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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
132/222

18 ラピスラズリの鉱山①

 鉱山とはシェイハンのラピスラズリの鉱山である。


 シェイハンの領地の北端にありハダフシャン一帯に広がる鉱山は、実はシェイハンだけの領地ではない。


 シェイハンが領有しているのは鉱山の南側の山々であって、北側の険しい山々は誰の物とも決まっていない。ただしその北の遊牧民も配下に置くマウリヤ朝の領土には違いない。


 北側の領地はその険しさの上に、滅多に輝石が見つからない事から今まで放置されてきた。


 それがここにきて、急にあちこちで鉱脈が見つかり出したのだ。

 それを受け、西方の国々や遊牧民達に勝手気ままに採掘され無法地帯と化していた。


 輝石の略取で血生臭い事件が相次ぎ、命懸けの採掘場と有名だった。


 その鉱山をこのたびタキシラの兵が統制するようになり、命懸けで採掘していたシュードラ達を人足として雇い入れるようになった。


 おおむねの貧しい鉱夫達は安全に給金をもらえるこの体制に喜んだが、今まで力ずくで鉱夫が掘り起こしたラピスラズリを強奪してきた男達には青天の霹靂へきれきだった。


 鉱夫達が苦労して掘り出した頃を見計らって山賊さながら剣をふるい、ことごとく切り捨ててお宝をちょうだいする。安易で手軽な儲け場所を失ったのだ。


 その身勝手な怒りのままに、実は先日も衛兵が襲われ、少なからぬ被害者を出している。


 この鉱山の平定はスシーマ王子が一番に出した宿題だった。

 そしてビンドゥサーラ王を始め数々の王達が神の国と言われるシェイハンをそれでも手に入れたいと思わせた要因でもあった。


 ヒンドウクシュの山々からパミールの高原に至るこの広い鉱山だが、ほとんどは崖の切り立った岩山が囲み、輝石に辿り着く事の出来ない立地ばかりで、一番掘りやすいのはシェイハンの領土となる南の窪地だった。


 しかし最近では北の山々が無法地帯なのをいいことにそこも山賊の餌食となっていたのだ。


 シェイハンの先代の聖大師はこの鉱山の掘る位置や、日にちまで先読みで告げていたという。


 聖大師が告げた日は不思議に山賊が現れず、また、掘れと言われた場所にはとても質のいい石が埋まっていた。今のように無法地帯になったのは、前聖大師になってから、そしてシェイハンの神殿が焼け落とされてからの事だった。


 考えられる事として、おそらく聖大師はラピスラズリの鉱脈を神告げで見つけていたのではなく、鉱山のあちこちに埋まる輝石を神通力で隠していたのだろうとアショーカは思う。


 そして、必要な時に必要な分だけ、目隠しを解いて鉱脈を掘らせた。

 そう考えるのが妥当だ。


 その神通力が無くなった今、ラピスラズリは有るがままに見つかり始めたのだ。




 強固な岩山に蟻の巣のようにあちこち穴が空いた採掘場では腰巻一枚の鉱夫達が二百人ばかりも岩を掘り出して運んでいる。


 その周りには騎士団と衛兵が五十人ほど警備に当たっている。

 更に監督官が十人と、鉱山の周りの柵造りに百人ほどの人足も働いている。


 柵の中には鉱夫達が暮らす簡易の天幕が張られ、給仕係の女達が炊き出しをしていた。

 体制は整いつつあるが、それだけに柵が完成したら搾取が難しくなるだろう採掘場に、最後のチャンスとばかり盗賊達がやってくる。


 バラバラと蹄の音を響かせてやってきたアショーカ一行に、また盗賊の襲撃かと緊張した衛兵と監督官達はマガダの旗印を見て一斉に安堵してひざまずく。


「タキシラ太守、アショーカ様だ。

 監督官長、前に出て報告せよ」

 騎士団の隊長らしき男の言葉に驚いたように監督官達が顔を上げる。


 その中の一人が進み出た。


「アショーカ様自らお越し下さるとは驚きました。

 私が監督官長のタガブでございます」


「うむ。大儀であるな。

 先日は盗賊の襲撃にあったと聞いたが、今日は無事か?」

 アショーカは馬上から鷹揚おうように尋ねる。


「はい。今のところ大丈夫でございますが、柵の完成を間近に迎え、何とか阻止しようとする盗賊が後を立ちません」


「今日辺りまた来るかもしれぬと思い援軍を連れて参った。

 それから食料の補充だ。

 食料は足りておるか?」


「はい。充分な食事にありつけると、日々周辺から鉱夫希望の男達がやってきて、少々大所帯になりすぎております」


「うむ。身元の分からぬ鉱夫はしばしこれ以上増やすな。

 柵の完成と警備の確立をしてからにしろ」

 アショーカは日に焼けた屈強な鉱夫達の働きぶりを見回して考え込む。


「おい、ヒジム!」

 ふいに思い立って後ろに控える騎士団に呼びかけた。


 いつもなら風のように飛んで来るヒジムの姿がない。


「ん? ヒジムはどうした?」


 騎士団達は困ったように遥か後方を見やった。

 そこにはよろよろになって馬にしがみつくルジアを引き連れて、ようやく追いついたヒジムが合流しようとしていた。


「何をやってるのだ?」


「ルジアは馬で遠出したのが初めてらしいんだ。

 いきなり初めてでアショーカの早駆けについてきたんだから、この通りさ」


 ルジアは息も切れて、馬に振り落とされないのが精一杯という状態だった。


「何だ! 情けない男だな!

