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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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35 サヒンダの結婚観 

「ではこうしてはいられない。やらねばならぬ事がいっぱいある」

 ミトラは慌ただしく立ち上がる。


「部屋に帰る。ごちそうさま、アショーカ」

 

 そそくさと部屋を辞すミトラの後ろで、侍女のソルがキッとアショーカを睨みつけてから去って行った。

 

 そしてミトラ達の去った太守室にも一人、不機嫌に眉間を歪める男がいた。


「正気ですか! アショーカ様!」

 もちろんサヒンダだった。


「言った通りだ。

 ミトラをシリアに連れて行く。

 ヒジムもついて来い。

 サヒンダとトムデクはここに残り政務を頼む」

 アショーカは言ってグイと酒をあおった。


「シリア王がわざわざ手の中に転がり込んできたミトラ様を素直に帰すと思うのですか!」


 青筋をたてるサヒンダをトムデクがはらはらと不安そうに見守る。


「意地でも帰る。

 ヒジム、隠密を強化するぞ。

 あらゆる状況に対応出来るよう訓練せよ」


 ヒジムはいつも通りだ。

「了解。人数も増えた事だしね。任せて」


「簡単に言うな、ヒジム!

 大国シリアが少数の隠密ごときでどうこう出来ると思ってるのか!」

 サヒンダは今度はヒジムに怒鳴る。


「もう、最近怒りんぼだよサヒンダ。

 サヒンダはミトラが邪魔なんじゃなかったの?

 シリアに囚われてくれた方がいいんでしょ?」


「そうだとも。

 それでアショーカ様が素直に帰ってきてくれるならそれで結構」

 サヒンダは肯いて大きく息を吸い込んだ。


「でも帰らないだろうがああっっ!

 この主君はっっ!」

 サヒンダはビシリとアショーカを指差す。



「仕方がないだろうが。

 他にどんな選択肢があったというのだ」


 アショーカはやけになって酒を次々あおった。

 側で大人しく控えていたマチンが心配そうに杯に酒を注ぐ。


「選択肢ならたくさんありますよ。

 ミトラ様が何を言おうとも無視して、さっさと後宮にでもなんでも放り込めばいいのです」


「そんな事をすればミトラは俺を軽蔑し、俺の側から去って行くだろう」


「隠密でも何でも警備兵を山のようにつけて逃げられぬようにすればいいでしょう」


「ミトラに恨まれながら囲うのか?

 それで誰が幸せになるのだ」


「幸せですよ。

 マガダの女はみんな権力のある男に囲われて生きるのを極上の幸せと思っています。

 ミトラ様もいずれは自分の幸せに気付く時がきますよ」


「それは償うべき想いを背負った者には描けぬ幸せだ。

 自分のために犠牲になった者達への償い無しに快楽の中に身を置く事は、苦しみでしかない。

 懺悔の想いを持つ者は、その想いに突き動かされながら、苦難の道を行くしか自分の幸せを見つけられぬ。

 それを一番知ってるのは俺だ」


 サヒンダはぐっと黙り込んだ。


「サヒンダ。

 お前は家柄も良く、貴族の次男坊としてマガダの理想的な家で育った。

 後宮で大事にされる母を見ながら育ったお前にはそれこそが女の幸せと思うだろう。 

 庇護される事を突っぱねるミトラが理解出来ぬだろうな」


「出来ませんとも。

 私は一度も男の目に触れた事もないような深窓の姫を娶り、私以外の男の目に触れぬように、後宮の奥深く大切に庇護するのが理想です。

 母のように。

 出しゃばる女は大嫌いです」


「うっわ、独占欲の塊だね。

 面倒臭い男」

 ヒジムが呆れたように毒を吐く。


「うるさい!

