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それは理想のパートナー

作者: システム

 俺こと真徹 仁(しんてつ じん)と、幼馴染である津郷 宵(つごう よい)は、理想のパートナーだった。

 思えば、保育園の時から『そう』だったんだよな。


「よいー! あそぼー!」

「はいはーい、構わないよ! 内容は……そうだね、日本地図のパズルはどうかな?」


 遊びに誘えば必ず承諾してくれたし、宵の持ってきてくれた玩具は一風変わった物ばかりだった。『他の奴とは違う遊びをしてる』って優越感は心地よかったな。

 鼻水を垂れ流した元気一杯のガキんちょと、年不相応に聡い目をしていた幼女。

 宵が俺のお守りをしているのか、俺が宵を引っ張っているのか。傍からどう見えていたかは分からないが、俺達は間違いなく名コンビだった。



 小学生になっても関係は変わらない。宵との遊びには、毎日夢中になった。

 自転車に乗って待ち合わせ場所に行き、その日も宵と遊びの相談をしたんだ。


「よい、あそぼうぜ!」

「OKOK、今回は外で遊ぼう! アスレチックコースの競争とか面白いと思うな!」


 もう鼻水こそ垂らしていないものの、放課後は泥だらけの遊びをするのが当たり前だった俺。そんな俺と一緒の遊びをしつつも、俺が怪我をしないようにフォローしてくれていた宵。

 俺の両親は両親で、ワンパクな俺の世話を宵に頼っていた面があるように思う。宵はその事に対してどんな考えを持っていたんだろうな……?



 高学年に上がってもそれは続き、周囲から冷やかされながらも俺と宵はベッタリだった。

 朝っぱらから、学校のクラスで宵を捕まえて、まくしたてる場面もあった。


「よいが連れてってくれた、野球の試合がすっげぇおもしろかったぞ!」

「うんうん、それは良かったよ。 ところで、仁の家から程近い場所に少年野球団があるのは知ってるかな?」

「マジで!? そんなん入るに決まってんじゃん! 早速、お母さんとお父さんに――」

「大丈夫、既にご両親の許可は取ってあるから。道具も用意済みだよ? 他人から妬まれない程度に、質が良い投手用のを揃えてあげたんだ!」


 宵の根回しの良さには舌を巻いた。ただ、それよりもこの時の俺は、少年野球団に入れる嬉しさで頭が一杯だった。気合いを入れて頭は丸坊主にしたし、体格も同学年よりは良かったから、スポーツに対する自信もあった。

 この頃からかな、宵が髪の毛を伸ばし始めたりして、ファッションに力を入れるようになったのは。ワザとかどうかは知らないが、周囲の目を惹くようにはなったと思う。



 入って一年経っても興奮は冷めやらず、俺は未だ野球を楽しんでいた。

 宵の指示で書いている『日報』を手渡しながら、俺の部屋で差し向かいに座っている宵に力説していた。


「野球って本当に面白いな! 俺にはピッチャーの才能があるって、監督も言ってたんだ!」

「ふふふ、それは良い事だね! リトルリーグの試合には珠数制限もあるし、練習でも無茶はさせないよう、監督に言い含めてあるからさ。仁は存分に才能を伸ばすと良いよ!」


 女の子は成長が早いというが……この頃の宵は体も丸みを帯びてきて、何とはなしに色気を醸し出し始めたが、俺は意図してそれを無視していた。そういうのが恥ずかしい年頃というのもあったし、これまでの気楽な距離感を崩したくはなかった。

 未だに坊主頭を続けていた俺は、腹の底に溜まるナニカを忘れるように、ひたすら野球に打ち込んだ。



 中学になっても、宵との距離感は変わらない……が、それはそれとして問題にブチ当たった。いわゆる、『お勉強』というヤツである。

 俺の部屋でベッドに寝転がりながら漫画を読んでいた宵に、俺は頭を下げながら頼み込んだ。


「宵、勉強を教えてくれ! 因数分解とか訳分かんねぇ!」

「んー? ああ大丈夫、何もかも私の授業に……私に任せておけばいいよ。でも、仁は一体どこに進学する気なの? それによって、目指す勉強のレベルも変わってくるけど?」

「そりゃ勿論、野球の強い高校だ! エースとして投げて、全国大会で優勝するんだ!」


 俺がそう宣言した瞬間には、既に宵の手には参考書が握られている。それとは別に、近隣の学校の情報も調べてあったのか、よどみの無い口調で宵は俺の決意に応えた。


「ふむふむ、それなら『合防(あいぼう)高校』とかオススメかな。県下一の進学校なのに、野球部も強いんだ!

