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文部忠士


 昼食を高坂専務と取る約束をしていた。電車で行く予定だったが、すでにタクシーが大学前に用意されていた。

豪華豪華な食事だった。

んもー、あんまり食べすぎると太っちゃうんだけどなとは思いつつも、綺麗に平らげる。

「そうか……犯罪者を宇宙にね。中々大胆な考えをする男だ」

高坂は麗が聞いた染谷の話を興味深そうに聞いていた。そして、この高坂と言う男はそれを決して倫理観の問題では非難しなかった。

「確かに費用と言う点に置いて、安全精度を九十九%を百%に高める努力と言うのは莫大な費用が掛かる。逆に言えば、九十%の精度の物なら、比較的安価で作れる。まあ、粗悪品と言えば聞こえは悪いが。そして、片道切符と言うことは帰還用の脱出装置、余分な燃料を乗せなくてもいいと言う事だ。それだけでも少なくとも二分の費用削減になるだろう」

「じゃあ――」

「そんな簡単な話でもないさ。仮に金の問題はクリアしたとしても囚人を宇宙にあげると言う話自体、無理がある。国家の指導者がそれを許さんさ」

それについては一案がある。と言うより、麗にしかできない事のような気がしていた。

「……ところで嬢ちゃん、ボンの婚約者になろうってんなら相応のテーブルマナーなんかも学ばなくちゃあ駄目だぞ」

どこぞの海賊のように肉を頬張っている麗に高坂がもの申す。

「おうふひゃあひひへふは?」

自分的には『どうすればいいですか』と言ったつもりだ。

 高坂は大きくため息をついて携帯で電話を掛けた。

            ・

            ・

            ・

「……なんで、君がまだここにいるの?」

と鳴宮が目玉焼きの半熟の黄身だけをスプーンですくいながら冷たく言い放ってきた。

「あはは、高坂さんが紹介してくれたの。鳴宮君の婚約者足る者、淑女の嗜みは必要不可欠だからって。で、渋沢さんに相談したらしばらくここに住んで勉強したらって。で――」

「で――じゃないんだよ! 全く本末転倒だろう! いいか、まだ僕は君を婚約者にするなんて一言も言ってないんだよ。いや、寧ろ言ったよね? いやだって」

凄い剣幕をして鳴宮が近づいてきたので思わずのけぞる。

 確かに本末転倒な気もするが、麗本人に打開策などある訳は無かったのでそこは素直に従った次第だ。とにかく、熾烈であろうことが予想される鳴宮の婚約者と言う座を射止めなくてはいけないのだ。そこにはもちろん当人の意志も必要だがもっと重要なのは周囲の評価だ。麗が望むのは財閥富豪の嫁という立場ではなく、無尽蔵の如き財を自分の望むべき方向に持って行くことだと考えている。そのためには主に対外的に鳴宮の正統な婚約者だと認めさせなくてはいけない。

「……兎にも角にもテーブルマナーからですね」

執事の渋沢が大きくため息をついた。

「みんなも何ですんなり受け入れてるんだよ、こんな非常識な子が三門家になるんだよ? みんなはいいの?」

鳴宮の問いかけに、兄の真成と忠士は無視。

「まあ、にぎやかでいいんじゃないか?」

と叔父である正志は苦笑いで答えた。

 うわっ、冷めた家族だこと。

 そんなことを思いながらパンを口に運ぼうとすると、ピシャリと手を叩かれた。

「ちぎって食べるんです」

どっちでもいいでしょそんなこと、と思ったが敢えて口に出すことはしなかった。大和共和国(主に文部家)では、マナーに関してはうるさくなかった。まずそうに食っていたら蹴りが跳んできたが。

「野蛮な国家の品格が知れるな。その点では鳴宮に同情するよ」

そうせせら笑ってきたのは次男の忠士だった。

 あ、なんだこら、ああ?

「あの、兄さん言いすぎじゃ――」と鳴宮が言い終わる前に、すでに麗の口が放っていた。

「なんかそっちが嫌みたいになってますけど、あんたみたいな奴とのお見合いだったらこっちから願い下げだから」

「な、何だと?」

「ああら、聞こえなかったかしら? この前の鳴宮君との件もそうだけど、さぞ普段からの態度が横柄なんでしょうね。器量が知れてるわ」

忠士のスプーンを持つ手が震えているのは、恐らく怒っているのだろう。

 嫌いな奴が怒っているのは、見ていて非常に気持ちがいいものだ。

「……いいだろう。君に実力の違いを見せてあげよう。どこぞの馬骨と超一流になるべくして育てられた人間の差を」

上等じゃないか、どこぞの馬の骨の力、たっぷり拝ませて差し上げるわ。

 特別なことは何も無い。麗にとっては、全ての勝負が命懸けだったのだから。

 柔道場には冷房の心地良い風が吹いていた。周りを取り囲んでいた執事もボディガードも外して貰った。決して二人きりになりたかった訳じゃない。デコボコの刑に処するには外野がいるとまずい。

