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二十一世紀頼光四天王!

二十一世紀頼光四天王!~人虎、呪われた人里にて。

作者: 正井舞

「うわぁ。」

知り合いのプロファッションモデルである大河彪 (たいがとらい)が仕事で訪れたという廃墟に卜部季武は感嘆した。悪い意味で。虎はめきりと骨を鳴らすとヒトの型に戻った。大河は人虎と呼ばれる妖怪である。

「だろー!ここちょー気持ち悪いじゃんねー!?」

「ちょーとか言わないでくださいっていうか妖怪がそれを言いますか。」

その廃村は廃村と言うには新しく、新興住宅地がそのまま寂れたように、電気メーターは保護カバーを外していたり奥にあるホテルの跡地は廃墟と化していたりするが、マニアにはなかなかの好評らしく、この度大河のグラビア撮影にも使われた。退廃的な神秘をカメラマンは求めたらしい。

「季武!大河ー!」

住宅地は入ってまず三棟、狭い村だが碁盤のように並んでおり、道を挟んでまた三棟、四棟前後で住宅地の形状を成してある。奥地にあるホテルに大型のバス停跡地があり、森林浴にもってこいの舗装を通れば田舎道を半時間通って大通りに出る、廃村となった理由は表向き、ただ単に交通の利便の悪さである。田畑やお年寄り向けの住宅にすれば少しは違ったのかもしれないその家にドアノブは無く、剥がれた壁紙の下にはお札が大量に貼られてあった。

「先輩・・・いえ、綱。何なさってるんです?」

「ネットサーフィンと言う名の情報収集。期待してなかったけどWi-Fi入ってないから遅い・・・。」

電子端末をぱたぱたと弄っている指先は、有名動画サイトに接続されており、イヤホンを使用して綱は音声も拾っている。まあお座り、と季武と大河を応接間であったらしい廃屋の一部屋に招いた。棄てられたといってもまだ生活臭が微妙に残っているのがなんとも不気味である。テーブルにはティセットが崩れて埃に埋まっており、割かれたソファにはナイフが刺さってあったのを綱は抜き、くるくると峰に人差し指を掛けて回した。あぶないです、と大河は商売道具である顔を庇った。

「季武、これ判る?」

「面白半分の肝試しじゃ無いですかね。何も思念は残ってませんし。」

「卜部って、ほーんと心霊現象に対して強すぎるってーか。」

べそべそと床にしゃがみこんだ大河は、中学時代在籍校が同じだった卜部に怪談話でトラウマを刻まれている。人虎がトラウマに怯えるとも情けない話であるが。三人はふと廊下の微かな足音に顔を挙げた。

ぱたぱた、ぱた、ぱたぱたぱた。ぱたっ、ぱた。

それは人見知りの子供が、しかし親の影を探して彷徨うような。さびしい、どこ、おかぁ、さん。微かな声を聞いたのは季武で、おいでください、と合掌した。

「おめーら、うっせぇって貞光が。」

応接間に顔を出して苦笑したのは金時で、太腿の辺りの中空に手を置いた。

「ごめん。あと主に煩いの大河ね。」

「収穫あったか?」

「頼光か貞光には見せときたい。季武は電子機器と相性悪いし。」

季武が触った電子機器は、遅くとも半年で寿命を終える。場所が嵩むので電子書籍にしたいのですが、との切実な願いは今生では解決していない。今も昔も彼は本の虫である。

「あ、報告です。ホテルの方面は大型の龍脈が通ってました。貞光の言ったとおりでしたね。山からは神の道が、この辺りを切り開いたからでしょうね、少し歪になってます。」

報告を言付かった金時は、情報量に何を言うでも無く頷き、ぽんぽんとまた中空を撫ぜるように手を動かし。

「ここで待ってろな。怖いやつはいねーから。」

そう言い置いて一度廊下の向こうに消えた。

「なに?」

おいでなさい、と手のひらを見せた季武は目を細める。なにがいるのー、と嘆い大河は放ったらかしだ。そうですね、たいへんでしたね、つらかったですね、と子供に同意する口調に、まあ待て、と綱が微笑んだ。

「金時が連れて来た。害意があっても季武がなにもさせないさ。」

それに害意があれば鬼斬りが教えてくれる、と肩にかかった菊の御紋のピンズが刺してある帯を綱は愛おしげに辿る。

「綱、やっぱ来てくれって。」

「頼光いるのに?」

すっかり伝令役となっている金時はイヤホンを外した綱の不満そうな声音に苦笑した。妙な場所で一人になっては適わぬと連れ立って歩んだのは二階の寝室であろう、ベッドが二つ、骨組みだけ残してあった。そして不自然に大きな鏡が部屋の中ほどより西寄りに置いてあった。

「うぎっ!?」

奇声を発したのは案の定大河であり、人虎のくせに、と五人は呆れる羽目になる。綱にも見えたと言うからそれは相当で、但し見え方はまちまちだという。一度寝室を出て、廊下にすえた臭いが立ち込めているが、他に場所が無いので仕方ない。

