三話目 高嶋渠音
前回のあらすじ
田辺さんいい人 by隼人
隼人は田辺のイレギュラーに関する説明を聞いた後、倉庫周辺の様子を見に来ていた。
道などはオリジナルワールドと違うが、店の風貌や、その店の用途などはオリジナルワールドと一緒だ。
中には、オリジナルワールドにある店と同じ名前の店もある。パラレルワールドだからだろうか。
隼人が街の中を歩いていると、いくか教会の様な建造物があった。
それがヒラルカ教の教会なのか、はたまた別の宗教の教会なのかは分からなかったが、隼人はそれを避けるようにして街の探索を続けていた。
だが、結局隼人は、周りの目を気にするのが疲れ、路地裏を歩くことにした。
しかし路地裏を歩いていると、自分以外の足音がすることに隼人は気づいた。
隼人はその足音に気づくや否や、急いで後ろを振り返った。
そこにはフードを被った少年が立っていた。
少年、といっても高校生程の背丈はある。
隼人はその人物を見て、安心した。見知った顔だからだ。
「高嶋くんか……。」
隼人は安堵した様子で、その少年の名前を呼んだ。
隼人の前に現れたのは高嶋渠音。イレギュラーだ。
隼人が名前を呼ぶと、高嶋はゆっくりと隼人に近づいた。
「なんで高嶋くんがここに?」
「護衛。」
「護衛?」
「今日、使者探しの日。」
「使者探し?」
高嶋は小さく頷く。
「ヒラルカ信者が、イレギュラー探す日。」
「なるほどね、ヒラルカ信者が街を巡回してるのか…帰った方が良いかな?」
隼人がそう聞くと高嶋は再び小さく頷いた。
その時、高嶋の背後から多数の足音が聞こえてきた。
噂をすれば。五人のヒラルカ信者だ。
「隼人、下がれ。」
五人のヒラルカ信者達がゆっくり近づいて来るなか、高嶋は隼人にそう言った。
その高嶋の手には、いつのまにか鉈が握られている。
高嶋は鉈を握る手に力を込めた。
そして高嶋は走り出す。
それに反応し、曲剣を持った先頭のヒラルカ信者が走り出し、高嶋に向かって曲剣を振り払った。
だがその斬撃の先に、高嶋は居ない。
高嶋はジャンプをして、それをかわしたのだ。
ヒラルカ信者は曲剣を振り払いながら高嶋を見上げる。
高嶋のジャンプの高さが最高地点に達した時、高嶋は真下のヒラルカ信者に向かって鉈を投げ付けた。
投げた鉈の刀身が見上げていたヒラルカ信者の胸元に突き刺さる。
鉈が刺さったヒラルカ信者の服に血が染み、地面に倒れた。
それを合図にするかの様に、倒れたヒラルカ信者の後ろに居た信者が、高嶋に向けて右手を突き出した。
隼人は信者のその行動の意味が一瞬、なんだか分からなかった。
だが、突き出した右手の手のひらに小さな火球があるのをみて理解する。
超能力だ。
高嶋が地面に着地するころには、その火球が信者の手のひら程の大きさになっていた。
そして、その火球が放たれる。
だが、信者と高嶋の間にはコンクリートの壁が出現していた。
火球信者が放った火球はその壁によって進行を阻まれる。
高嶋が左手で壁に触れると壁は消え失せ、逆の右手からは、鉈が出現していた。
そして、高嶋は右手を火球信者に向けて振った。
鉈は火球信者の首もとを切る。
瞬間、火球信者の首もとから鮮血が吹き出す。
火球信者は声にならない声で何かを叫びながら地面に崩れた。
重量のある鉈を振った高嶋の右手は振りきるまで使えない。つまり、隙が生じる。
それを見切った信者二人が時間差で、高嶋に向かって突っ込んだ。
だが信者達は一つ、見落としている。
高嶋の左手は最初に殺した信者の胸元に刺さった鉈の柄を握っていた。
高嶋は右手を振ったことで身体の左側に懸かった重心を、無理矢理逆側にかけると、鉈を引き抜いた勢いのまま、曲剣を握った信者の右手を切り落とした。
信者は怯み、後ろによろめく。
時間差で突っ込んできた信者が曲剣を振りかざす頃には、高嶋の右手は自由になっている。
左手で振った鉈を投げ捨て、重心の移動をより楽にした。
そして、身体の右側にかかった重心を今度は左側に移し、右手の鉈で信者の胸元を突き刺した。
それによってたじろいだ信者は刺さった鉈を己の身体から引き抜こうとする。
だが、それが仇となる。
無我夢中で栓になっていた鉈を引き抜いた信者の胸元から、血がドクドク溢れだす。
そして、信者は鉈を引き抜いた体制のまま、口から血を吐き、地面に倒れた。
最後に、高嶋は左手から鉈を生成し、腕を切断されて怯んだ信者に向けて投げ付けた。
鉈は信者の左胸に突き刺さり、そのまま死に絶えた。
最後の一人は信者四人と高嶋一人による圧倒的な戦闘を見て、戦意を喪失していた。