 この程度でへばってどうする!

 体力が足りぬぞ!」


「も、申し訳ござい……ません……」


 やはり基礎体力が男と女では違うのだろうと、ヒジムは気の毒になった。


「ちょっと休ませてやっていい?」


「はあ? ふざけるな!

 そのように甘やかせていたらいつまでたっても一人前になれぬぞ。

 すぐに持ってきた食料を運ぶのを手伝え」


「だよね……」


 男だと思ってるから容赦ない。


「じゃあ五人ほど荷物を天幕に運ぶのを手伝って」

 ヒジムはルジアと騎士団五人を引きつれ、いそいそと荷を運び始めた。


(まあ、後でもよいか……)


 ヒジムに一つ仕事を言いつけようと思っていたアショーカは、とりあえず先に柵の進捗しんちょくを見て回る事にした。

 アショーカは騎士団数人と監督官達を連れて、柵の状態と警備兵の配置を指示して回る。


 柵さえ完成してしまえば、ずいぶん警備は楽になるだろうが、未完成の今は人垣を作るしかない。


 もう少しで完成と思うたび、盗賊の襲撃に合い、柵を壊され、このところ一進一退を繰り返していた。


「こちらの柵はもう五回も壊されました。

 こちらの北の尾根を通っておそらくはスキタイ系の遊牧民が襲撃してくると思われます」


「スキタイか……。

 騎馬に優れた戦士が多いと聞くな」


「はい。少数でも恐ろしい連中です。

 丸腰の鉱夫達を無残に切り捨て、すでに数十人の犠牲者が出ております」


 聞いている途中で、つと、アショーカの額の印がうずいた。


 はっと顔を上げ、遠くの山並みに目を凝らす。


「いかがなされましたか?」

 タガブが首を傾げる。


「お客さんが来たようだ」


「え?」


「敵の襲撃だっ!

 みな戦闘態勢に入れ!

 監督官は鉱夫をまとめて坑道に隠れろ!

 後ろの二名はみなに知らせて回れ。

 騎士団全員をこちらに回し、今日持参した弓と槍を持って来い。

 警備兵達は天幕にいるヒジムの指示に従え!」

 大声で次々命令を発する。


 監督官達は青ざめて坑道に駆け出し、兵士二名は大声で敵の襲来を告げて回る。


 騎士団達は早駆けの為はずしていた甲冑をつけ直し、剣と弓を確かめる。


 アショーカは柵の前に騎士団の隊列を組んで迎え撃つ準備をする。


「みな自信を持て!

 スキタイの遊牧民といえども日々訓練を重ねるそなたらの敵ではない。

 すでに数十人の罪も無い民の命が奪われている。

 慈悲は無用だ。今回は急所を外す必要は無い。

 確実に仕留めよ!

 そなたらの実力を見せつけ、二度と襲撃しようなどと思えぬほど叩きのめしてやれ!」


「おおおおお!!!」

 騎士団は雄叫びを上げる。


 背後には続々と警備に散っていた騎士団が集まって来ている。


「だ、大丈夫でしょうか?

 スキタイの騎馬兵はそれは勇猛で残酷な男達です」


 アショーカの隣りのタガブが不安げに馬上を見上げる。

 先日の襲撃でも騎士団数名が辛うじて迎え撃っていたが、その他の警備兵は赤子のごとく切り捨てられ、好き放題に柵を壊され、掘り出したラピスラズリもことごとく持ち去られてしまったのだ。


「心配するな。

 いくら勇猛な騎馬兵とはいえ、しょせんは盗賊まがいの烏合の衆だ。

 大国の軍隊の恐ろしさを知らぬ」

 アショーカは余裕で微笑む。


「アショーカ様、弓兵と槍兵の準備が整いました」

 騎士団の隊長が報告に来た。


「よし、間に合ったな」

 アショーカはにやりと笑って大声を上げる。


「弓兵、前へ!

 合図と共に敵の前列を殲滅せんめつせよ!

 槍の歩兵は次の合図で突撃だ!」


「おおおおお!!!」


 砂煙を上げて眼前に現れた盗賊達は、今までの警備兵と違い、重厚な装備で弓を構える派手な軍服の男達に一瞬たじろいだ。


 その数五十ほど。

 みな熊や虎の毛皮を着込んだ屈強な大男達だ。

 少数精鋭の盗賊団だ。


 タガブはその迫力に圧倒される。


「はっは! 飼い慣らされた蟻の軍隊が!

 何人束になってこようが、その軟弱な矢が我らに届くと思うな!

 みな、進めええ!」

 団長らしき大男が雄叫びを上げる。


「おおおお!!」

 と盗賊達が迫り来る。


「ひいいいい!!」

 タガブは恐怖のあまり、アショーカの足にしがみついた。



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