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松田将太

 二○三五年一○月五日、都内の某アパートにて首つり死体を発見。遺体は死後一週間経過しておりすでに腐食が進行していた。DNA鑑定より死体は梅林源一と断定。遺体に抵抗の跡がない事から死因は自殺と断定された――

 愛知県名古屋西区、松田将太は先輩である磐田とニュースを見ながら昼食を食べていた。

「梅林源一、死んだかぁ。そりゃあんだけ追いつめられたらなぁ。マスコミもえげつないことしますねぇ」

「お前も俺もそのマスコミの一員だろ、仕事だ仕方ないさ」

磐田はそう言いながらかつ丼をガツガツ喰らい始める。

「でも……梅林の功績考えたらどの面下げて仕事すりゃあいいのか」

松田が大きくため息をついた。

 十年前に天才地質学者として彗星のごとく現れたのが梅林と言う男だった。地震のメカニズム解明論文を発表し、十年間に起きた震度六以上の地震の日にちを梅林は全て的中させ、大勢の人々を救った。また、物理の世界でも、化学の世界でも多大な功績を為し続け『現代のレオナルド・ダヴィンチ』と評された。世界中が梅林を称賛し、ノーベル賞を始め、様々な栄光が梅林の下へ舞い込んでいた。

「マスコミのせいだけじゃないぞ、梅林も浅はかだったのさ。あんな事を発言すれば世界がどんな影響になるのか少し考えればわかっただろ」

梅林はノーベル賞受賞時、世界に衝撃的な発表を行った。

人類が四七年六ヶ月で滅亡する

誰もが鼻で笑うであろうその妄言じみた論文は、世界中の人々を震撼させた。それもひとえにこの論文を発表するまでの梅林の功績が凄まじいものだったからだ。

 論文を信じる者、信じない者、様々な反応があった。余命宣告を受けた病理患者のように。とりわけ多く存在したのは梅林への非難、否定、誹謗中傷だった。そして、それらの批判がやがて行動に示されるのは長くは掛からなかった。キッカケは教授が世界を養護するように梅林論文の否定論文を発表したことだった。そして、あらゆるメディアが自身の利権を確保すべくそれを支持し梅林を詐欺師と呼び、市民団体は詐欺師を断ずべしと嫌がらせを続けた。

やがて梅林は帝都大学教授を解任され、職を追われた。住居を市民団体に壊されれホテル暮らしを転々とするようになった。

「でも、あの――何だかって教授が出した否定論文、アレって結局梅林のが正しかったんですよね? 磐田さん、いま世間で流行ってる話題、知ってます? 政府もメディアも情報封鎖かけてますけど、やっぱり梅林っすよ」

そう言いながら松田将太は少し遅れて出てきたざるそばをすする始めた。

「お前は新人だから知らんだろうが、雑誌社は雑誌社のタブーってもんがあるもんだ」

「磐田さん……新人ってのは無いでしょ」

松田は振り向いてため息をついた。今年で創刊百年になる雑誌社である維新社に入社し、今年で三年目になった。一通り社会の洗礼も、酸いも甘いも味わって来たと言う想いはある。

「あのな、十年以下はまだ新人なんだよ! それに性懲りも無く梅林源一になんぞ手を出すなんてお前新人どころかど素人の阿呆だ。お前は維新社を潰す気か?」

その磐田の物言いは脅しじゃなかった。日本だけじゃない。アメリカ合衆国、ロシア、中国、EU、世界中のあらゆるメディアが滅亡レポートの情報公開を禁じている。

 理由は一重に世界の混乱を避けるためだ。発表された当時は、四十年前に起きたリーマンショックの倍以上の経済混乱が起きたと推定されている。梅林の死以降、滅亡レポートを取り上げたメディアが半年存続できた例は無い。全てのメディアが何らかの理由で廃刊に追い込まれていた。維新のような弱小雑誌社など、一ヶ月も経たぬうちに廃刊されてしまうだろう。

「……出す気は無いっすよ。あくまで俺は一般論を言ってるだけっす」

不機嫌にソッポを向いて麦茶を飲み干す。

 自身の無力さも、マスコミのこと無かれ主義も、この三年間嫌ってほど味わってきた。ジャーナリズムなんてもんは糞にもなりゃしないってことが。

「仕事しろ仕事。何故かお前指名の大仕事があるんだよ」

そう言って磐田は机の上に一枚の紙を叩きつけた。

「どうせどこぞのアイドルと俳優の張り込みとかでしょ?」

「大和共和国への取材だ」

磐田からのその言葉で松田の手が止まった。紙を見ると、確かに大和共和国への船のチケットだった。そして、同封されていた案内状には紛れも無く大和共和国の刻印が押されていた。

「嘘でしょ? なんでウチみたいな弱小雑誌社が大和共和国から取材のオファーが来るんですか」

「それだけじゃねえ、お前ご指名なんだと」

「お、俺! なんで?」

最近、松田が記者として発表したのは三流アイドルと二流俳優の離婚報道、後にも先にもそんな仕事しかした覚えがない。

「とにかく行って来い、記者として箔つけたいんだろ? これを逃したら次チャンスが巡って来るのは二十年後か――」

「って来ます――!」

松田は五百円を机に置いて慌ただしく靴を履き始めたが、ふと脳裏に忘れていたことを思い出し、動きが一瞬止まった。

「おい、何やってんだ! 早く行け」

「わかってますって、行きますよ今すぐに」

そう愛想よく笑いながら再び店を飛び出した。

 外に出て満足そうに空を見た。

間違いない、大和共和国は俺の記事を読んだんだ。梅林源一に関するゲリラ記事を。



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