 もっとも、今の仁の学力じゃ少し厳しいけど……でも、問題は無いよ。私が家庭教師をすれば達成できるから。野球だけじゃなくて、勉強でも腕を磨くと良いよ!」

「おおっ! 本当に宵は頼りになるな!」


 宵の家庭教師は分かりやすかった。教室で数十人に同時に教えなければいけない、『普通の教師』と比べるのは酷だろう。しかし、それを差し引いても異常な程理解しやすかったんだ。

 おかげで、受験直前の模擬テストでは、宵と俺が学年の総得点でワンツーフィニッシュを飾る事になった。



 そんな宵の家庭教師の甲斐もあってか、俺は無事に合防高校に入学できた。当然のように宵も一緒に着いてきて、しかし俺にとってそれはごくごく自然な事だった。俺の傍に宵が居るのは当然であり、彼女こそが理想のパートナーであると信じて疑わなかった。

 その日もまた、学校の昼休みに同じクラスで向かい合わせに座りながらダベっていた。


「昨日、この高校の野球部で初練習したけど、厳しくはあっても理不尽なモンじゃなかったな。正直、先輩のイジメとかイビリとかも覚悟してたんだけど……」

「問題ないよ、私が綱紀粛正しておいたから! 雑用扱いでも、一度生徒会に入っちゃえば後は支配するだけ。部の予算権限を握ってるのは強いよねぇ」



 宵の聡い目が……聡すぎる目が、ギラリと輝く。



「よ、宵……?」

「どうしたのかな、仁? ほら、今日のお弁当だよ? ちゃんと、栄養やカロリーも考えてあるから」


 高校生になって、宵の容姿は磨き抜かれた。黒羽のようなセミロングのストレートヘアー、程よく膨らんだ胸と尻、子供の頃から変わらない聡い目と釣り合った顔のパーツ。

 対して俺は、黒々と日焼けした肌に広い肩幅と分厚い胸板、精悍とも強面とも称される顔つき、髪型は坊主のままであり、一目で『あ、こいつスポ根野郎だな』と分かるだろう。


 前述の通りの容姿を持った宵は、入学直後から学校の野郎共の憧れの的だ。

 そんな宵と、互いに認め合うパートナーである事に優越感を感じていたのも事実だが……始めてだった、目の前の幼馴染に得体の知れなさを感じたのは。

 宵の容姿も頭脳も家事能力も魅力的なのは確かだが、同時に妖しさすら感じさせる物でもあった。



 青春の日々はまたたく間に過ぎ、俺と宵は高校三年生となった。宵の家庭教師のおかげで、勉強では全く苦労しなかった。その分のリソースを野球に回せたのは幸いだったが、それでもあと一歩の所で全国大会に出場できなかったのが、これまでの二年間。

 三年目の夏、高校球児として最後のチャンス。ここで何としてでも全国大会に出場したい。しかし……。


「二回戦で、昨年の全国大会出場校と当たる訳か。俺達も十分な練習をしてきたが、それでもかなりの難敵だな」

「大丈夫大丈夫、私が敵の情報を解析しておいたから! エースの攻略法や4番の苦手なコース、その他諸々ね。これがあれば、大分違うと思うよ?」


 そうして、宵は鞄から数冊の大学ノートを取り出して、俺に手渡してきた。俺はそれをペラペラとめくり……その『攻略本』のような内容に愕然としつつも、幼馴染の前で虚勢を張って何とか言葉を返す。


「お、おう。確かに凄く的確だし、勝率もグンと上がった気がするけど……これ、どうやって調べたんだ?」

「相手は男子校だったからね、色仕掛けには弱い物さ! ああ、単に思わせぶりな態度を取っただけだよ? 『情報源』とは手すら繋いでないから。私にそういう事をして良いのは、仁だけだからね!」

