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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
131/222

17 アショーカとルジア

「えいいいっ! やああっっ!

 もっと踏み込めいいいっ!

 ふがいないっ! 次っ! 次の者!」


 シビとぺンテシレイアに散々お小言をたれて騎士団の元に戻ったヒジムは、打ち合い練習の真ん中で、誰よりも熱心に剣を振るうアショーカの姿を見止め、再びうんざりした。


 有り余る血の気をどうやら剣で発散する事にしたらしい。


 このアショーカという男は、いかにも女遊びを楽しみそうに見えて、実は遊び女を呼んだ事はほとんどない。

 若かりし頃や、一時自暴自棄になった時は、シャレにならないほど無茶な遊び方もしたが、本来遊び女が苦手なのだ。


 常に人に主導権を握られる事に屈辱を感じる俺様男としては、年増の遊び女相手にも当然我慢ならない。


 では自分が主導権を握るかと言えば、好きでもない相手に更々そんな気は起きない。


 なんとか上客に気に入られようと色仕掛けで責め来る相手にイライラがつのるのだが、女に甘いこの男は結局怒鳴る事も出来ず、しこたま不機嫌だけをつのらせて終わるという誰にも迷惑な結果となるため、周りも勧めなくなったし、本人も自重している。


 結果その捌け口は騎士団に向かうのだ。


 シュードラの分際で王子と剣を交える遠慮もあるが、そもそも剣技も優れ、おまけにバカ力の主君にかなうはずもなく、無残に打ちのめされた騎士達がそこら中に転がっている。


「まったく。迷惑だって言ってるのに……」


 しかも次はルジアが相手のようだ。


 練習用の剣とはいえアショーカのバカ力で打ちのめされた団員はあちこちで腕や足を押さえて呻いている。

 ルジアはガタガタ震えながら剣を構え、前に出た。

 すでに気迫だけで負けきっている。


「おどおどするな! 覆面男!」

 怒鳴ると同時にアショーカの剣がルジアに振り下ろされる。


 カンっっ!


 辛うじて受け止めた。


 カンッ! カンッ! カンッ!


 反射神経は悪くない。

 剣筋は見えている。


 しかしアショーカの重い剣に刃を重ねるたび体勢が崩れていく。

 女とはいえ、男達に敬遠されるほどの腕力と体格のルジアだ。

 もう少し健闘してもいいはずだ。

 気持ちで負けているのだ。


(まあ、しょうがないけどね)


 ルジアは弱くはない。

 基礎から学んできた剣術は動きが滑らかで、騎士団の中でも上位の使い手だ。


(でも戦になれば真っ先に殺されるな)


 やはり女社会で育ったルジアには、闘争心だとか、攻め従える事に快感を覚える本能のようなものが欠けている。


(むしろそれならぺンテシレイアの方が優れているな)


 ぺンテシレイアは女戦士の集落で育ったせいか、人種的な特性なのか、男の本能を備えているような気がする。


 湯浴み場で剣を交えてみて確信した。


 相手を切り捨てる事に何の躊躇いも無かった。


(あいつは人を切った事があるな)


 おそらく一人二人ではない。

 そしてルジアは人を切った事などない。

 その差は大きい。


 五手目でルジアは剣を跳ね上げられた。

 頭上に飛んでいく剣を見上げるルジアに、アショーカの剣が振り下ろされる。


 負けた屈辱を心にしっかり刻むため、とどめの一太刀を浴びせるのが騎士団の慣わしだ。


「あっ!」


 よりによってアショーカの剣はルジアの頭に振り下ろされた。


 頭の皮の頑丈さが男女でどれほど違うか分からないが、王女様が頭をカチ割られた事などない事だけは確かだ。


 万事休すと思った瞬間、アショーカの剣はルジアの眼前ギリギリで止まった。


(あれ?)


 ヒジムは驚いてアショーカを見る。


「……」


 アショーカ自身も「おや?」という顔で寸止めしてしまった自分の剣を見ている。


 ルジアはへなへなとその場に腰を抜かした。


「な、何で途中でやめたの?」

 ヒジムがさりげなく近付き、ルジアを庇うようにアショーカの前に立った。


「分からん。

 何故だか妙な罪悪感を感じた」

 アショーカはしきりに首を傾げている。


「アショーカの本能ってすごいね」

 ヒジムは素直に感心した。


 本能で女に甘いのだ。


「何を訳の分からん事を。

 よし、ルジア覚悟いたせ。とどめだっ!」


 性懲りも無くもう一度剣を振り下ろそうとするアショーカを、ヒジムが剣で迎え撃つ。


「もう、いいってば。

 後で後悔するからやめときなって」


「なぜ後悔するのだ?」


「そんな事はいいから、もう騎士団の訓練の邪魔しないでくれる?」


「むう。お前ルジアにちょっと甘いのではないか?

 こいつは剣は巧いのに肝心の何かが欠けているぞ。

 今、実戦に出たら一番に殺される。

 分かっているのだろう?」


「うーん、それは確かに……」


 ヒジムは困ったようにまだ腰を抜かしているルジアを見下ろした。


 やっぱりアショーカも気付いたか。


「お前にしては珍しくルジアにだけは甘いのだな。

 それほど気に入ったのか?」


「ああ……まあ……僕の身の回りの事はよくやってくれてるからね」


「甘いぞ。

 その情がルジアを戦地で死の淵に立たせるのだぞ」


 それはそうだが、ルジアが女と知れば多分自分より数倍甘くなるアショーカに言われたくない。


「よし。ちょうどいい。

 昼から城下を出て鉱山の警備を強化しに行くつもりなのだ。

 最近遠方の遊牧民が荒らしに来ると聞いている。

 ルジアも連れて行くぞ」


「ええっ!」

 ヒジムは驚いた。


「ルジアはまだ入って日が浅いんだよ。

 どうせ連れて行くなら、もっと危険のない所からにしようよ」


「そんな事を言ってたらいつまでたっても半人前だぞ。

 まずは経験だろう」


「いきなり死んだらどうするんだよ」

 カシミールの王女様だぞ! と心の中で叫ぶ。


「ならばそこまでの運命だったのだ。諦めろ」


 シュードラの騎士団の中では普通に飛び交う言葉だが、ルジアには酷だ。


 しかし尚も反対しようとするヒジムを遮るようにルジアが姿勢を正し応じる。


「私なら大丈夫でございます。

 是非ともお連れ下さい」


 王子の視察に付き従える事は本来騎士団の中では栄誉な事だ。


「ルジア……知らないよ」


 結局、心配性のヒジムも随行して、交代の騎士団と合わせて百人ばかりの騎兵で向かう事になった。


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