女の顔がある、と頼光と貞光。目がある、とは綱。唇でした、と季武。こいつの母親だった、とは金時で、おどろおどろしい女がいた、というのは大河だった。

「どんな女だった?」

「えっと、着物・・・っていうか、巫女服じゃね、あれ。」

「上が白で赤い袴?俺は漠然と女だった。ありゃ碌な死に方してねぇぜ。」

「そりゃあ、こんなことを続けていたら、ね。」

はい、と嘆息しつつ、綱が傾けたのは電子端末で、肝試しに行った風景を撮影したものだと投稿者はコメントしてあるが、全く同じ映像がもうひとつ、海外にサーバーのある動画サイトに投稿されてあった。こちらは落ちていた撮影器具に入っていた映像だという。信憑性は後者のほうかな、と綱は再生させた。

映像の全貌はこの廃村に入った若者の、三名が入り口のところから録画を起動させ、三十分近くある。三人は全く気付いていないが、子供の声がちょこちょこと入り、女の声も入ってあった。そして試しに何処かの家に入ってみよう、と誰かが言い出し、一軒に入った。玄関、廊下に通って階段を写し、別になにも無い、と出て行ったのだが彼等は気づかなかったらしい。廊下を写した際に映り込んだ、おそらくはキッチンの扉の擦り硝子に女の影に。最後は何かに追われるように、三人は逃げ出している。

その三名が主な肝試し場所として使用したのが、このひと気の全く無いと言っていい彼等の現在地なのである。

「おい、そこの虎うぜぇ。」

途中から頼光と季武を抱き込み画面を見ずに震え上がっている大河のスタイルの良い脚を貞光が蹴り飛ばし、きゃうんと哀れな悲鳴が上がる。

『ぎゃあああああああああああああ!!』

『逃げろ逃げろ逃げろ!逃げろバカ!』

そして直後の端末からの絶叫に腰を抜かし、頼光も季武もモデルの長い脚を椅子の代わりに座り込んだ。

「あー、こいつじゃないな。」

「ええ、元凶は巫女服のほうですよ、多分。」

「ってわけで綱、切っちまえ。」

「剥がしといてよ?俺見えないひとだから、下手したら両方斬っちゃうよ?」

「季武。」

「オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。オン、アロキリャ。ソワカ。どうぞ。」

印を組みながらの何度聞いても魅惑のヒーリングボイスである真言に大河は聞き入ったようで、一閃した鬼斬りの輝きに見惚れた。オッケーです、と季武は柏手を二つ。

「綱、追うよ。」

「待ってってば!俺見えないひと!!」

頼光は強引に大河を立たせると、廊下の突き当たりにあった硝子の無い窓に向かって突き飛ばした。

「うわああああ頼光さまああああああああああああ!?」

そのまま防衛本能とでも言えばいいのか大河はピアスを付けた虎に姿を変え、頼光は綱を引っ張り腕の中に閉じ込める。姫抱きでないだけマシと思おうか、頼光の片手は鏡の欠片を載せた鉄扇から伸びる縁を辿っているのだから仕方が無いが、荷物のように抱えられる屈辱をどうしようかと悩んでいるうちに大河が脚を止めたのは一軒の荒れ放題の家だった。ぱしん、と頼光の鉄扇が閉じる。からりと鏡の欠片は荒れ放題のアスファルトと玄関の飾り煉瓦タイルの上に跳ねた。恭しく延べられた手に綱は立ち上がり、追って来た三人は意図せず変花させられ走らされた大河に労うような視線を寄越した。

「どうしましょうか、貞光さん。あの二人入る気ですよ。」

「三竟。」

「貞光、あなた面倒になってきてるでしょう。・・・弟子某甲盡未来際帰依佛竟帰依法竟帰依僧竟、弟子某甲盡未来際帰依佛竟帰依法竟帰依僧竟、弟子某甲盡未来際帰依佛竟帰依法竟帰依僧竟・・・。」

敷地の外では季武と続いて貞光が結界と作っており、徐々に封じられる外法は弱々しく抵抗した。

「あ、なんかある。」

雑草に形を崩された花壇に目をやった綱に頼光は頷き、パンッ、と鉄扇が祓い、放置されてあった園芸道具で掘り出す。

「・・・うげ。」

その守り袋は埋められて数年も経つというのに綾は美しく、そして何よりも異様で醜悪だった。女だ、と直感した彼はその家の玄関へ。硬く閉ざされた玄関は、貞光が大鎌で崩した。

「地下があるな。守り袋はあと三つある。金時、探しとけ!」

「おー!」

その家の中は長年放置されていたといってもここ十年ほどである。先程までいた家の中とは全く違って、壁は真っ黒で床も苔が生えていた。そのくせ探し当てた地下への入り口は熱風が吹き上がってくるので溜まったものでない。

