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文部和馬

架空です!

大和共和国、かつては北海道と呼ばれていたこの地が建国されたのは三十年前だ。と言っても、日本政府は大和共和国の独立を認めておらず未だに教科書にも北海道という名で記載されている。

大和共和国と日本の間の溝は深い。

二○一六年八月三日、憲法第九条が改正され。日本は自衛隊を自衛軍と名称を変え、事実上も名目上も日本は軍隊を持つ国になった。日本の軍保有に断固反対していた中華人民共和国、北朝鮮民主主義人民共和国がが北海道の旭川、札幌に大規模な奇襲空爆を開始。死傷者は数万人に及んだ。

 同日、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国連合軍が北海道に侵略を開始し、連合軍が札幌を占拠した。その後、自衛軍には撤退の命令が下り事実上北海道を放棄した。

 七日後、 日本、中華人民共和国、北朝鮮民主主義人民共和国の間で国境協議条約締結。北海道を朝鮮民主主義人民共和国領とし日本の国土は日本列島より南であると位置づけた。

 その二年後、元自衛軍であり、ゲリラ活動の長であった文部数馬がクーデターを敢行。北朝鮮民主主義人民共和国の下級層を取り込み札幌を占拠、北海道を大和共和国と改め独立を宣言。同日、アメリカと米和同盟を締結、三日後、中華人民共和国と和中和親条約を締結した。更に一週間後、大和共和国が国連加盟を宣言。同日、北朝鮮民主主義人民共和国との間に停戦条約を結んだ。

 疾風怒濤の建国までの手腕から文部和馬はアジアの鷹と讃えられた。

そして、文部和馬は日本とは決して交渉のチャンネルを持とうとしなかった。

『日本人と話すくらいならロシア人になる』

当時、ロシアとの緊張状態に陥っていた状況で文部和馬は国連の場でそう発言した。日本政府の高官にはいい面の皮だっただろう。

 その後文部和馬陸軍士官学校を設立し――

「兄さん、熱心に書いてるね。こんなにいい景色なのにさ」

大和共和国に関する記事を書いている松田に声を掛けてきたのは、一人の老人だった。初老ほどの歳だろうがそのがっちりした身体つきと丸太のような腕の太さが全くそれを感じさせない。

「じいさん、俺は海だと山だの景色なんてどうでもいいタイプなの」

名古屋を出発した松田はすぐに新幹線に乗り込み、大和共和国指定の場所に向かった。わざわざあちらからオファーが来たわけだから、大歓迎とは言わないまでもそれなりの応対を期待していたのだが待っていたのは何時沈むかもわからないような『大和丸』と書かれたボロ船とこの老人だけだった。

「まあそんなこと言わないで、あんた記者なんだろ? もちろん仕事熱心なのも結構だが目に見えるものってのはおろそかにしない方がいいんじゃないのか」

そう言った老人の指差す方を見ると、晴天の青空と海の向こうに大和共和国の大地が広がっていた。

 見たところ町じみた景色はなく、あるのは山々とトウモロコシ畑、そして数件の民家だけ。港らしきものはなく、あるのはアスファルトで塊を固めたような停船場だけだった。

「のどかだなぁ、よくも悪くも」思わずそう呟いた。

「まあ、貧乏な国だからな。これでも大分開けているんだこの辺は。三十年前は一面焼け野原だったんだぞ」

「……そうですよね、申し訳ない」

老人の口調から控えめな誇らしさを感じ、咄嗟に自分の発言を恥じた。

 三十年前、朝鮮民主主義人民共和国に占領された時の映像が残されていた。まるで、大量のイナゴが襲ってきたかのようだった。文字通り彼らは土地を蹂躙し、荒らしつくした。そこには一部の情けも、同情が挟む余地もなかった。まるでかつて彼らの先祖が受けた報いを受けさせるかのように。いまこの景色がこのようなのどかな光景であることこそこの老人にとって誇りであり、それを自分の尺度で良いだの悪いだの評価できるものじゃなかった。

