13 ユリとパトナ
「スシーマ様! どういう事ですの!」
スシーマの部屋ではユリとパトナがミトラの事を問い詰めていた。
「シェイハンの女とは破談になったとおっしゃってたのではないのですか!」
スシーマは迷惑そうに息をはいた。
もうばれてしまった。
湯浴み場は麒麟といえども手出し出来ない。
思わぬ弱点にスシーマは警備の見直しを考えていた。
「そなたらには関係の無い事だ」
「兄上! これを見過ごす事など出来ません!
兄上はシェイハンの呪いに罹ってしまったのです。
あの魔女め!」
パトナは正義感に溢れる目で責め立てる。
「何を言っておるのだ。ミトラは何もしていない」
魔力で自分を虜にしようなどと思ってくれるなら喜んで呪いに罹ってやる。
「いいえ! これは捨て置けません。
母上に伝え、呪を解く方法を考えます」
パトナの言葉に、スシーマは初めて青ざめる。
「バカ者! 母上になど言ったら許さぬぞ!」
滅茶苦茶面倒な事になる。
気に入れば父王に頼んで無理矢理妃にさせるだろうし、気に入らなければ下手をすれば暗殺者を差し向けて亡き者にされるだろう。
母は賢母であり、権力の使い方をよく知っている。
王の妃として国を乱さぬためなら、どんな残酷な事も眉一つ動かさずやってのけるような、国を守る大義に篤い女だ。
「いいえ。母上のお力であの魔女を追い払ってやります。
それが兄上のためです」
パトナはほんの数年前までスシーマが纏っていたのと同じ、生真面目で融通の効かない目で言い捨てる。あの厳粛で実直な母上に育てられたら、こういう男になる他ない。
スシーマがこの数年、その枠からはみ出すようになったのは、柔軟な考えのナーガの存在と、この王子自身が母の手綱に納まりきらない器の大きさを持っていた事に他ならない。
ようやく掴んだ兄の弱みに強気に出るパトナを、スシーマはすぐに冷静になって牽制する。
「お前が母上を言いくるめると言うなら、私がその前に母上を味方につけるぞ。
権力を使うなら、ミトラを妃に迎えるのはもっと容易になる。
来月にはミトラは私の妃になっているはずだ」
「そんな!」
ユリが悲壮に顔を歪める。
「そんな事させません!」
パトナが叫ぶ。
「お前が私よりも母上を説得出来ると思っているのか?」
余裕で微笑むスシーマにパトナは少しも勝てる気がしなかった。
「お前が母上に余計な事を言えば、ミトラとの結婚を早める事になるのだと覚えておけ」
「く……」
パトナは悔しそうに唇を噛む。
六才年上の賢い兄に勝ち目などなかった。
「スシーマ様は……本当に……あのシェイハンの姫を愛しているのですか?」
むしろ激しい情熱を真っ直ぐにぶつけるユリの方が厄介だった。
ミトラという存在を通じて、スシーマは女という生き物に対して、幾分の理解と優しさを持つようになっていた。
通じぬ想いの切なさも知っている。
前ほど、邪険にする事に心痛まぬ訳ではない。
しかし受け入れる事は出来ない。
「すまぬな、ユリ。
そなたは私にとっては、どこまでいっても妹でしかないのだ。
他の大勢の姫達より大事には思っている。
しかしミトラは特別なのだ。
もしそれが呪に罹っていると言うなら、そなたの私への思慕も呪に罹ったようではないか。
こんな遠き地までパトナを連れて追いかけて来るなど正気の沙汰ではないぞ。
家柄正しき姫のする事ではない。
私の呪を解けると思うなら、まずはそなたの呪を解いてパータリプトラへ帰るがいい」
もっともな事を言われ反論すら出来ない。
「では私が呪を解いたら、スシーマ様もシェイハンの女を忘れてくれますか?」
「ああ。本当に呪が解けたらな」
もちろん本気ではない。
もし、本当にユリが自分への執着を捨てたなら、スシーマが誰を想おうがどうでも良くなってるはずだ。それを見越して応じている。
「うそつき……」
ユリは責めるような切ない双眸に涙を浮かべ、静かに部屋を出て行った。
パトナは非難たっぷりに、ずっと尊敬してきた兄を見てから、ユリを追いかけていった。
部屋に取り残されたスシーマは傍らのナーガを見やった。
「ひどい悪人になった気分だ」
ナーガはくすりと微笑む。
「美女を泣かせる男はみんな悪人ですよ。
モテる男の宿命ですか。
私などは、そんな悪人の汚名をかぶってみたいものですがね」
「ふん、肝心の姫の心を掴めず、何がモテる男だ。
割りに合わぬわ」
「あれで大人しくパータリプトラへ帰ってくれるといいのですが、本当にラージマール様に告げ口などされたら厄介ですね」
「うむ。ああは言ったが、母上を説得するにはまずミトラが私を愛する事が大前提だ。
夫に従順でない女など、あの母が認めるとは思えん。
まずいな」
「そうですよ。
さっさと王子の魅力でミトラ様を落として下さい」
「簡単に言うな!」
スシーマはしばし途方に暮れた。




