分かるはずもない。


「少しばかり手練れの隠密が必要なのだ。

 そなたにつけている五麟を連れて行きたいのだが、大丈夫だろうか?」


「五麟を?」

 それは都合がいい。


「ただし麒麟だけは置いていく。

 まあ、この部屋にいれば、麒麟一人で充分だと思うのだが、一応そなたも部屋から出ぬよう気をつけてもらいたいのだ」


 心配そうに尋ねるスシーマにミトラは少し良心が痛んだ。


「私の事は心配いりません」


「さっさと片付けてマギ大官殿の話を聞いたならば、パータリプトラに向かおう。

 王宮の東宮殿なら、ここよりずっと警備も堅固で安全だ。

 もう少しの辛抱だからな」


 アショーカの元へ脱出しようと謀る自分の為に心を砕いている王子に少し申し訳なくなった。


「私の事など良いのです。

 マギ大官殿にも無理に話を聞かなくともいいのです。

 私はミスラの神に嫁ぐ事を嫌とは思っておりません。

 だからどうかユリ殿に優しくしてあげて下さい。

 あの方こそスシーマ殿の妃に相応しいと私は思うのです」


 思いがけない言葉にスシーマは瞠目する。


「何を言い出すのだミトラ。

 ユリに何か言われたのか?

 私はそなた以外を妻に迎える気など皆目ないぞ!」


 ここにきて振り出しに戻ってしまった。


 ユリとパトナの存在が、ミトラの心を遠ざけてしまったのだと思った。


「もしやスシーマ殿もシェイハンの聖大師を娶れば世界の覇者となる、などという流言を信じておられるのではないでしょうね。

 私はこの通り何の力もない。

 神通力もなければ、先読みの力もない。

 私を妃にしても何の役にも立たないのです」


「誰がそなたを策略の為に娶ると言ったっっ!!!」


 スシーマは立ち上がりミトラの両腕を掴んだ。

 突然の剣幕に驚く。


「スシーマ殿……」


 怯えた目で見上げるミトラにスシーマは苦渋の表情を浮かべる。


「そなたは何も分かっておらぬ。

 私がこれほどまでに何の見返りもなくそなたの心だけを欲しているというのに……。

 なぜ分からぬのだ……。

 そなたの他に何も望まぬというのに……。

 そなたの為なら王位すらいらぬのに……」


 その言葉にミトラと、ナーガまでもがぎょっとして蒼白になる。


「バ、バカな事をおっしゃらないで下さい!

 私などのために民を不安にさせるような事を。

 二度とおっしゃってはいけない!」



 傾国の姫……。



 ナーガは、ふとそんな言葉が頭によぎった。


 危うく国を傾けてしまうほどの魅力を持った姫。

 王を骨抜きにし、欲望に溺れさせる女。


 ミトラは心一つでそれが出来る女なのだ。

 本人は気付いてもないし、そんなつもりも無いだろうが、確かに王を覇者にも愚王にも導く事の出来る姫。


 これこそが聖大師の持つ力なのかもしれない。



 不安気にミトラの部屋を辞したスシーマは焦りを感じていた。


 一刻も早く公務を片付けて、聖大師の謎を探りパータリプトラへ向かうのだ。

 そしてあらゆる策をめぐらし、ミトラを都に留め置き、その心を我が物にする。



 その思いに捉われすぎたスシーマは、ほんの少し油断をし、そして常識外の行動をするこの巫女姫をまだ分かってはいなかった。



 そして背後でうごめくユリとパトナ、ラトラームの不審な行動に気付かなかった。


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