43 スシーマ王子の罠①
―― 今日一日、アッサカを貸して欲しいのだが ――
スシーマの頼みに、ミトラは目を見開いた。
「アッサカを? なにゆえ?」
「この者は五年の月日をシェイハンにいたと聞いた。
聖大師殿の事を調べるために、神殿にいた者の細かな情報は貴重だ。
特にアッサカのような兵士の視点から気付いた事もあろうかと、ゆっくり話を聞きたかったのだが、ついに時間を取れぬまま今日になってしまった。
ウッジャインまでの道中だけでも話を聞かせてもらいたいのだ。
ゆうべの刺客の事も詳しく聞きたいしな」
そういえばウッジャインには聖大師様の事を調べに行くと言っていたと、ミトラは今頃になって思い出した。
「さ、されど警備の手薄な今日、ミトラ様のお側を離れる訳には……」
アッサカは恐縮しながらも、慌てて反論する。
「そなたの代わりに角端を貸そう。
角端はそなたに遜色せぬほど腕が立つぞ」
夕べの五麟の一人かとアッサカは思い浮かべる。
五人の内、四人があの場にいたが、一目見ただけで、全員腕が立つのは分かった。
「さ、されど……」
それでも尚アッサカは食い下がる。
今現在、五麟の内の三人が隠密としてミトラについているはずだ。
更にもう一人自分の代わりについたとしたら、ミトラの警備はスシーマ王子の五麟に占められてしまう。
騎士団やタキシラの衛兵達がかなうはずもない四人だ。
「そなたがミトラの元に戻ってから、角端を返してくれればよい。
さほど無茶な話でもないだろう?
どうだ、ミトラ?」
スシーマ王子はアッサカに尋ねずに、ミトラに問いかけた。
「私は別によいが……」
ミトラは戸惑う。
「私の最精鋭の護衛をそなたに四人まで貸し出すのだ。
アッサカを今日一日だけでも貸してくれぬか?」
懇願され、ミトラは迷惑をかけている申し訳なさにうなずく。
「そこまで言われるのなら……。
でもアッサカは私にとって側にいるのが当然のような存在なのです。
どうか、用が済んだらすぐに返して下さい」
「もちろんだ」
アッサカは青ざめて控える。
従者である自分はミトラと王子の決定に逆らう事など出来ない。
「では決まりだな。
アッサカ、すぐに馬の用意をするがいい。
私はミトラの部屋を辞したら、すぐ出発する予定だ。
ナーガ、手伝ってやれ」
スシーマに命じられ、ナーガが後ろ髪を引かれるように戸惑うアッサカを、追い出すように引き連れ部屋から出て行った。
不安げに見送るミトラにスシーマは目を細め、書物の積まれた机を見やる。
「ところでそなた、良き茶を探しておられるとか……」
「え? ええ。
西方の姫君達が好みそうな珍しいお茶はないかと思っているのですが……。
私は田舎者ゆえよく分からないのです」
書物で読んでみても実際の味が分からない。
「パータリプトラの東方に年中雨の降るダージリンという土地があるが、そこの茶は良く育つ。
香りも良く大変飲みやすいお茶の産地なのだ」
「ダージリン?」
「実は私の好みゆえ、タキシラにも持ってきていたのだ。
ここに少しあるのだが、飲んでみるか?」
ミトラの瞳が輝く。
「良いのですか?
スシーマ殿の好みなら間違いなさそうだ。
是非に!」
「では、ソル。この茶を淹れてくれ」
スシーマに茶葉の包みを手渡され、ソルはおずおずと歩み寄った。
心なしか手が震えている。
「どうしたソル?
顔色が悪いようだが、具合が悪いのか?」
ミトラが心配そうに声をかける。
スシーマの目が鋭くソルを射抜く。
「い、いえ、麗しい皇太子様に緊張しているだけです。
お茶を淹れましょう」
ソルはそそくさと茶器の準備を始めた。
蒼白な顔で女官を呼び、湯の準備をさせる。
カチャカチャと茶器の触れ合う音が、いつもより響いている。
「大丈夫か? ソル?」
様子の違うソルにソファに座ったミトラが心配そうな顔で尋ねる。
「は、はい。す、すみません。
スシーマ様の前で緊張してしまって……」
スシーマは穏やかに微笑んだ。
「侍女殿を緊張させてすまぬな。
それよりミトラ、これがアショーカにもらったという額飾りか?」
話題を変える。
ソファの前に置かれた木机には、ラピスラズリの額飾りが木箱に入れて置いてあった。
「はい。シェイハンのラピスラズリを使って作ってくれたのです。
銀細工も見事です」
「そうだな。
あの無骨な男にしては趣味のいい物を贈ったものだな」
スシーマは手にとって値踏みする。
相当高価な代物だ。
嬉しそうにするミトラに軽い怒りを覚え、スシーマの罪悪感は消えた。
次話タイトルは「スシーマ王子の罠②」です