 相手の三門忠士は柔道着に着替え、準備運動をしていた。

「お前に敗北を教える前に、一つだけお願いがあるんだけどいいかな?」

「ん? 何」

「俺が勝ったら、消えろ。金輪際お前に逢いたくない」

「……いいよ、消えてあげる。勝ったらだけどね。で、あたしが勝ったら?」

「えっ」

「はぁ、当然でしょ? 世の中、何かを賭ける時は、リスクを負わなきゃ駄目なのよ。お分かり、お坊ちゃま君?」

「……そうだな、何がいい? 何でも望みを叶えてやるぞ」

まぁー、なんて傲慢なお坊ちゃまだこと。

「何でもって……嘘つき」

「無礼者! 俺は生まれてから、一回も嘘をついたことが無い。嘘をつく奴は最低だと父から教わったからな」

その発言がすでに嘘だと、なぜ気づかないのか。

「えーっ、でも何でもって言っておいて本当は何でもじゃないんでしょ?」

「しつこい! 超一流の人間は嘘はつかない、そういうものだ」

「わかった、そんなに言うんだったら。じゃあ、あたしの願い事言うね」

「最初からそう言えばいいんだよ。まあ、俺が勝つんだからそんな願い事はどうでも――」


一生あたしの奴隷となって、永遠に願いを叶え続けなさい


「えっ……」

「聞こえなかった? もう一回言うね。一生あたしの奴隷となって――」

「き、貴様――正気か!」

「な、何よ。だから言ったじゃない。『何でも』って簡単に口にするなって」

「そう言う問題か! 俺が言及してるのは貴様の品性の問題だ」

こんな奴に品性をとやかく言われる理由は無いが。

「はぁー、結局どうするの? 賭けるの、逃げるの?」

「賭けるに決まっている!」

そう叫んで開始線に立つ忠士。

 その時すでに、麗と忠士の感覚に違いがあった。忠士の考える強さ、すなわち金メダリストだ。強さに尺度が存在し、より高いパフォーマンスをする者を強いと見なす。

 しかし、麗の考えている強さとは全く異なるモノだった。

「ルール、決めよう。柔道、ボクシング、テコンドー? それとも何でもあり? どれにするの」

相手に選択させるように見えて、限定する。柔道は麗の十八番だ。ボクシング、テコンドーは忠士が習得していない格闘技だ。『何でもあり』これを選べば、こちらのものだ。

「面倒臭い、『何でもあり』でいいよ」

ここでの余裕は何の意味も為していない。互いの実力がわからないのに見せる余裕は慢心だ。

「わかった、じゃあやろうか」

敢えて細かいルールを設けずに構える。ここでのルールは『何でもあり』。しかし、その認識については大きく異なっていた。忠士の『何でもあり』、それすなわちボクシング、空手、柔道、どんな格闘技でもよいと言う解釈なのだろう。麗の『何でもあり』、すなわち金的、目つぶし、文字通り何をやってもいいと言う解釈なのだ。

 もちろん、開始の合図なんてものも無い。

「あっ、ちょっと待って」

そう言って忠士の構えを解いた。

「何だよ、早く始めようじゃ――」

「じゃあ、開始ね」

敢えて宣告してルール上問題ない事を認識させる。しかし、すでにもう右手は相手の左手を取り上げて、関節を捻っていた。すでに絡め捕られている手を解くのに必死で、

 股ががら空きだぞ、この野郎。

 武士の情けで潰すのは勘弁してやったが、悶絶して動けない程度に蹴った。

 最後にスリーパーホールドをがっちり決めて終了。

 口ほどにも無い。一言も発せずに終了か。


 負け惜しみを言われても困るので両手足を縛り、額に『肉』って書いた。

 更に十分ぐらい経ってやっと目を覚ました。

「き、貴様――卑怯だぞ」

「あれ、何でもありって言ったわよね? 卑怯なんて勿論ありでしょ」

そう言ったら忠士は口をつぐんだ。

「忠士君、君は今日からアラジンの魔法のランプ、シンデレラの魔法使い、マッチ売りの少女のマッチ。そこんとこよろしく」

歯ぎしりする声が聞こえる。あー幸せ。

 縄をほどいてやっている時、忠士が涙目になってて大いに胸がスーッとした。

 柔道場を出ると、執事たちとボディガード、そして鳴宮が目の前に立っていた。みんな、鳴宮の額に興味津々だ。当の本人が気づいていない所が面白い。


 あー、なんだこれはー!


 トイレで響く忠士の叫び。

 とにかく、未来の義兄が奴隷になった。



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