3 不機嫌な側近サヒンダ
騎士団の元を離れたアショーカは、サヒンダの執務室にいた。
ああは言っても、何かしてないと落ち着かない性分なのだ。
それに顔を合わせばそれなりにやるべき仕事は五万とある。
「水に税をかけ、新たな井戸の建設に当てる事業の事ですが、水税管理官にブーダとラーガを任命致しました。それから水質管理官にナーダとギーガを、井戸発掘調査官にブーバを登用しております」
サヒンダが淡々と告げる。
肩までの灰色の髪に、カーキ色の瞳は切れ長で鋭く、側近の基準服にしている赤の衣装はサヒンダが着ると不思議に品良く、重厚にさえ思わせる。
司祭階級の名家出身のサヒンダの家は、代々多くの王宮司祭と王の側近を輩出している。
現に王宮近くの領地を治める父に代わって、長兄がビンドゥサーラ王の側近として仕えている。
「……」
サヒンダの報告にアショーカはしばし眉間を寄せた。
「……では井戸発掘調査官のブーダを呼べ」
「井戸調査官はブーバですね」
サヒンダは冷たく訂正する。
「ではそのブーバに掘り起こせそうな井戸をいくつか上げさせて水質管理のラーダを……」
「ラーダなどいませんね」
「ああ、ギーダだったか」
「残念ながらそんな者もいませんね」
「ではビーダでどうだ!」
「私は王子と当て物ごっこをしているヒマなどないのですがね」
サヒンダが迷惑そうにギロリと睨む。
アショーカはバツの悪い顔で頭を掻いた。
「そっちはお前に任せる。
とにかく一クローシャの範囲に一箇所は井戸を設けるようにせよ」
「税はいかほどの割合にしましょうか?」
「獲れた作物の割合に応ずるがよいな。
1弓の田畑につき10ラーガとして……」
「ラーガは水税管理官の名ですね」
「えーい、1ダーナにつき10マーシャカ……」
「言ってる意味がわかりませんね」
「くそー、1ナーガにつき……」
「ナーガはスシーマ王子の側近の蛇男ですね」
「…………」
しばし二人は険悪な表情で睨み合い、やがてヒンドゥにいる事を忘れそうな寒風が吹きぬける。
「いい加減にして下さい!
やる気がないならとっとと出て行ってくれますか?
ミトラ様がいなくなった途端にこの体たらく!
せめて私の邪魔はしないで下さい!!」
アショーカは蹴り出される勢いで部屋から追い出された。




