五話目 青年
前回のあらすじ
なるほどなるほど、みんなのワールドはそういうワールドなんですね by隼人
「疲れたぁ…。」
AM地区の裏路地に敷かれたブルーシートの上で隼人が呟いた。
隼人と高嶋は金がなく、バスという移動手段が使えない。
更に、アナザーワールドのバスはオリジナルワールドより運賃が高い。
オリジナルワールドで百円の距離をアナザーワールドで走ると、千円位の運賃になる。
高い。オリジナルワールド出身の人が聞けば、必ずと言っていいほどそう言うだろう。
「歩きで地区を横断するのは大変なの?」
隼人がそう聞くと、フード付きのパジャマに着替えていた高嶋が、隼人を一瞥した。
パジャマは勿論、高嶋が自分のワールドで出した物だ。
「大変。オリジナルワールドで、県を横断するのと同じ。しかも、アナザーワールド、地区、一つ一つ、県より、大きい。だから、尚更大変。」
オリジナルワールドで、県を横断するのと同じことだが、アナザーワールドの地区はひとつひとつがオリジナルワールドの県より大きく、県を横断するより尚更大変。ということらしい。
隼人は溜め息をつくと、ビルとビルの隙間に見える星空を見つめた。
もう一つ、溜め息をつく。
なんで僕はそんな大変な事をしてるんだろう。
よくよく考えれば、自分を殺した人間に従うなんてどうかしてるかもしれない。隼人はそう思った。
実質不死身と言えど、殺された事実は揺るぎない。
だが、ここまで来てしまった以上、隼人に逃げ道は用意されていない。
受け入れるしかないか。隼人は一人で納得をしざるを得なかった。
「来ちゃったなぁ…。」
隼人は空を見ながら呟いた。
高嶋は既に寝ているのか、無反応で呼吸を繰り返し、胸を上下させている。
隼人も、独り言をやめ、眠りについた。
□◇□◇□
「お前、最近買い物帰りの人と仲良いよな。」
一人の青年が真っ白の仮面を着けながら、隣で同じ様に真っ白の仮面を着けた青年に向かって話しかけた。
彼の名前は真中俊。
「前島南美さんっていうんだよ。」
そう言った青年の名前は金山寿人だ。
金山は仮面に取り付けられた二つのレンズの調子を確かめ、小さく頷くと、部屋から出た。
「あ、待てよ!」
真中が部屋の中から慌てつつ部屋から出てくる。
「その前島ちゃんって人結構美人だよな。」
「うるさいぞ、別に俺は美人だからとかそういうので前島さんと喋ってる訳じゃないから。」
金山は真中の頭を軽く叩く。
その後金山達は、部屋の出口から続く長い廊下を通り抜け、建物から出た。
出てきた建築物の屋根のてっぺんには、ひし形のモニュメントが設置されている。
それは金山達が信仰する宗教の象徴だ。
金山達が信仰する宗教。それは、ヒラルカ教だ。
といっても、金山達側のヒラルカ信者は、イレギュラーの味方だ。
イレギュラーと敵対するヒラルカ信者達から、反ヒラルカ信者と呼ばれるヒラルカ信者だ。
反ヒラルカ信者達は、イレギュラーと敵対するヒラルカ信者達を、冒涜者と呼んでいる。
「さて、パトロールいきますかね。」
金山の隣に立っている真中が、自分の頬を叩きながら言った。
パトロール、とは言ったものの、金山達にとってパトロールとはあくまでも建前に過ぎない。
真の目的は、前島南美というイレギュラーに会うことだ。
ヒラルカ信者にとってのパトロールとは、神からの使命、というものだ。
それを蔑ろにし、前島に会おうとする二人は、信仰が足りない。
だが、そもそも成人前にヒラルカ教を信仰すること自体少ない事例であり、仕方無いと言えば仕方無いのだ。
ともあれ、金山達は、いつも前島と遭遇する道を進み始めた。
「まったくよー、あんな美人と仲良くなれるお前が羨ましいよ。」
真中は恨めしそうな声を出した。
顔が仮面に隠れて表情は窺えないが、その声色から、真中が金山に嫉妬してるのは一目瞭然だ。
金山もそれに気付き、軽く溜め息をついた。
