6 女性部隊募集
「うっわ、これだけなの?」
タキシラの宮殿では女性部隊募集に集まった女達を見てヒジムが悲壮な声を上げた。
たった五人。
それもおそらく四人の目的は別にある。
剣士募集のはずなのに四人の女達は煌びやかなサリーを纏い、ギラギラに化粧をしている。
もちろん剣も持っていない。
「剣は? 持った事あるの?」
一番端の、色墨で目を三倍ぐらい大きく見せている女に尋ねる。
「まあ、とんでもない。
私は落ちぶれたとはいえバラモンの家柄ですのよ。
剣なんて、はしたない物、触った事もございませんわ」
「あんたは?」
その隣りのあちこち無駄に出張った女に尋ねる。
「もちろんありませんわ。
それよりアショーカ王子様はいつお見えになりますの?」
「アショーカはここには来ないよ。
剣士選びは僕に一任されてるから」
「まああ! なんて事ですの?
王子様に会えると思ってはるばる来ましたのに!」
むっとするほどの香を撒き散らしながら、その隣りの女が叫ぶ。
やれやれとヒジムはため息をつく。
「アショーカ様の直属の部隊だと聞きましたわよ!
王子様に選んで頂きたいわ!」
甲高い声で抗議するその隣りの女に目を止め、ヒジムは「おや」と考え込んだ。
「ぷぷ、あなたったら王子様にお目どおり頂いて選ばれると思ってるの?」
三人の女たちが小ばかにしたようにクスクス笑う。
「な、なによ!
私はあなた達のような化粧おばけよりずっと美人だわ!」
「まっ! 化粧おばけですって? 失礼ね!
チビのガリガリ女のくせに!
あなた本当に女なの?
胸が見当たらないわよ」
「な、なんですって!」
憤る女を嘲るように三人の豊満な女達が笑い転げる。
しかしヒジムは使えるかもしれないと思っていた。
「おい、くだらぬ茶番はいい。
私は剣士募集と聞いて来たのだが、王子の遊び女選びなら用は無い。
帰るぞ」
たった一人、動きやすい麻の上下に剣を持った女が腹立たしげに口を開いた。
銀髪も短くしてヴェールもつけてはいない。
線の綺麗な顔立ちをしているが、眉間のシワと鋭く細めた目が女らしさを消して、男にも充分見えた。
一見どちらか分からない。
声もわざと低く抑えているようだ。
ただヒジムには直感で分かる。
(女だな)
「まあ、待ちなよ。もう決めたからさ」
ヒジムはチビとバカにされていた少女を見た。
「ふーん、ちょっと薄いけど緑の目なんだね」
満足気にうなずく。
「そうよ! ヒンドゥでは珍しい緑の目なのよ。
村でも一番の美人って言われてるんだから」
まあ、悪くないか……とヒジムは頷く。
「うん、気に入った。
君とそっちの剣を持った子二人を合格にするよ」
それを聞いて他の女達が悪態をついた。
「まああ! なぜその胸無しと男女ですの?
納得いかなくてよ!」
「そうよ! 私の方がずっと魅力的なのに!」
「アショーカ様を呼んで来て下さいな!」
非難ごうごうの女達を部屋の外に追いやる。
「はいはい。遊び女選びじゃないからね。
遊び女が必要なら、こんな面倒な事しなくても最上級の女がいくらでも手に入るんだから」
それだけ言ってもまだ食い下がろうとする女達を衛兵に言って追い出した。
そして、ようやく静かになった部屋で、ヒジムは二人の女に向き合った。
「じゃあ名前から聞こうか。君は?」
まずチビの少女に尋ねる。
「シビよ。
南のスライマン山脈の麓の村から来たの。
アショーカ様の太守就任式典を見るためにタキシラに来ていたのよ」
「服装から見て平民階級の農家の娘か?」
「そ、そうよ。悪い?」
シビは精一杯めかし込んだはずが、簡単にばれてしまった事に顔を赤らめる。
「ヴェールを外してくれる?」
ヒジムの要請にシビは素直に従う。
緑の目元から美人だろうとは想像出来たが、ヴェールを外すと、色白で小造りの顔立ちは確かに村一番と言われるだけはあった。
磨けばなかなか使い物になりそうだ。
「うんいいね。胸の無い所も気に入ったよ」
「ど、どういう意味よ!」
シビはぷりぷりと頬を膨らます。
「おい、さっきから外見ばかり気にしているようだが、剣士ではないのか」
もう一人の女が不機嫌に口を挟んだ。
「いや、君はもちろん剣の腕を期待してるんだけど、名前は?」
「ぺンテシレイアだ」
「ぺンテシレイア……。
西欧の神話で聞いたような名だな」
ヒジムは考え込む。
勉学はあまり好きではないが神話の類だけは好みでよく読んでいた。
「男嫌いのアマゾネスの女王だ」
言われてみて、そうだったと思い出した。
「なに? 神話のアマゾネスの末裔って事?」
「ふん。遠い過去の神話だ。
私は知らん。
先祖は黒海周辺の騎馬民族だった。
今は戦に負け離散してしまったが、有能な女戦士の多い一族だった。
私はヒンドゥに流れてきたその末裔だ」
「へえ、確かに相当使えそうだね。
後で手合わせしてみよう」
これは掘り出し物が現れたとヒジムはほくそ笑んだ。
「それで? 男嫌いなの?」
「大嫌いだ。
特にヒンドゥの男の女の扱いには反吐が出る。
装飾品の一つとしか思ってないだろう。
腹立たしい」
怒りを込めて唸る。
「あっはは。いいね。僕も賛成。
君、運がいいね。
君みたいな女を生かせる男は、ヒンドゥ中探してもアショーカぐらいしかいないよ。
いい所に来たよ」