 松田の謝罪に老人は少し意外そうにうなずいた。

「驚いた、記事からはもっと苛烈な男かと思っていたが存外思慮深いもんだ」

「な……あなたはいったい誰ですか?」

老人はいたずらっぽく笑い、ふたたび大和共和国の方角を見つめた。

「初めまして、文部和馬だ」

「ええええええええっ! あなたが文部……和馬!?」

「おいおい『さん』ぐらいつけろよ、目上だぞ」

「いやっ、そういう問題じゃ……というか何でここに」

完全にただの水先案内人かと思っていた。

――ってか仮にも国のトップなのに護衛もつけず他国の記者といるってどんな状況だ。

「俺はあんたが書く梅林源一の記事が好きでね。一度会いたいと思っていた。特に九月十日のアレはよかった」

松田は自分の書いた記事を頭の中で何度も想起し、やっとのことで頭の中の文章を手繰り寄せた。


『梅林源一という男の天分の知恵には及ぶべくもないが、彼の生き方からどのような性格の持ち主かを類推するのかは可能だ。彼は両親、妹を三十五年前の東京大震災で失っている。自分のような境遇に陥ることが無いようにと、梅林は専攻を物理学から地質学へ変更した。その5年後、イギリスのロンドンと中国の南京付近で震度6強の地震に見舞われてるが梅林はこの地震について世界に向けて予測を提供してはいない。元助手によるとこの頃、既に8割の地震予測に成功していたようだ。それでも彼はその地震について政府に働きかける事もしなかった。そこから梅林は顕著な完璧主義者であることがうかがえる。事実、地震予測開始した10年以上の間に梅林の計算には数日のずれが無い。しかし、この恐ろしいまでの完璧主義者は2年前に彼らしく無い発表を行った。それが、『世界滅亡』発言だ。彼は結論だけを簡潔に述べた。過程の道筋を示さずして、結論だけを。それは彼の性格と合致しない、完璧なまでの道筋があるはずのものを彼は本来発表しない。その全く彼らしく無い行動はもしかしたら彼の計算だったのでは無いだろうか。彼には何らかの理由があり、それを発表しないことで何かを変えようとしていたのでは無いだろうか。私にはそう感じずにはいられない』


松田が自分の書いた記事の内容を頭で復元した時、文部和馬は悪戯っぽく微笑んだ。

「この記事を読んで、以前君が書いた記事を読み返したよ。傲慢、無謀、無知、苛立ち、そんなことばっかり感じられてもっとガツガツしたやな奴かと思ってたよ」

松田は耳を傾けながら苦笑いと赤面を禁じえなかった。

記者は己を記事で表現する。だから、批判されることはその場で裸踊りすることなんかよりよっぽど恥ずかしかった。

「だが、最近の記事からは取材対象への敬意と愛情が感じられる。世界を否定するだけの向こう見ずな若者だとは思っていたがそれだけじゃ無いようだな。そして、最近の記事も以前の記事からも感じられることは君がジャーナリストの正義とは対極にいるってことだ」

「……も、申し訳ない。もうその辺で」

これ以上聞くには自分の心が持たない。むしろ、文部和馬と言う大人物に自分の記事が読まれ分析られていると言う事実を受け止めること自体今は困難を極めた。

「……まあもう着いたし、若者いびりもこれぐらいにするか。会わせたい奴がいる」

停船し、和馬は早々に歩き始めた。黙って後をついていきながら、頭の中では疑問符が占領していた。

会わせたい奴ってなのは誰なんだろうか。何で俺なんかに。考えれば考えるほどわからなくなっていったが、一つハッキリしていることは、この出来事こそが人生のターニングポイントということだ。

「あっ、そうだ。君の記事に読者として意見を返そう。梅林は何で世界滅亡の道筋を示さなかったのか」

松田は思わず唾を飲み込んだ。

「な、なんでだと思いますか?」

和馬はニヤリと笑った。


希望さ、絶望じゃなく希望を持ってたからさ。






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