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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第四章 ウッジャイン 覚醒編
122/222

8 女性部隊 シビ

「会わせたい者とはなんだっ!」


 タキシラの宮殿では、アショーカがヒジムに背中を押されて廊下を闊歩していた。


「いいからいいから。ちょっと来てよ」

 ヒジムはアショーカを南の塔の最上階へと誘う。


「なんだ! ミトラの部屋に行ってどうする」

「まあいいからさ、入ってよ」


「なんなのだ!」

 怪しみながらミトラの部屋に入ったアショーカはしばし瞠目した。



「ミトラ……?」


 部屋には、窓際に頼りなげに立つ、小さなヴェール姿の女がいた。


「なぜ? いや、どうやって……?」


 次々浮かぶ疑問よりも先に足が前に進んでいた。

 遠慮もなく近付き、その腕を掴む。


「きゃっ!」

 小さな悲鳴が上がる。


 その声を聞いて掴んだ手が緩まる。

 肩を落として手を離した。


「ヒジムっっ! 何のマネだあああっ!」

 喜んだ分失望が大きい。


「もうばれちゃった?

 やっぱアショーカには通用しないか」


「当たり前だ!

 ミトラはこんな可愛い悲鳴など上げぬ!

 俺が腕を掴んだら放せと騒ぎ立てるに決まっているだろう」


「なんか悲しいバレ方だね」

 ヒジムが笑う。


 いや、だが待てよとアショーカは思い返す。

 一度だけ可愛い悲鳴を上げた事があったような気がする。


 あれはいつだったか?


「それで誰だ? この偽者は?」


「シビ、ヴェールを取ってアショーカ様にご挨拶せよ」

 ヒジムが命じるとシビは震える手でヴェールを脱ぎ、ひざまずいた。


「シ、シビと申します。

 南の農家の娘です。

 女性部隊の募集を見て参りました」


「女性部隊? 剣が使えるのか?」

 アショーカは見るからに、か弱そうな小さな女を見下ろす。


「い、いえ。私は……」


「どういう事だ? ヒジム?」

 アショーカが怪訝にヒジムを見た。


「まあ、剣はこれから教えるとしてさ、容姿だよ。

 体形と緑の目がミトラに似てると思わない?」


 言われて、アショーカはシビを上から下まで眺め回した。


「全然似てないぞ」

 首を傾げる。


「もう、分かってるよ。

 ミトラと同じ容姿の女なんている訳ないんだから。

 でも金髪のかつらを被せて、ヴェールを掛ければ遠目では分からないでしょ?」


「うーむむ、確かに貧相な胸のあたりはそっくりだがな……」

 シビは真っ赤になって胸を隠す。


「シリアに行くなら影武者の一人ぐらいはいてもいいかなって思ってね」


「うむ、なるほど。それはいいな」


 アショーカは片膝をついてシビに視線の位置を合わすと、その小さな手を取った。


 シビはドキリとして顔を上げる。


「しかし、この細腕で剣を扱えるかだが。

 影武者となれば危険も多い。

 大丈夫なのか?」


 心配するように尋ねる目の前の王子に、シビの鼓動が早くなる。


「は、は、はいいいっ! 頑張ります!」


「まあ、俺がそばにいる時は全力で守ってやる。

 護衛も精鋭揃いだ。

 安心するがいい」


 見た事のない色を醸す灰緑の瞳に優しく微笑まれて、シビはぼっと体が熱くなった。


(こんな近くに王子様が……)

 考えただけで、卒倒してしまいそうだった。


(しかもパレードでは遠目にしか見えなかったけど、なんと精悍でお美しい……)



 性格の激しさばかりが目立って、あまり外見を評価される事のないアショーカだったが、つり気味の目はどこか甘くて、ヒンドゥと毛色の違う西欧風の顔の造りは、充分に女心をそそる容姿であった。

 とろけそうな目で王子を見つめるシビを見て、ヒジムは普通の女はこういう反応だろうなと納得した。


 アショーカがこの手の女を側に置きたがらないせいで目にする事が少ないだけだ。


「せっかくミトラもいなくて部屋も空いてる事だしさ、早速影武者の練習ついでに、この部屋で生活させてみようと思うんだけど、どう思う? アショーカ」


 ヒジムの提案にアショーカは頷いた。


「そうだな。

 ミトラの失踪は一部の者にしか知られていない。

 ミトラを狙う刺客を捕えるのに都合がいいかもしれぬな」


「し、刺客?」

 側で聞いていたシビが怯えた声を上げた。


「言ったでしょ?

