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アショーカ王の聖妃  作者: 夢見るライオン
第三章 タキシラ 太守就任式典編
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34 ミトラの武器

「どこから聞きつけたのか、そなたにも立太子式典の招待状が来ている」



 言ってしまったかとサヒンダはため息をつく。


「私に?」初耳だ。


 おそらくはミトラの耳に入れないままに握りつぶすつもりだったのだろう。


「シリアはミスラの信徒が多いからな。

 その神妻といわれるシェイハンの聖大師に興味があるのだろう。

 神殿から出ないはずの巫女姫がタキシラに滞留していると聞いて、俺の所に招待状が届いたのだ」


「なぜすぐに教えてくれなかったのだ」

 非難を込めて責める。


 同じように自分の知らない所で、多くの自分に関わる事柄が処理されてるに違いない。


「正直に言おう。

 先日の太守就任式では、そなたに秘かにつけた隠密が九人もの怪しき者を捕えた」


「九人?

 ジュース売りの刺客だけじゃなかったのか?」

 ミトラには初耳の事ばかりだ。


「そなたが思うよりもずっと、そなたの身は狙われている」


「な、なぜ私を?」


「ミスラの女神、シェイハンの神通力を持つ巫女姫。

 その意味の捉え方は国によって様々だ。

 俺にも実際の所は分からない。

 ただ、そなたを得た王は世界の覇者になるという噂もあるのは事実だ」


「バ、バカな……。

 私は神通力も無ければ、そんな大それた存在でもないのに……」


「されど噂というのは勝手にどんどん大きくなっていくのだ。

 こればかりは俺でも止められぬ」


 出来る事ならこんな事を知らせて、無駄に不安を煽るような事もしたくなかった。


「俺の横に並び立つというのなら、まずは事実を知れ。

 この世界で自分がどういう存在なのか。

 お前が外を歩けば十人の刺客がついてくると思え。

 だから……シリアにも連れて行きたくなかった……」


 ミトラは、はっと顔を上げる。


 アショーカは観念したように口を開く。

「俺と……共に行くか?」



 ソルは信じられないという顔でアショーカを睨み付けた。


「行く!」

 しかしミトラに迷いはなかった。


「ならば、まず常に誰かに狙われているという事を忘れるな。

 他人を簡単に信じるな」


「わ、分かった」


「それから俺は役立たずを連れて行くつもりはない。

 共に行くなら、俺の役に立て。

 俺が動かせる役立つ駒になれ」


 ミトラは頷く。


「当然だがお前に武力は望まぬ。

 むしろそれは俺と俺の騎士団が引き受ける。

 全力でお前の警護をしよう。

 お前には、お前に見合った武器を与える」


「私に見合った武器?」


 アショーカは立ち上がり、太守の机の上に置かれた木箱を持って戻ってきた。


「開けてみろ」


 ミトラは両手にズシリと乗せられた透かし彫りの木箱を開けた。

 中には見事な銀細工に大粒のラピスラズリがはめ込まれた額飾りが入っていた。


「これは……」


「前に約束しただろう。

 シェイハンの細工師に作らせたラピスラズリの額飾りだ」


「見事な品だ……」


 宝飾の良し悪しなど分からぬミトラでさえ、稀に見る逸品だという事が分かった。

 その繊細な幾何学模様の彫り、散りばめられたラピスラズリの贅沢さ。

 そして何より真ん中にはまる大粒の石の質の素晴らしさ。


「それがお前の武器だ。

 俺達はシリアへ、ただ祝いに行くわけじゃない。

 シェイハンの鉱山でのみ取れるこのラピスラズリを、集まった各国の王達に売り込みに行くのだ。

 それがシェイハンの経済を豊かにし、しいてはこのタキシラをも豊かに、磐石にするのだ」


「シェイハンを……」


「お前はそれを身に付け、世界中の王妃達に欲しいと思わせねばならない。

 今回のシリア行きの一番重要な仕事だ。

 出来るか?」


「で、出来る!」


 正直自信はない。

 でも、やらなければ望む未来はない。


「まだ出発は次の乾季の前だ。

 半年以上ある。

 それまでにまず言葉を不自由なく話せるまで覚え、売り込む方法を考えろ。

 ラピスラズリが映える色使い、立ち居振る舞い。

 出来る限りの努力をしろ。

 よいか、失敗すればシェイハンの経済は困窮する。

 お前の民が苦しむ。

 そしてシェイハンに攻め込んだマガダ国の太守である俺は恨まれるだろう。

 また反乱が起きるやもしれぬ。

 お前の責任は重大だぞ。

 出来るのか?」


「出来る! やってみせる!」


 ミトラの翠の瞳が初めて見る希望の輝きに染まっている。

 その喜びに溢れた輝きに、アショーカはこの笑顔と引き換えに、これから自分が背負うであろう苦難と後悔を思い描く。


 しかしミトラは無邪気にラピスラズリを抱きしめ、晴れやかに笑う。


「ありがとうアショーカ。

 このラピスラズリは私の一番の宝物にする」


 この言葉をミトラから引き出すために、自分は大きな代償を払ってしまった。

 ミトラのためと言いながら、本当はミトラを自分の元に置いておくために、手放さないために選んだ選択かもしれない。


 妃として与える権力は兄のスシーマに遠く及ばない。

 その兄より自分を選んでもらう為には、この道しかない。


 その為に自分はミトラを危険な舞台に引きずり出したのかもしれない。

 自分がひどく卑怯な男に思えた。



次話タイトルは「サヒンダの結婚観」です

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