 マガダの男はみんなそうだ。

 トムデクだってそうだろうが!」


 急に話を振られ、トムデクは慌てる。

 女関係の話は無縁だと思っていた。


「ぼ、僕は、そりゃあ理想はそうだけど、こんな外見だしね。

 僕の事を好きって言ってくれるならそれでいいけど……」


 話を振る相手を間違えたとサヒンダは頭を抱える。

 そしてアショーカは続けた。


「サヒンダの言うような幸せもあるだろうし、お前はそれでいい。

 でも俺は違うのだ。

 そもそも母上自身が無力な自分を悔いている姿を間近で見てきている。

 その無念を知っている。

 男にもいろんな男がいるように、女にもいろんな女がいる。

 そして俺が心底惚れるのはミトラのような女なのだ。

 他に選択肢はなかったのだ。

 後はこの道の最善を探して進むしかない。

 悪いが諦めてくれ、サヒンダ。頼む」


 アショーカに頭を下げられ、サヒンダは苦悩に満ちた顔で目を瞑った。


「やっぱり……。

 やっぱりこんな事になるだろうと思ってたのです。

 だから嫌だったのです」


 深いため息を漏らす。

 そして決意したように顔を上げた。


「もはや覚悟を決めました。

 それなら、前から思っていた事があります」


 深刻な顔のサヒンダを見て、アショーカはまさか自分の側近をやめると言い出すのではないかと青ざめた。


「な、なんだ?

 どうするつもりだ?」


「騎士団とは別にアショーカ様直属の女性部隊を作りましょう」


「え?」

 思いがけない言葉に驚く。


「西方には女戦士の国もあると聞きます。

 デビ様のように筋力逞しい女もマガダ中を捜せばいるでしょう。

 ミトラ様の湯殿まで付き従って警護する部隊です。

 普段は女官を装い、身の回りの世話をすればいいでしょう」


「な、なるほどな。

 アッサカは結局ミトラの危機に瀕しても、抱き上げて逃げる事も出来ぬしな」

 それはいい考えだと思った。


「し、しかし女に武器が扱えるのか?

 式典でのミトラを見ただろう」


「ミトラ様は女の中でも武力に関しては、下の下の下のランクですよ。

 他の女はあそこまでひどくないはずです」

 ひどい言われ方だ。


「それに……お、俺の直属なのか?

 俺は女は苦手なのだが……。

 か弱き女に剣技など教えて、うっかり殺してしまったらどうするのだ」


 ミトラなど、普通に腕を掴んだだけで痛いと騒がれ、実際青あざになったりしている。

 剣など教えたら何人殺すか分からない。


「誰がアショーカ様に剣の稽古をさせると言いましたか。

 死人が出ますよ。

 女の事はヒジムに任せるのが一番です。

 アショーカ様は、命令系統の長であればいいですから、すっ込んでて下さい」


 腹立ちのあまり、サヒンダの口が悪くなっているが大人しく従う事にした。


「いいな? ヒジム!」


 有無を言わさぬサヒンダの問いにヒジムは首を引っ込める。

「もう手一杯なんだけどね。

 ホント人使い荒いよね。

 でも、ま、そうだね。

 一人心当たりがあるよ。

 後は募集してみる?

 案外すごい子がいたりして」


「そうだな。

 シリアに行くまでに集めて、ある程度の形にはして欲しいが」


「じゃあ、明日にでもお触れを出してね。

 それから宿舎の準備ね。

 騎士団の野郎どもと近付けないようにしてよ。

 面倒だからさ」


「それなら前太守の後宮がある。

 そこを改装して使えるようにしてくれ」


「後宮なくなっちゃっていいの?

 女好きのアショーカならすぐ一杯になるかと思ってたのに……」

 ヒジムがわざとからかう。


「いらん。ミトラが入らぬのに誰が入るのだ」

 ふんとアショーカがふて腐れる。


 本当は、うっかりミトラが結婚を承諾して必要になるかと今まで手をつけず置いていた。


「では明日からでも後宮を解体し、女性部隊用の宿舎にする手はずを整えましょう。

 ちょうどアショーカ様が減らすように言っていた女官達が数人居残っています。

 その者らに世話をさせましょう」


「面倒をかけるな。サヒンダ」


「まったくです。

 余計な仕事が随分増えましたよ。

 それでなくとも忙しいのに……」


「愛してるぞ、サヒンダ」

 アショーカがふざけたようにサヒンダに言う。


「キスの所望はご勘弁願いますよ」

 サヒンダが慣れたように軽くあしらう。


「今ならキスの一つぐらいしてやるぞ」


「まったくもって残念ですが、遠慮致します」


 どっとみんなが笑った。


次話タイトルは「スシーマを訪ねる者」です

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