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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
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15 シビとペンテシレイア②

「こちらが茶葉で、このポットの湯を注ぎしばし蒸らしますと葉が沈みますので、それが飲み頃でございます」

 

 タキシラの南の塔では、古参の女官二人によって茶の入れ方講座が開かれていた。


「まだ出来ないの? ぺンテシレイア。

 喉が渇いたのよ。早く入れてちょうだい」

 シビはミトラの白の巫女服に身を包み、ソファにふんぞり返って腕を組む。


「お前も巫女姫様が戻られたら影武者の時以外は女官の役をするのだろう。

 少しは練習したらどうだ!」


 ぺンテシレイアは先日の改心から、時間を決めて女官の服を着るようになっていた。

 筋肉は発達しているものの、一般的な女人の背丈のぺンテシレイアは、思ったよりも似合っている。

 目付きが鋭すぎる感じはするが、女官の道を究めるオールドミスにはありがちなタイプなので違和感はない。


「お前とは何よ!

 私はミトラ様の役なのよ。

 言葉使いに気をつけなさいよ!」


「では巫女姫様。

 あなたの言葉使いも乱暴過ぎるのでは?

 それにソファに座る姿にも気品を感じませんね」


「あら、高貴な身分の方なんてこんなものよ。

 私の村を治めていた領主様のお嬢様なんて、それはもう傲岸で意地悪な方だったわ」


「田舎貴族と巫女姫様を一緒にするな!」


「一緒よ。

 むしろ高貴な方ほど、陰では無慈悲で残酷と聞いたわ。

 あなたみたいな言葉使いの下女なんて爪を剥いで鞭打ちよ」


「お前もな!」


 古参の女官達は、顔を合わせば喧嘩ばかりの二人にほとほと困っていた。


 ぺンテシレイアは手先も器用で、女官の仕事も一度ですべて身に付ける事が出来たが、なにせ男のような言葉使いが治らない。


 シビに至っては田舎で間違った貴族感を植え付けられたせいで、傲慢な態度をとれば姫のフリが出来ていると勘違いしている。


 前太守様の頃は、しょっちゅう夜会だ、花見だと理由をつけては大宴会を開いていたので、貴族の姫が来城する事も多かったが、アショーカ王子になってからは、すっかり男所帯になって貴族の姫を見る機会もない。

 おまけに後宮も今、解体工事が行われている。

 宮殿にいる女は女官と下女ぐらいなのだ。


「あ、ちょっとぺンテシレイア殿!

 何をしているのですか!」

 女官の一人が叫んだ。


 ぺンテシレイアは堂々と女官服を部屋の真ん中で脱ごうとしている。


「茶の入れ方はもう分かった。

 次は剣術の稽古だ」

 動きにくい女官服を脱ぎたくてしょうがないのだ。


「き、今日は湯浴みの練習もするように申し付かっております」


「な! 湯浴みだと?

 そんな事までこの私にさせるつもりか!」

 時折こぼれる言葉の端々に支配階層らしき言動が漏れ出る。


「女性部隊を作った最大の目的が、湯浴み場のような女人しか立ち入れない所での警護だと聞いています。

 湯浴み場で女官らしく振舞う事は最重要課題です」


「ちっ!」


 ぺンテシレイアは舌打ちをした。

 見た目はそうでもないが、言動が完全に男だ。



 四人はあれこれ揉めながらも、ようやく階下の湯浴み場へ向かった。


「げっ! なんだこれ?」


 幾重にも垂れ下がる紗織りの布をくぐり、ぺンテシレイアが辟易している。


 逆にシビは泳げそうな湯船と、広々とした洗い台の石彫りの見事さと、とろけるような香の匂いにうっとりしていた。


 ここは男所帯の今ではミトラ専用の湯殿になっていた。


 侍女や女官は、女官棟の地下にある風呂場を使っているのでミトラのいない今は、しばらく使われていなかったのだが、久しぶりの仕事とあって、磨き粉と香り玉を持った女官が意気揚々と数人待ち構えていた。


「シリアへ行けば、シリアの女官がその国の流儀に従いミトラ様のお体を磨く事になります。

 その中に刺客がいないとも限りません。

 お二人は側に控えお守りするのです」

 古参の女官が仕事内容を説明する。


「まじかよ……」


 ぺンテシレイアがため息をつく横で、今度はシビが衣装を脱ぎ始めた。


「シビ殿、何をしているのです!」

 古参の女官が驚いて脱ぐ手を止める。


「あら、私は巫女姫様の影武者として湯に浸かる事もあるかもしれないわ。

 ちょうど磨き粉を持った下女も揃っている事だし、練習しておく方がいいじゃない」


「で、でも……今日は……やめた方がよいかと……」

 古参の女官二人は困ったように顔を見合わせる。


「固い事言わないで頂戴!

 私は今日がいいの。

 実際にやってみるってのは大事よ。

 ほら、ぺンテシレイア。

 脱ぐのを手伝って頂戴」


「ふん、女官の仕事もそれほど熱心に練習すればいいのにな」

 悪態だけついて、手伝う気はまるで無かった。


 剣士らしく、立ち位置と死角、武器になりそうな物を物色して回る。


「もう、誰か手伝って!」

 いらいらと命じるシビに仕方なく女官二人が作法通り、衣装を脱がせ、洗い場で羽織る薄紗の前開きの下着を肩から掛けてあげた。


「ああ、素敵。

 これを着てあの台に寝そべればいいのね」

 シビは薄紗の布から肌が丸見えなのも気にせず、蓮の彫刻が咲き誇る洗い台に大の字に寝そべった。


「さあ、洗ってちょうだい」


 ここまで図々しいと逆らう気も失せる。


 女官二人が頷くと、磨き粉を持った下女達が四方に散って、シビの体を撫ぜるように洗い始めた。


「ああー、気持ちいい。

 貴族の娘っていつもこんないい思いをしてるのね」


「バカが。

 こんな立派な湯殿に入れるのは貴族の中でも最上級だ。

 王妃並だぞ」


 ぺンテシレイアの言う事は正しい。


 ここはそもそもタキシラに滞在する王族の姫達専用の湯殿だ。

 それだけでもミトラが別格の扱いを受けているのが分かる。


「あなたも入りたいんじゃない?

 ぺンテシレイア。

 こんな体験滅多に出来ないわよ」


「ふん、冗談じゃない。

 大勢に体を撫ぜくり回されるなんてまっぴらごめんだ」


「あんたってホント庶民よねえ」


「はあ?」


 また言い合いになりそうになった所で、ふいにぺンテシレイアが真顔になった。


「な、なによ。本当の事じゃない」


「しっ! 黙ってろ!」


 まだ文句を言いたそうなシビを黙らせ、ぺンテシレイアはすっと屈んで、女官服の裾に手を滑らせると、腿に隠していた短剣をすっと抜き取った。


 ……と同時に黒い影がシビに襲いかかった。



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