40 刺客
その夜、事件が起こった。
みんな寝静まり、ソルは侍女の部屋で眠りにつき、アッサカも隣りの仮眠室で休んでいた。
ミトラの部屋の前には夜番の衛兵が二人、廊下には僅かな燭台の灯りが薄ぼんやりと視界を残している。
衛兵よりも先に異変を感じたのはアッサカだった。
深い眠りから一瞬にして目覚め、寝る時も抱えたままの剣を手に飛び起きる。
音も無く突然前に現れたアッサカに、すっかり寛いでいた衛兵二人は驚く。
「アッサカ様! どうされたのですか?」
アッサカは黙るようにと指を口の前に立てる。
しかしほぼ同時に燭台の火がかき消され、視界が暗闇に包まれる。
「ああっ! 灯りが……!」
慌てた衛兵の一人が燭台に火をつけようと持ち場を離れた。
そしてすぐに「ぎゃあああ」という叫び声が聞こえた。
扉前を陣取ったアッサカは剣を構えたまま気配を探る。
すぐに「うわあああ」という声が響き、もう一人の衛兵もやられたのだと分かった。
アッサカの額に冷や汗が垂れる。
(まずいな……。二人……いや三人か……)
それもほとんど気配を感じさせない剣捌き。
(かなりの手練れか……)
微かな風を読む。
ひゅっと虚空が歪む。
カンッと金属音が響いた。
足元だ。
カン、カンッ!
二手、三手剣が重なる。
(なぜ足を狙う?)
繰り出される剣はすべてアッサカの足元で受け止められた。
カン!
四手目を大きく払い返す。
そしてすぐさま反対から繰り出された剣を受け止める。
二人目。
これも足元だ。
(ちいっ! こっちもかなりの使い手だ)
最初の刺客が体勢を整え直す前に仕留めなければまずい。
素早く攻撃に出る。
暗闇の中でアッサカの剣を受け止める。
巧い。
しかし辛うじて三手目で僅かに剣に手ごたえがあった。
うっという唸りと共に、少し引いたようだ。
素早く最初の一人の剣を受け止める。
しかしそこにもう一人の気配を感じてアッサカは青ざめた。
手傷を負った二人目も脱落するほどではない。
三人に囲まれた。
扉前を死守したかったが、不可能と知る。
カンッ!
剣を重ね、刺客の間を潜り抜ける。
広い空間に踊り出て気配を消す。
そして扉に近付こうとする一人に背後から切りかかる。
カンッッ!
受け止められた。
やはり並みの剣捌きではない。
闇の中、三人の刺客が一斉にアッサカに切りかかった。
(ダメか……)
初めて切られると思った。
手練れ二人の剣を辛うじて受けたとしても、さすがにこのレベル三人を防ぐ手立てはない。
相変わらず足を狙う刺客の剣が、肉をえぐると覚悟した瞬間、カキン! と刃音が響いた。
(味方?)
暗闇では事態が分からない。
しかし刺客三人が驚いて息を呑んだのが微かに伝わる。
どうやら味方らしい。
確信する。
カンッ、カンッ、カンッ!
二人に対峙するアッサカと、すぐ横で刃を重ねるもう一つの刃音が響く。
それと同時に廊下の少し先でも刃を重ね合う音が聞こえる。
(一体何人いるのだ)
三人だけではない。
(ミトラ様……ご無事か……)
アッサカは剣を重ねながら、扉前ににじり寄る。
扉が開けられた気配はない。
ほっとすると同時に階下から大勢の足音が聞こえてきた。
「何事だ! みな出あえっ!」
スシーマ王子の声だ。
松明を手に階段を駆け上がって来た。
その灯りから逃れるように、刺客の気配が消える。
ほっとしたのも束の間、スシーマ王子のかざした松明の灯りに思いがけない人物が映し出され、息を呑んだ。
「ウソン!」
隠密の黒服を着て、アッサカの真横に立っていた。
スシーマ王子も目を見開く。
「ミトラの従者よ、何があったのだ。
私の五麟が異変を感じ、知らせに来たのだが……」
見ると松明の火を廊下中に点けて回るナーガと別に、黒服の隠密が二人付き従っている。
(五麟……)
噂には聞いていたが姿を見るのは初めてだ。
「何事だあああ!」
その時になって地鳴りのような声と共にアショーカが現れた。
夜着の肌衣だけで剣を手にしたアショーカは余程慌てて飛んできたのだろう。
後ろからヒジムが松明を手に隠密姿で付いている。
すでに煌々と灯りの焚かれた現場を見て、アショーカは息を呑む。
ミトラの扉前では衛兵が二人、足から血を流して呻いている。
そしてスシーマとナーガと五麟。
さっと見渡しウソンに目を止めると、衝撃を受けたような顔をしてミトラの部屋の扉を押し開ける。
「ミトラッ! 無事か!」
次話タイトルは「五麟」です