曲剣を握る手から力が抜けている。ましてや、尻餅すらついている。
高嶋が睨むと、その信者はみっともなく走り出し、路地裏から姿を消した。
たった十秒。高嶋は僅か十秒で信者五人相手に勝利を帰した。
高嶋の圧倒的戦闘センスに隼人は唖然としていた。
そして、高嶋は振り返り、隼人を見た。
「早く帰ろう。」
これだけの戦闘の後でも、高嶋のしゃべり方に変化はなく、いつも通りの抑揚が無いしゃべり方で高嶋はそう言った。
□◇□◇□
高嶋は決して、最初から残忍な人間という訳ではなかった。
今から六年前の冬の事。高嶋にとって十歳の冬の事だ。
当時、高嶋には山中奈都という思い人がいた。
山中は、決して美人と呼べる風貌ではなかったが、それでも明るく、思いやりのある山中は高嶋にとって魅力的な女子だった。
山中はよく高嶋に、「渠音が弟で奈都がお姉ちゃんだね。」などと高嶋の頭を撫でながらそう言っていた。
無論、そう言われても高嶋に文句はなかった。姉弟ほど、近い関係はないからだ。
山中は言葉通り、よく高嶋の家に来ては、家事を手伝ってくれた。
父子家庭だった高嶋を手伝ってくれたのだ。
高嶋の父親は、絵に書いたような駄目親で、そんな二人を尻目に酒ばかりを飲んでいた。
そんなある日、高嶋は授業中に、トイレに行こうと廊下を歩いていた。
すると、山中が居るクラスから、山中の嫌がる声がした。
高嶋は恐る恐る教室を覗く。
山中のクラスは体育だったようで、机の上に、衣服が畳まれていた。
だが、高嶋が見たのはそんなものじゃない。
男子三人に囲まれて衣服を無理矢理剥がされる山中が高嶋の視界を占領した。
高嶋は一瞬の硬直を経て、その男子三人に殴りかかった。
だが、高嶋に男子三人を相手にする力は無く、一方的に殴られた。
高嶋の目には、殴ってくる男子の背後にいる、下着姿の山中だけが映っていた。
山中を助けたい一心で。
しばらくして、喧騒を聞き付けた隣のクラスの先生が駆けつけてきた。
その姿を見るなり、高嶋を殴っていた三人はその手を止め、行儀よく起立した。
その顔は誇らしげだ。
先生は、その三人の顔を見て笑顔で頷いた。
高嶋は意味がわからない。
でも怒られるのはこいつらだ。高嶋はそう思い、肩の力を抜いた。
だがその瞬間、高嶋の身体が先生に持ち上げられた。
そして、殴られた。
先生は高嶋に言った。
「この三人が止めに入らなかったらどうするつもりだった。」と。
山中は先生の発言を否定した。
やってきたのはこの三人で、止めてくれたのは高嶋だ、と。
だが先生は、高嶋が脅してそう言わせてると決め付け、高嶋を殴る力を強めた。
放課後、高嶋のダメ親父が呼ばれ、先生とダメ親父に怒鳴られた。
帰りはダメ親父に何度も何度も殴られた。
その日、部屋で高嶋は泣いた。
家事を手伝いに来ていた山中が慰めてくれた。
そして、ほっぺにキスをされた。
高嶋は気が楽になり、同時に山中が愛おしくなり、山中に思わず告白をした。
山中は戸惑いつつも、はにかみながら、うん、と二文字で返した。
この日が、高嶋の人生で一番喜びを感じた場面だろう。
だが、最悪の日はすぐに訪れた。
山中が自殺していた。
高嶋の部屋で。
山中の血が散乱していた。
首を切られていた。
高嶋は直感した。
自殺なんかじゃないと。
高嶋の机の上に、手紙がおいてあった。
中身は遺書の様な物だった。
高嶋はその字をみて、自殺ではないという考えをはっきりとさせた。
山中の字でない。
かわりに、その字は高嶋にとって見知った字でもあった。
親父の字。
高嶋は下の階にいる親父の元へと階段を急いで降りた。
その手には鋏が握られている。
高嶋は叫びながら、親父に鋏を振りかざした。
高嶋の目に、驚愕する親父の顔が映る。
「なんで!!」
高嶋は叫びながら親父の首を刺した。
この時点で親父は死んでいたかもしれない。
でも、高嶋はやめなかった。
「なんで!!なんで!!奈都なんだ!!このくそ親父!死ね!死ね!!」
高嶋は、まだ刺し続ける。
そして、気が済むまで親父を刺した後、高嶋はその鋏を自分の首もとに突き刺した。
□◇□◇□
隼人は高嶋に見られた時、底知れぬ恐怖を感じた。
感情を殺した目。
美香が田辺の命令で自分を殺した時の目とは比べ物にならない程の、冷たい目。
まるで、高嶋が隼人に人を殺すのが当たり前だと言い聞かせる様な目。
隼人は前を歩く高嶋に無言でついていった。
どうやら高嶋は道を覚えている様で、すぐにアジトの倉庫へとついた。
そして、倉庫に入ると、田辺と美香がソファに座っていた。
小説の更新は、毎週土曜日に更新します。