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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
107/222

41 五麟

「アショーカ。

 外が騒がしいが、何かあったのか?」


 部屋の中から聞こえる不安そうな声に、一同がほっと胸を撫で下ろした。

 どうやら無事らしい。


「ミトラ、部屋から出るな!

 ヒジム!」

 ヒジムは呼ばれてウソンに一瞥を投げかけながら、ミトラの部屋に入った。


「しばしミトラの側についていろ!」

 アショーカは命じて、部屋から出てきた。


「アッサカ、何があった?

 報告しろ」

 すぐさま忠臣に問いかける。


「相当腕のいい刺客が現れました。

 私が確認したのは三人ですが、他にもいたようです。

 最初に火を消されましたので、顔は確認出来ませんでした。

 ただ、三人共かなりの使い手には違いありません」


「お前が一人も捕えられなかったのか?」


「申し訳ございません」


 それだけでどれほどの使い手かは想像できる。


 そこに騎士団の隠密三人がスシーマの五麟に肩を借りて、引きずるように連れて来られた。

 三人とも足を切りつけられたようだ。


炎駒えんく、刺客を見たのか?」

 スシーマが五麟の一人に尋ねる。


 炎駒と呼ばれた黒ずくめの男は、肩に担いだ騎士団の隠密を床に下ろすと、ひざまずいた。


「いえ、私と、この索冥さくめいが駆けつけた時にはこの者達が足を切られ、すでに気配もなく、聳狐しょうこが暗闇の中、二・三、刃を重ねたようですが逃げられ、今追っております」


 それを聞いてスシーマの後ろに控えていた五麟が告げる。

「スシーマ様、一つ気になる事がございますがよろしいですか?」


麒麟きりんか。

 なんだ、申してみよ」


「先程こちらに駆けつけました時、一瞬ですが北方に棲む獣のような匂いがしました」


「なに? 北の遊牧民と申すか?」


「はい。角端かくたんも同じ様に感じたようです」

 同意を求められ、隣りの男がうなずく。


 みんなの視線が一斉にウソンに注がれた。

 ウソンは驚いたように目を丸くする。


「おいおい、まさか俺を疑ってるのか?

 冗談じゃないぜ。

 わざわざ危険をおかして助けに来てやったのに、シャレになんねえ」

 短髪の男は不満気に口を尖らせた。


「お前、なぜここにいる?

 お前の配置はここではないだろう?」

 アショーカが怪しんでウソンを睨み付けた。


「野生の勘ってやつですか?

 俺は確かに北の遊牧民ですから、一クローシャ先の殺気すら感じる事が出来る。

 そうでなくっちゃ、今頃とっくに死んでますからね」


「ミトラの側には近付くなと言っただろう」

 アショーカは不機嫌に畳み掛ける。


「ひっでえな。

 俺が助けに来なければ、今頃アッサカさんは切られてましたよ。

 ねえ、そうでしょ?」

 ウソンは馴れ馴れしくアッサカに振り返る。


「確かに……ウソンの助けが無ければ、切られていました……」

 アッサカは恐縮して俯く。


 アショーカは不機嫌極まりない顔で考え込んだ。


 一番問題なのはウソンにあっさりとミトラの部屋の前まで踏み入られた事だ。

 隠密三人と衛兵二人は、いとも簡単に切られ、アッサカもウソンの助けが無ければやられていた。

 ウソンや五麟がいなければ、ミトラは今頃、切られるか連れ去られていたかもしれない。


「アショーカ、これはどういう事だ」

 スシーマが思い詰めたように、低く唸る。


 静かな声だが、これほど怒ったスシーマを見た事がないと思った。


「私の五麟がミトラの警護から離れた途端、これほどあっさり侵入を許すとは呆れたな」

 言い返す言葉もない。


「こんな事でミトラを守りきれると思っているのか!

 ふざけるな!」

 スシーマはずいっとアショーカの前に進み出て肌衣の襟を掴む。


「そなたミトラをシリアに連れて行くと言ったそうだな。

 こんな穴だらけの警備で無事に連れ帰って来れると思ったのか!

 ミトラを殺すつもりか!

 見損なったぞ!

 ミトラを手に入れるためにそんな卑怯な取り引きを持ち出すとは!」


 スシーマはアショーカの肌衣をぐいっと持ち上げ、壁際にダンッと押さえ込んだ。

 スシーマの腕がアショーカの首に食い込む。


「うぐっ……っ……」


 アショーカは抵抗もせずにされるがままになっていた。

 その通りだと思ったからだ。

 この現状ではスシーマの言う通りだ。


「スシーマ様!

 そこまでにして下さい。

 アショーカ様の息が止まります」


 ナーガが止めに入って、ようやくスシーマはアショーカから離れた。

 アショーカは咳き込みながら体勢を立て直す。

 涼やかな外見からは想像出来ないほどの力だった。


「そなたにミトラの警備は任せておけぬ。

 私の五麟のうち三人を置いていく。

 ミトラの警備は三人にさせるがいい。よいな」


「し、しかしそれでは兄上の警備が手薄になるのでは……」


「私にはナーガも側近もいる。

 それに自分の身ぐらい自分で守る自信はある」


「……わかりました」


 悔しそうに顔を歪めるアショーカは、しかしやはり返す言葉がなかった。


「麒麟、炎駒、索冥。

 そなたらはタキシラに残ってミトラの隠密となれ。

 分かったな?」


 スシーマに命じられ、三人の隠密は右手を胸に当て、拝礼した。


次話タイトルは「策謀」です

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