「別に、俺と前島さんが付き合ってる訳でも無いんだから、好きならお前もアタックすればいいだろ。」
「いや、俺は本当に好きな人は遠くから見てたい人なんだよ。」
「なんか、お前その内ストーカーとかで捕まりそうだな。」
「うっせ。」
真中との会話を終えた後、金山は正面から歩いてくる前島の存在に気付いた。
前島も、金山達に気づくなり、一瞬殺気を放つかのような目をした後、左腕の黄色い腕章に気付き、安堵の表情を浮かべた。
反ヒラルカ信者達は、皆左腕に黄色い腕章をしている。
これは、イレギュラーが反ヒラルカ信者か、冒涜者かを見極めやすくさせる為の物だ。
腕章が黄色い理由は、イレギュラー達が夜でも見分けやすくするためであると共に、ヒラルカ教の神話で、黄色が正義の色とされているからである。
「前島さん、今日もお買い物ですか?」
最初に話しかけたのは金山の方だった。
金山の目には、前島が持つ、重そうな買い物袋が映っていた。
前島は、金山の声を聞くなり、満面の笑みを浮かべた。
前島は胸の辺りまで買い物袋を持ち上げると、口を開いた。
「カレーにしようと思って、結構買っちゃった。」
前島が笑う。
その笑顔に見とれ、一瞬金山の思考が停止する。
同時に、復帰した思考がこれだ!と叫んだ。
「あ、俺、カレーはちょっと苦手なんであれですけど…もし、今度また買いすぎちゃった時、俺にもご馳走してくださいよ。」
「え?あ、うん。いいよ。」
そういうと、前島ははにかんだ。
金山も、心が満たされ、満足する。
「じゃあ、また今度。」
金山は頭を下げた。
すると、前島も慌てた様子で、金山に頭を下げた。
「あ、はい。じゃあね。」
そう言って、金山達と前島は別れた。
金山は余韻に浸る。
「やっぱうらやましいな。」
ふと、横から真中がそういってきた。
「だからお前も話しかけろって。」
「だからな……」
「あー分かった分かった。」
「分かったか?俺は今幸せってこった。」
「そりゃよかったな。」
「ま、視界にお前が居たのは残念だったけどな。」
「なんだと。」
金山は真中の頭を叩いた。
その後、金山は笑った。
それに釣られて、真中も笑う。
二人の笑い声が、DH地区の片隅に、反響した。
□◇□◇□
隼人が目を覚ますと、ちょうど高嶋がパジャマからパーカー付きの服に着替え終わってるところだった。
隼人は立ち上がり、髪の毛をぐしゃぐしゃとやると、思いきり背伸びをした。
「僕の着替えとかも出せるかな?」
隼人がそう頼むと、高嶋は右手を前に突きだし、虚空から隼人の着替えを生成した。
灰色のTシャツだ。
隼人は今着てるシャツを脱ぎ、高嶋が生成したシャツを着た。
その後、着てた服を元々裏路地にあった青色のゴミ箱に捨てた。
「そういえば、なんで高嶋くんはアナザーワールドの通貨を生成しないの?」
隼人は歩こうとする高嶋の足を止めた。
隼人の質問に対し、高嶋は自分の右手を左手で揉みながら答えた。
「アナザーワールド、通貨、生成、違法。勿論、服、生成も、違法。でも、ばれない。」
高嶋の喋り方だと、言葉の意味が理解しにくいが、通貨には偽通貨防止のために番号がふってあり、能力で通貨生成した際、その番号を再現できないのだ。
反対に、服にも製品番号があるが、それをいちいち調べたりはしないため、生成しても生成したことじたいがバレなければ問題はない。ということだ。
「そういう法律があるって事は、他にも高嶋くんみたいな能力持った人が居るんだね。」
高嶋は小さく頷く。
そして会話を終えた後、高嶋と隼人はブルーシートも青色のゴミ箱に捨て、裏路地から出た。
まだ早朝ということもあり、車が走っているものの、歩道に人はまったく居なかった。
ビルから覗く日光が、隼人の目に刺さる様な刺激を与える。
思わず隼人は右手で日光を遮った。
高嶋も、日光に左手を重ね、日光を遮っていた。
現在の時刻は午前の4時。
それから二人がAM地区の区境線を越えたのは、十五時間後だった。