 君が身代わりをする姫は、いろんなやからに狙われてるって」

 ヒジムが事も無げに告げる。


「そ、そんなにしょっちゅう狙われているのですか?」

 滅多に無い事かと思っていた。


「ほぼ毎日だと思った方がいいね」


「ま、毎日!」シビは蒼白になる。


「ヒジム、そう脅かすな。

 怯えておるぞ」


「ちゃんと言っとかなきゃ警戒しないでしょ?

 受け身ぐらいは出来るようになってもらわなきゃ困るし」

 ヒジムは容赦ない。


「怖がって震えているではないか。

 こんなか細い女なのだ。無理もない」


 ヒジムはアショーカの悪い癖が出たと、ため息をついた。


 女に甘すぎる。


 ヒジムの経験では、この手の女を甘やかすと、ろくな事がない。


「この娘と一緒に、強そうな女剣士も入ってきたんだ。

 ミトラが戻ってきたらすぐ使えるように護衛につけてみるよ。

 あと目ぼしい隠密も順番につけてみる」


「そうだな。しっかり守ってやれ」


 シビはいつの間にか刺客に襲われる恐怖よりも、王子に心配される自分に酔っていた。


(まるで本当のお姫様になったみたい)


 うっとり夢見心地のシビに、ヒジムはちっと舌打ちをした。


「シビ、護衛は充分つけるけど、いざという時は自分の身ぐらい自分で守れるようになってもらうからね! 分かってる?」


「は、はい。頑張ります」

 ようやく我に返ったシビにヒジムは本当に大丈夫かと危ぶんだ。




 太守室に戻る途中、妙に上機嫌になっているアショーカを見やって、ヒジムは眉をしかめた。


「なに? シビを気に入ったの?」

 まさかとは思うが、ミトラにほんの少しばかり似ているシビに良からぬ感情を抱いているのではないだろうなと怪しむ。


「は? 何をくだらぬ事を……」


「だってシビを見てから機嫌がいいじゃん」

「別にシビに機嫌良くなったのではない」

「じゃあ何なのさ?」


「ちょっと思い出しただけだ」

「思い出す? 何を?」

「おしゃべりのお前には言わん」

「何だよ、感じ悪いなあ」


 シビの発した小さな悲鳴に既視感を持ったアショーカは、タキシラへの反乱討伐に向かう初日の夜を思い出していた。


 こっそり軍に紛れたミトラが、あっさり見つかり自分の天幕に連れて来られた夜。


 自分を愛しているなどとバレバレの嘘をつくミトラに苛立って、少しばかり意地悪をしてやるつもりで服を脱げと言った。


 震えながら目に涙を溜めるミトラが憎らしくて、唇ぐらいは奪ってやるつもりだった。


 しかし、急に立ち上がったアショーカに余程驚いたのか「きゃっ」と可愛らしい悲鳴を上げて、自分の声に戸惑うミトラがおかしくて、ひたいに子供だましのようなキスを落とす事しか出来なかった。

 

 本人は気付いてないだろうが、あの時ミトラは悲鳴と同時に、驚きの余り小さな体を面白いほど飛び跳ねさせたのだ。


 その仕草の可愛さをふと思い出すと、止まらなくなった。

 次から次へ、時々腹立たしくて愛らしいミトラが脳裏に浮かぶ。


 思わずふっと笑いが漏れたアショーカに、ヒジムが怪訝な顔をする。


「なに? 思い出し笑い?

 気持ち悪いね」


「うるさい!」


 しかし久しぶりに心が晴れた気がする。


「よっし!

 さっさと政務を済ませてミトラを迎えに行くか!」


 やはりそこに向かうしか道はない。

 確信した。


「なに今更当たり前の事言ってんのさ。

 これ以上不機嫌なアショーカの子守りをすんのはみんな嫌なんだからね」


「ははっ。そうだな」



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