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文部麗0


 その日、文部麗は河原で横たわっていた。

決して寝ているのではなく、力尽きて起き上がれない状態だった。

 まだ薄暗い早朝の中、すでにランニング一〇キロ、腹筋腕立て背筋を各三○○回、五○メートル全力ダッシュを五○回こなした上でのつかの間の休憩。

 大和共和国陸軍士官学校では、三時を朝と呼ぶ。

 起床の鐘が鳴り、すぐに外へ出てランニングが開始される。当然真冬は何も見えないのだが、上級生ともなればもはや身体がコースを覚えている。下級生は彼らの後に続き、その身体にコースを刻む。

 一〇分の休憩で得た力を強引に奮い立たせ、麗は何とか起き上がった。寝転がったままでは恐らく凍死してしまうし、それを助けてくれる上官もここには存在しない。

 この時、札幌の街は氷点下になっているが、その事に不平不満は出ない。そんな事を一度口にすれば、上級生の班長から鉄拳制裁を喰らうからだ。

 身体をふらつかせながら校舎に入り歩いていると、奥から天祥理子が欠伸をしながら立っていた。

「おはよ、相変わらず朝早いわね」

決して悪意は無いのだが、その呑気な顔を思わずつねってやる。

「いっいひゃひゃひゃ……あいふんのよ」

そのいかにも女の子的な痛がりように同性であるはずの麗も思わず舌打ちする。

「くっそぉ、同じ女なのにこうも違うかぁ。不公平っ、全く神さま不公平」

そう呟くと、理子はまたしても可愛らしく麗のおでこをツンとこづいた。

「何言ってんのよ、あんたの方が顔もスタイルもいいんだから」

「はいはい、気休めは良子ちゃん。だったら何であたしは男子にモテない訳っ?」

「……そう言う親父ギャグ言うとこ。男勝りで女っ気ゼロなとこ」

理子の発言がいちいち心に刺さった。可愛い割に意外と的を得て毒舌なのだ。

「――と言うか男より強いとこ。まあ先月WWCで世界一獲ったのが何よりもまずかったわね」

そう駄目押しを刺され、なおさら麗は肩を落とした。

WWCワールド・ワー・クラシック。銃撃、肉弾戦、なんでもアリ。各国が精鋭を結集し行われる大会で、四年に一度開催される。もちろん銃はゴム弾で殺傷性は無いが、人体感知センサーが至る所にあり、ゴム弾が当たった箇所に応じ、どの程度の外傷に応じ身体を落とす機能がある。そして、外傷が致死に至ると判断されれば気絶し、失格となる。

麗は大和共和国の二○歳以下の代表として選出され、優勝候補のアメリカ、ロシアを悉く撃破し優勝した。

ロシアの屈強な男に馬乗りで気絶するまで殴り続けた姿がMVP映像として世界に何度も発信された。

「あ、あれは仕方なかったのよ。弾数には限りがあるから減らせる時に減らさないと――」

「いや、男子もあの映像見せられたら誰も近づかないよー。男子が陰でなんて呼んでるか知ってる? バーサーカーよ、バーサーカー」

満面の笑みで麗の肩を叩く理子をキッと睨みつけた。

「あたしは戦うのが仕事なの、職務を全うしたにすぎないのあたしは」

「はいはい偉い偉い。どうせ私はしがない後方支援ですよー」

とまたしても麗の主張をサラリと躱される。

陸軍士官学校で主に女子が在学しているのは理子の通うIT科、つまり後方支援が主な科目になっている。麗は防衛化、文字通り武芸百般を取り扱うべく育てられた兵隊だ。

「で、あたしがいなかった間、何か変わった事あった?」

WWCで一ヶ月以上不在だった上に、肋骨とアバラ、腕の骨が折れて更に一ヶ月入院し気合計二ヶ月不在にしていた。せめてどんな話題で盛り上がってるかだけでも知らなくては完全にみんなから置いてきぼりだ。

「そーねー、女子の間じゃ、やっぱし三門家の後継者選びかな」

「なーんだ、まだその話題で盛り上がってんの? 違う国の話じゃない」

かつて北海道と呼ばれた大和共和国が日本から独立したのは三十年以上も前の話だ。その日本の三門グループは世界売上高第二位の超巨大財閥だ。そして、つい三ヶ月前に当主の三門哲也が死去した。元々長男の正志が相続するはずだったが、遺された遺言状が完全にそれを覆し、三男の鳴宮が莫大な遺産を相続することになった。それで、一週間後に行われる婚約者選びは『現代のシンデレラ選び』と評されるほど世間の話題になっている。

「やっぱし女の子としては憧れよねー。陸軍士官学校みたいな男臭い所にいると、鳴宮様みたいな中世的な顔立ちが気にかかる訳よ女の子は」

プライバシーも何もあったものじゃ無いが、三門家の家族は全員写真が世界に公開されている。そして彼らの写真や情報は理子のような無邪気なIT女から駄々漏れしている。

「でも、あの日本嫌いのおじいが許すかしら」

麗の祖父であり国家元首である文部和馬の日本嫌いは世界に広く知れ渡っている。

「えっ、あんた知らないの?」

「何が?」

そう聞き返すと理子は心底意外そうな顔をした。

「国家で募集し始めたのよ、他ならぬあんたのおじいが」

麗は耳を疑った。

 文部和馬と言う男の日本嫌いは根深い。

中華人民共和国、北朝鮮民主主義人民共和国の侵略を受けた時、あっさり日本は北海道を放棄した。

 出身であった以前の北海道旭川市、今は激しい空爆に晒せれて、もう跡形も無い。和馬の父も母も、祖父も祖母も、弟も妹も、そして妻の玲子も、もう跡形も無い。唯一、玲子がお腹に抱えながら守った娘である香子のために、和馬は死にもの狂いで抵抗し、脅威を退け、大和共和国を建国した。

 鬼畜日本万歳大和、酔うと和馬はそう口にした。

 そんな和馬が日本の財閥御曹司と結婚を許すはずなどない。

「何かの間違いじゃない?」

「もうそんな段階じゃないって。公募も始まってすでに二万通。ほらっ、これ」

そう言って、理子は履歴書と応募要項をかざした。そこには確かに大和共和国の刻印がされていた。これは国家元首である和馬しか持たぬ刻印で偽造など出来ない。

「何考えてんの、あのじじいは」

「さあねぇ、まあ和おじいの事だから何か考えはあるんだろうけど」

「ちなみに理子、あんたは? まさか応募したとかじゃないでしょうね」

「……」

おいおい、理子ちゃん何黙ってんの。

「約束したよね、『あたしは大和共和国を守る立派な兵士に、あんたはあたしを支援するプロのコーディネーターになる』って、あんたまさか――」

そう言い掛けた時、理子が猛然とダッシュして逃げ出した。追いかけようにもすでに足がクタクタでもはや動くことすらままならない。

 ただ、茫然とその光景を見守った。女の友情の儚さを感じながら。



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