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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
124/222

10 パトナとユリ

 ウッジャインの宮殿の一室では泣き崩れるユリに戸惑うパトナがいた。


「ユリ殿、兄上は変わってしまわれた。

 タキシラに十万の兵を挙げて向かった時からおかしいと思っていたのです。

 幼い頃から可愛がってきたあなたにまで、暴言を吐かれるとは……どうか気を確かに。

 悪いのは兄上です」


 ユリは涙を拭いてきっと顔を上げる。


「何か魔術にかけられているのですわ。

 シェイハンの女と何かあったのです。

 あの女は魔術を使うと噂されてましたわ」


「その噂なら聞いた事がありますよ。

 みどりじゅと呼ばれていた」


 先王チャンドラグプタの時代にいろいろ囁かれていたと聞いた事がある。

 だが詳しい内容までは知らない。


「私が命に代えてもスシーマ様を呪いから解いてみせます!」

 ユリは言い放ち、立ち上がった。


「ユリ殿、いけません。

 か弱いユリ殿が命をかけるなど……。

 兄上のことは、どうか私にお任せ下さい」


「いいえ。スシーマ様の大事。私がお助けしなければ。

 まずは随行してきた、あの怪しいヴェールの女の素性を確かめましょう」


「そうですね。目元までヴェールで隠すなんて高貴な身分にしてもおかしい」


「何か事情を知ってるはずですわ。

 もしかしたら魔を扱う女かもしれない」


 二人は決意したように、ユリの居室の隣りに入った女を問い詰めるため、部屋を出た。


 しかし、隣りの扉前に立つ衛兵の姿に気付いて、パトナは驚いた。


「な! なぜお前がここに?」


 ミトラの部屋の前には麒麟きりんが衛兵姿で立っていた。


 ユリは小首を傾げるが、パトナにはよく知った人物だった。

 兄のスシーマの隠密、五麟の筆頭として最も信頼を置く男だ。

 幼い頃のパトナが危険な場所に行く時は、スシーマがいつも心配してつけてくれた全幅の信頼を寄せる従者だ。


「こちらの賓客を警護するよう言い付かっております」

 麒麟は弟王子に頭を下げた。


「一番の精鋭のお前を?」


 麒麟は黙って拝礼する。


「一体あの女は何者なのだ。

 お前を衛兵にして付けるなど余程の賓客だぞ」


 本当に遊び女ではないのか。


「……」


 何も答えようとしない麒麟を押しのけてパトナは部屋に入ろうとした。

 その腕を静かに掴まれる。

 丁寧ではあるが、身動きを封じるほどの強い力だ。


「放せ、麒麟。あの女に話がある」


「ご容赦を。誰も部屋に通すなと言われております」

 静かだが有無を言わせぬ言い方だ。


「麒麟、私は兄上を心配しているのだ。

 お前も最近の兄上は変だと思うだろう。

 兄上を救うためだ。私を通してくれ」


「出来ません。

 スシーマ様は変わらず聡明で優れたお方でございます」

 麒麟に迷いは無かった。


 パトナは、この扉を入る事は不可能と知る。


「ではお前が教えてくれ。

 この部屋の女は何者だ?

 魔女ではないのか?」


「お答え出来ません」


「麒麟教えてくれ。私は兄上が心配なのだ」


 懇願されて麒麟の目に一瞬迷いが生じるが、それもすぐに消えて静かに拝礼する。



 ようやく諦めて部屋に戻っていったとスシーマの元に報告が来たのは、直後の事だ。

 隠密のままミトラの警護にあたる五麟の一人、炎駒えんくが、何かあればすぐに報告するようになっている。


「困ったやつらだ。面倒が増えたな」

 ため息を漏らすスシーマに、目の前の男がふふっと笑った。


「ミトラ様をお連れと聞いて驚きましたよ」


「お前は先にタキシラを出たからな」


 ラーダグプタは頷いた。


「されど今、このウッジャインは不穏な空気が漂っております。

 充分に気をつけて下さい。

 翠の封印はよこしまな男達は退けますが、命を狙う刺客には何の効果もございません。

 現に短命な聖大師様も多くおられました」


 注意を促すラーダグプタにスシーマは探るような目をする。


「そなた、他に何を知っている?

 三年もの月日を共に過ごして来たのだ。

 まして前聖大師と恋仲でもあった身。

 呪の秘密を知っているのではないのか?」


 もう何度も問いかけた言葉だった。


 ラーダグプタは静かに微笑む。


「前聖大師様は何も語ってくれませんでした。

 知っているのはマギ大官のみです。

 私も多くの疑問を抱えたままなのです」


 少し翳る瞳は半分本当で半分嘘なのだろうとスシーマには分かった。


 何か隠している事がある。

 しかしまた、解けぬ疑問も抱えたままなのだ。


「まあいい。近く、そのマギ大官に会う予定だからな。

 ところで例の件はどこまで進んでいる?」

 スシーマは本題に入った。


「パータリプトラに上がった嘆願書の通り、大きな組織が動いてますね。

 しばし泳がせて黒幕を突き止める直前だったのですが、昨日、一昨日と連続で何者かに切り捨てられ、残念ながら証拠を揃えるに至っておりません」


 ラーダグプタは先に来て進めていた仕事の進捗を報告する。


「何者かに切り捨てられただと?

 1人にか?」


「僅かな目撃者の話だと遊牧民風の若い男だとか。

 客として入ったようなので、単に薬を盛られそうになって仕返ししただけかもしれませんが」


「遊牧民……」

 聡いスシーマの脳裏には、すぐにウソンの顔が思い浮かんだ。


(まさかあの男……追って来たか……)


 やはりこの地は危険すぎる。


「とにかくさっさと公務を済ませてパータリプトラへ帰るぞ。

 囮を出して一気にひっ捕まえる。索冥さくめいを使おう」



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