「…………」

「ん? どうしたの? 仁が今考えるべきは、野球の事じゃないの?」

「え? あ、そ、そうだな! 強豪相手に勝ち筋が見えて来たのは良い事だ!」


 部活に向かう前のちょっとした時間。学校の廊下で何気ない雑談の合間に手渡された『それ』は、宵と同様に底知れない雰囲気を生じさせていた。



 そして、合防高校野球部はあれよあれよと勝ち進み、アッサリと全国大会に出場を決めた。宵の情報と戦術で、半ば攻略法を知っているパズルのようなプレイだった。

 打ち上げが終わった後、夜中の自分の部屋で俺は夢心地のままにつぶやく。


「……えっ? これで良いのか? 何か、『自分の力』で達成したって気がまるでしないんだけど? 俺以外の部員達も、宵の言うがまま成すがままだったし」

「良いんだよ、十分じゃない、勝てば官軍! これは、間違いなく私達の勝利だよ!」


 当たり前のように傍にいる宵が、俺を肯定する。

 何となくシックリ来ない物を感じつつも、この勝利で周囲の人達が喜んだのも確かだ。そんな宵の説得に納得しそうになるが……次に続いた言葉には、流石に反発を覚えた。


「さて、それじゃあ最後の夏に十分な実績を残した事だし、仁の進路について考えようか!

 私としては、やっぱり最難関の国立大学に進学して、学問と野球の両立をする事をオススメするね! 学費も安く済むし、野球だって――」

「いやいやいや、ちょっと待て! 良く良く考えたら、どうして俺の進路なのに当然のように宵の意見が入って来るんだ!?

 というか、俺の高校野球の夏はまだ続いてるぞ!? 俺が全国大会で勝ち進めば、ドラフト指名を受ける可能性もあるし、このままプロ野球選手に――」



 瞬間、宵の聡い目が糸のように細められた。



「 『プロ野球選手になって』……その先、やって行く自信はあるの? 私のサポート無しで(・・・・・・・・・)?」

「えっ……?」

「仁、思い出して? 仁に野球を知るきっかけを与えたのは誰だった? その後のアフターケアまでしたのは?

 仁が勉強でも頑張れたのは誰の教えを受けたから? 文武両道の哲人に仕上げたのは?

 仁がここまで成功できたのは誰のおかげかな? 公私に渡って支えたのは?

 仁は、私抜きで生きていく覚悟はあるのかな?」


 宵は続ける、それが当然の事であるかのように。


「プロ野球選手になったとして、栄養管理はどうするのかな? 先輩からの嫌がらせや対立もあるかもね? ああ、先輩に限った話じゃなく、同僚や……年月が経てば後輩ともか。

 他にも、敵選手の研究やファンへの対応等……どうするのかな? 誰が教えてくれるのかな? 私に頼る事に(・・・・・・)慣れきった仁に(・・・・・・・)


「…………」


 言葉が出ない。

 仮に俺がプロ入りしたとして、球団側からのサポートは当然あるのだろう。しかし、宵以上に俺を知り尽くし、宵よりも的確に俺の状況に即した解決策を提示できる人材など……


「不安だよね? 心細いよね? でも大丈夫! 私が協力する限りは、そんな問題はどうとでもなるから! ああ、本当に……保育園で一目惚れした時から、ずっと『管理』し続けて来て良かった。白馬の王子様っていうのは、こうでなくちゃ!

 王子様をただ待つのは論外。買ってない宝クジに当たるのを期待するような物だから!

 既に名を流している王子様をターゲットにするのも厳しい。どれだけ自分を磨いても、『後追い』だとあらゆる面で不利だし、浮気のリスクも消えない!

 だったら、自分(わたし)を選ばざるを得ないような、自分(わたし)から離れられないような、そんな白馬の王子様(りそうのパートナー)を自分で『作る』べきだよね!」

「お、俺は宵の玩具じゃ――」

「玩具? 違うよ、私は仁で遊ぼうとは思わないし、飽きたらポイ捨てなんて事もしない。むしろ、何よりも誰よりも献身的に傍で支えて、仁の栄達を補助するよ! 今までもそうだったように、これからも私は仁のために生きると決めている! だから――」


 思えば、保育園の時から『そう』だったんだ。


「――仁も私に従って生きなきゃダメだよ?」


 俺こと真徹 仁(しんてつ じん)と、幼馴染である津郷 宵(つごう よい)は、理想のパートナーなのだろう……。

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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