「はい、頼光サマ、綱、出番だぜー。」

頭を低く好戦的な貞光の声がが促し、綱は鬼斬りの刀を手に、頼光の目を真っ直ぐに見やる。逆袈裟に鉄扇が走る。白刃はそれを信じて袈裟斬りに。返す刃を鉄扇は捉えて、艶やかに脚を運ばせる。不意に熱風が止んだ。禹歩を踏ませて簡易的な結界を用い、一呼吸。

「女がいる。巫女だ。」

「本星は巫女だよね?」

「祭壇があるから壊せ。他のは俺と季武が抑えとく。」

頼光に手を引かれて入った地下には呪詛の綴られた円があり、そこだけ地下空間の中に異様に明るく暗かった。根元まで焼き消えた蝋燭には火が灯り、祭壇として簡易に作られているのを真っ二つに、頼光に言われた通りに斬り潰した。

「あ、熱いのなくなった。」

ぽかんと呟いた綱に頼光は微苦笑し。

「上がりましょう。」

地上に戻って、頼光は何故か貞光から斬り掛かられて刃を返した。なんでやねん!と絶叫したのは温和で冷静殴る意である季武までが同意していた。どういうことなの。

「禹歩は忘れる結界も作れない九字も切れない、般若心経すらうろ覚えのくせに・・・っ!」

全て頼光に導かれるままの綱は頬を掻いて、金時が確認している動画を皆でまた覗き込む。女の影はすっかり消えた。

「子供はどうするの?」

「八幡さんにお縋りすんのも考えたんだがなぁ。」

珍しく嘆息した金時は、心配すんな、とまた中空を撫ぜた。

「ねえ、その子供たちなんなの。ねえ、なんなのかだけ教えてよぉ!」

「え、呪いの中核?」

呪いってなんなの馬鹿じゃん!と喚いた大河に、仕方が無い、と貞光は頼光を伺ったようだ。主が重々しく頷くと、バカでもわかるようにか、と若干遠くを見た。

「この集落は元は新興住宅地だった。神域を侵してる。ここまでは大丈夫か、人虎。」

「ウッス。」

「んで、ここの家の女が呪詛やってた。祭壇もあったからな、かなり本格的だ。」

ありました、と三つ目の守り袋を季武が掘り当てた。

「え、それ。」

「プロの仕業だった。はぐれ巫女つって、金で悪意の呪詛を引き受ける巫女がいんだが、それがえっとー守護霊?前世?どっちだ?」

「前世であり守護霊であり、でしたね。僕の霊視結果は。」

季武の裏取りがあれば安心だ、とばかりに貞光は苦笑した。

「彼女の親も同じような人種で、まあ家系自体もなかなか業が深い。ここで途絶えたようだけど。」

「あー、子供を同じように使ってんのとか。」

こども、と大河が見たのは金時で、彼の周りには少年少女が集まっている。

「なんて言えばいいかね。ナチュラルボーンキラー?そんな感じで呪詛やってたんだよな、あの女。そしたら、あー、新興住宅地だろ?ご近所トラブルとかやっぱあったみてーだな、それ発端で全部滅ぼした?子供は使い魔。ホテルは龍脈との兼ね合いが悪かった。」

「人を呪わば穴二つだからね。廃人同然で亡くなったみたいだ。僕の処理にさせてもらうというからなかなかの悪霊のようだ。」

「あ、鬼の頼光君のお出ましでしたか。・・・ここ、あれですよね、人間が住んではいけない場所ですよ。」

少々のほど季武は言葉を選んだ。へぇ、と感嘆した綱を貞光は遠慮無く殴り、綱は貞光の拳を避けた。季武は安定の遣り取りを生ぬるく彼等を見て、金時は子供の処理に赤司を頼っている。

「渡辺先輩って、見えないん?」

「うん?うん、俺見えないひと。」

「経文も覚えませんね。」

「禹歩くらい剣道でもやんだろが。」

「鼻が利く、とは思う。」

「なんかねー、全部頼りきりなんだよね、頼光と鬼斬りに。貞光は経文も読める大鎌もある、季武は見えるし結界も作れる、金時は見えるし払えるし浄化できる・・・頼光は経文覚えてないけど存在で浄化出来るからー。」

「「世間ではそれをチートと呼ぶ」んです。」

でもこいつの全く覚えねー全部忘れるは一種才能だぜ、と貞光は嘆息し、まあ見えないひとが一人くらいいたほうがおもしろいですよ多分、と季武は真顔だ。守護がしっかりしてっから変なもんくっつかねーしな、と金時は割と冷淡に分析し、困った時は俺にも僕にも頼ればいいさ、と今生では新たな人格を生むほど魂が豊かである頼光は甘やかす。

そんなもんかねぇ、と崩れかけた縁石に腰掛けていた大河は目の前でじゃんけんしている連中から頼光がハブられているのをぼんやりと見て。

「子供はお盆の合わせにまで待ってみようか。」

「心当たりの荼枳尼天でも巡って見ますよ。」

「お、頼む。」

頼光四天王と大仰に掲げて見ても、結局頼り頼られ持ちつ持たれつなのだろう、と虎は考えた。帰宅の背に子供のようにはしゃがれたのは勘弁していただきたかったが。

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