プロローグ
人事を尽くし天命を待つ。
麗は、ただ目を瞑っていた。
全てを懸けた。自身の人生も、絆も愛も、命すら惜しげも無く懸けた。
麗の想いに集った者も失望し去った者もいた。それでも、振り返らず前に進み続けた。永劫に感じたこともつい昨日の事のように感じたように思いさえする。
「麗、あと三分だ……泣いても笑っても後三分で決着がつく」
鳴宮が隣で呟く。顔色は覚束なく、笑顔は固い。
「きっと上手くいく。が、仮にだ。仮にもしかして万が上手くいかなくても――」
そう鳴宮が続けて逃げ口上を打とうとするのを麗は鋭い眼光で黙らせた。
撃てる手は全て打った。抜かりはあっても後悔は無い。だから、上手くいく。絶対に上手くいく。
「大丈夫、見てて」
そう半ば言い聞かせるように麗は呟いた。
鳴宮はそれ以上何も言わなかった。ただ、隣の手を優しく握り努めて麗に笑って見せた。
世界中のメディアを通して、視線は麗に注がれている。悪意と侮蔑、称賛と応援。様々な思惑と想いが入り乱れる。
麗は再び目を瞑り、事の始まりを想起した。
囚人月追放法。
当時世界中から笑い物にされた法律は今や世界中の人々がその結末を注視していた。
良くも悪くも、麗は世界を熱狂させた。人権論者は狂怒し、政治家はその賛否を激しく論じた。市民団体は激しく衝突した。その法律を誰一人として切望などして無く、倫理と莫大な利権に絡む争い。
でも。そう麗は思う。いつか、みんながわかってくれると。
人が人たる所以は未来を想う力だ。
かつて恩師が、そう言った。そして、それを信じることも人が人たる所以であるとも。やがて来る世界の困難。立ち向かうにはもうこれしか残されていないことに。
とうとう裁定の瞬間が来た。執事の誠吉が重い足取りでこちらへ来た。
麗の鼓動がこれ以上無い程高く波打つ。誠吉が一歩ずつ近づくたびに、それは徐々に高まって行く。
ああ、これだ。この鼓動音だ。恐怖と興奮を感じるこの鼓動こそが麗を突き動かしていたものだと言っていい。
このおかげで、今までひたすらやってこられた気がする。
ああ、これが幸せなのか。