三門鳴宮4
三門邸があまりに広すぎて、時々どこに向かっているかもわからなくなる時があったが鳴宮にとってそれは余り困る事では無かった。入口と自分の部屋、それに庭園までの道さえわかっていれば後は適当に渋沢の後をついて歩けばいい。
渋沢に案内された一室は、先ほどのパーティー会場に劣らないほど豪華絢爛な美術品、装飾品に溢れていた。
「……まだ相手の方はいらっしゃっていないようですね」
そう渋沢が呟きながら使い古したメモ帳に嬲り書きする。減点でもしているのかと思うと、少しだけおかしかった。
「はぁ……はぁ……ごめんなさいっ!」
そう言いながらせわしなく一人の女の子が入ってきた。モデルのようにスラッとした体形、パッチリとした瞳が印象的な子だった。十五歳とは聞いていたが、パーティーなどで紹介される両家淑女たちなんかよりもずっと幼い感じに見えた。
「ようこそいらっしゃいました、文部麗様。こちらが三門財閥の次期当主鳴宮様です」
渋沢が満面の笑みで紹介をしたので、申し訳程度にお辞儀をした。
「初めまして! 文部麗です」
ハキハキとしたよく通る声が部屋中を響かせ、鳴宮は思わず耳を塞ぎそうになった。これまで出会った人の中で一番頭に響く声だった。声量、兄の忠士の方が大きいのだが、滑舌と声質が悪く身体の表面でしか届かない一方、麗の声は身体の奥に入って来るような声だった。
「素晴らしいご挨拶ですな。では、私は席を外させて頂きますんので後はお若い二人で」
そう言って席を外そうとする渋沢を慌てて鳴宮が制止し、麗には聞こえないほどの小さな声で渋沢に耳打ちする。
「ちょっと待てよ! いきなり初対面で二人にさせられて何話せって言うんだよ!」
「今更何を言ってるのですか? 女性と話したことなんて一度や二度じゃないでしょう」
そう満面の笑みで去って行く渋沢。
残しやがった。初対面見知らぬ男女二人を。あのジジイ。
考えて見れば自分と同性代の女の子と話すことは多くあったが、それこそパーティーのような社交場であったりして女の子が進んで会話をリードしてくれていたように思う。こうして二人きりになる場面など無かったし、まさか逃げることなどもできない。
鳴宮がチラッと麗の方を見ると、あちらも案の上気まずそうな顔をしていた。
「あの、君は大和共和国出身なんだよね?」
会話の糸口を何とか見出そうとして吐いた言葉だったが、会話の糸口にはなったのか嬉しそうに麗が頷いた。
「うん。そうなの。鳴宮君は大和共和国についてどんな印象を持ってる?」
うーん、タメ口かぁ。
質問よりそんなことの方が妙に気になるところであったが、今はこの会話の火を消さないように試みた。
「ええっと……秘密主義」
思ったままの答えを吐いた瞬間に訪れる静寂。
しょうがねーじゃねーか、お前んとこの国が何も明かさないんだろーが―。
「うんうん、特に何も知らないんだね。いい国なんだよ、ちょっと寒いけどね」
そう言って麗は笑った。大和共和国出身だからと言って、そんなに変な子では無い事はわかって少し胸を撫で下ろした。
「しっかし大きい屋敷だねぇ。さっき暇だから歩いてたんだけどすっかり迷っちゃったよ」
今度は麗の方から会話を振って来てくれた。
「あの、よかったら案内するけど」
あくまで歩きながらの方が場が繋ぎやすいと判断しての提案だったが、麗は嬉しそうに頷いた。
不思議な子だ、素直にそう思った。
完全に三門家の財産目的なのかと思っていたが、そんな素振りは無い。鳴宮はそう言った輩の素養を見極めることには敏感だった。気を遣われてるのは感じているが、初対面が故の気遣いで決して不快感は無い。
部屋を出て、何となく先導してる風に前を歩く。考えて見れば、こんな風に並んで歩くのは久しぶりだった。
「ねえ、どこに向かってるの?」
「そ、それは着いてからのお楽しみ……かな」




