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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
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12 シビとペンテシレイア

 タキシラの南の塔の最上階では不機嫌な女二人がずっと睨みあっていた。


「お茶を入れて頂戴、ぺンテシレイア」

 シビが煌びやかな赤いサリーを着て命じる。


「私は剣士だ。侍女ではない」

 白の動きやすそうな上下に背中に剣を背負った女は、腕を組んだまま戸口を背に立っていた。


「剣士兼女官だと聞いたわ。

 私は今シェイハンの姫の身代わりを演じているのよ。

 姫様が自らお茶を入れたりしないでしょ?」


「ここには私しかいない。

 演じる必要などない。

 己の身分に従って自分で入れろ」

 ふんっとそっぽを向く。


「誰もいない所でも姫らしく振舞ってないとボロが出ちゃうでしょ?」


「ボロなら出まくりだな。

 そもそも深窓の姫が部屋の中で、そんなにじゃらじゃら宝飾を着けぬだろう。

 化粧も下品だな」


「な、なんですってえ!」

 シビは怒りに目をむく。


「ほら、ちゃんと演じろよ。

 高貴な姫君は目をむいて怒ったりしないぞ」

 ぺンテシレイアは愉快そうにからかった。


「許さないわよぺンテシレイア!

 アショーカ様に言いつけてやるんだから!」


 シビが叫んだ所で、そのアショーカとヒジムが部屋に入ってきた。


「おい、何の騒ぎだ。廊下まで聞こえてたぞ」

 アショーカはやれやれと息をつく。


 ぺンテシレイアは剣士らしくすっと片膝をついて控える。


 しかしシビは、たたっとアショーカに駆け寄り、その左腕に絡みついた。


「アショーカ様! この侍女を代えて下さい。

 お茶一つ入れないばかりか、私に失礼な事ばかり言うのです」


 抱きつかんばかりにアショーカにしがみつくシビに、ヒジムは心の中で舌打ちをする。


「シビ、まずはアショーカ様に拝礼せぬか。

 王子に失礼だぞ」

 手厳しく注意する。


「だって、私が身代わりをする姫様はアショーカ様に拝礼なんてしましたの?」


「それは……」


 しなかった。


 ミトラは出会いが敵意むき出しだったせいもあるが、最初から呼び捨ての対等だった。


 ミトラの持つ巫女姫の不思議な威厳のようなものが、それを不自然に思わせなかった。

 しかし目の前の少女には違和感が付き纏う。


「ちゃんと普段から同じように振舞ってなければ、すぐにばれてしまいますわ」


 シビの言う事はもっともだが、なんか嫌だ。


「だったらまず衣装を白の巫女服に替えなよ。

 ミトラはそんな派手なサリーを着なかった。

 宝飾も化粧もだ」


「だって地味なんですもの。

 せっかく色とりどりのサリーや宝飾があるのに白ばっかりで飽き飽きしましたわ」

 シビはヒジムを無視してアショーカに猫なで声で甘える。


「お、俺は服や宝飾の事は分からぬ。

 ヒジムに任せてるのだから、言う通りにせよ」

 アショーカは困ったように腕を振りほどいた。


 ヒジムはその様子にため息をつく。


 アショーカの一番苦手なタイプの女だ。

 男だったら怒鳴り散らして一喝する事でも、女となると何も言えなくなる。


 アショーカの怒鳴り声に晒されたら、女はみんな泣き出してしまうからだ。

 アショーカに怒鳴られて言い返すのはミトラぐらいのものだ。

 つくづくミトラが破格だったと思い知る。



「アショーカ様、お聞きしたい事がございます」


 シビをとりあえず黙らせると、今度はそばで控えるぺンテシレイアが片膝をついたまま申し出た。


「なんだ? 言ってみろ」


「私がお仕えするミトラ様という方は、本当にこのシビに似ているのでございますか?」

 不服がある顔でアショーカを見上げた。


「似ているというか……、いや、全然似てないな。

 遠目の体型と目の色ぐらいだ。

 ……いや、目の色も深みが全然違うがな。

 それがどうした?」


「私めは命を賭けても悔いのない方ならば、どのような危険にも立ち向かう所存なれど、シビのような女であるならその甲斐もなく、この役割は向いてないかと……」


「まあ! こっちだってお断りよ!

 あんたみたいな無礼な男女!」

 間髪入れずシビが言い返す。


「こら、アショーカ様の前でいい加減にしなよ!

 二人共、職務をなんだと思ってるのさ。

 そんなだから女に仕事は出来ないってバカにされるんだよ!」

 珍しくヒジムが切れた。


 その言葉が突き刺さったのはぺンテシレイアの方だった。

 悔しそうに唇を噛む。


 アショーカはそのぺンテシレイアを見下ろした。


「ぺンテシレイア、剣士としてのお前の気持ちは分からなくもない。

 しかしミトラがお前の命を賭すに相応しいかどうか、それは今ここで言ってみても仕方のない事だ。

 ミトラはここにいないのだからな。

 しかし、もしそなたの心に叶う主だったとしたら、今のそなたに任務を全う出来るのか?

 剣の腕は確かかもしれぬ。

 ヒジムとも対等に打ち合える腕だとは聞いている。

 しかしミトラを狙う刺客は有象無象の手練ればかりだ。

 男では補えぬ部分を受け持ってもらうためそなたを雇った。

 時には女官の恰好をして、湯浴みの場にも不自然なく付き従ってもらわねばならない。

 女官服を着る事を拒否したそうだが、いざ敵の目を誤魔化す段になって、動きにくい女官服で剣を振るえるのか?

 その時になって、やった事がなかったから出来ませんでしたなどと、男世界では通用せぬぞ。

 それとも男と同等の能力を期待する俺が間違っているのか? 申せ」


 ぺンテシレイアはうなだれる。


「申し訳ございません。

 私が浅はかでございました。

 今より心を入れ替え、どのような状況にも対処出来るよう精進致します」


 シビは反省するぺンテシレイアを勝ち誇ったように見下ろした。

 ヒジムは間髪入れずそのシビに注意する。


「シビ、お前もだよ。

 ミトラの影武者なんだからちゃんと白の巫女服を着て、宝飾を外しなよ。

 食事も肉ばっかり食べるなよ。

 ミトラは肉なんかほとんど食べなかった。

 それに日中は読書と祈りで過ごしていたんだ」


「えええ! 私は字など読めません」


「じゃあ勉強して。それが出来なきゃ解雇だよ」

 容赦なく言い捨てる。



 女性部隊が使いものになるのはまだまだ先だなとヒジムは大きなため息をついた。


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