八話目 ワールド
前回のあらすじ
突然の美香さん by隼人
隼人は啜り泣いていた。
まるで親に怒られた小さい子どもの様に。
それを見て、ヒラルカ信者二人は生唾を飲んだ。
あれほどの重傷を負って、何故彼は何の苦労も無くワールドを発動出来たのか。
何故彼はあれほどの重傷を負って、さも当然かの様に立っていられるのか。
ヒラルカ信者は、この先、自分の身に起こる事態を予期し、身体にひし形を表して祈りを捧げた。
その間も、隼人は泣き続ける。
祈りを捧げ終わった直後、二人のヒラルカ信者は隼人に向かって走り出していた。
瞬間、隼人の泣き声が途端にやむ。
直後、二人のヒラルカ信者は自分の行動が失敗で、何の意味も成さない事を悟る。
その予想は的中する。
さっきまで二十メートル程先にあった筈の隼人の姿が、数十センチまでにも迫っていた。
ヒラルカ信者の手に握られていた鉈が消え去り、代わりに隼人の手に鉈が握られ、ヒラルカ信者の身体に突き刺さした。
「僕を痛める奴等は、皆死んじゃえ。」
隼人がヒラルカ信者の耳元で、言葉とは裏腹に憎しみを感じさせない、まるで感情を無くしてしまったかの様な声で言った。
ヒラルカ信者の腹部から鉈が引き抜かれる。
そして、ヒラルカ信者の腹部から大量の血液が漏れ出す。
隼人は大量の血を失い、痛みに悶え苦しみながら痙攣するヒラルカ信者達を見下ろした。
そして、至極楽しげな表情を浮かべた。
「もしかして、痛かっかな?アハハハごめんね?」
そういうと、隼人はトドメと言わんばかりにヒラルカ信者に鉈を突き刺した。
「隼人。」
不意に、隼人の背後から声がした。
振り向くと、いつもの様にフードを被った少年、高嶋渠音が立っていた。
手には新しい服が既に用意されている。
その顔を見た瞬間、隼人は正気を取り戻す。
とはいえ、隼人は最初から正気だ。
何故なら、目の前に転がる二人分の死体を生み出したのが誰で、どうやったか、隼人自身が自覚しているからだ。
今の隼人に、罪悪感は無い。
「ワールド、よかったな。」
「え、あ、うん。ありがとう。」
隼人が何となく礼を言うと、高嶋が美香達が居る通りの方へと目を向けた。隼人の位置からは見えない。
すると、美香と愛理が路地裏に入ってきた。
「これ、隼人くんがやったの?」
「僕自身と言うべきか……あくまでも僕というべきか……。」
隼人が曖昧な答えを返すと、愛理が顔をしかめた。
「そんなことより隼人、あなたはその傷をどうにかしなさいよ。」
隼人はさっきから痛みを感じていない。
着ている服には確かに血がベットリとついているのだが。
にも関わらず、何故痛みを感じないのか。
隼人が服を捲ると、そこにあったはずの傷がすっかり無くなっていた。
いつの間に。それよりも、何故治っているのだろうか。
「隼人くん、治癒系のワールドだったの?」
「いや、そんな筈は……。」
隼人は信じられないといった様子で右胸まで服を捲し上げた。
しかし、そこにも傷は無い。
擦っても痛くも痒くも無い。
「僕、瞬間移動だと思ったんだけど……。」
「瞬間移動?それなのに傷が治ったの?」
「いままでワールドが二つあったとか、そういう事例って無いのかな?」
「……どうなの?サディスト。」
「見たこと無いわね。」
一応高嶋にも目を向けると、やはり首を横に振った。
「隼人、ワールドはもう使えないの?」
「やってみるよ。」
目を瞑り、集中する。
隼人はさっきの感覚を思い浮かべた。
自分の意識が何かに吸い込まれ、そして思い通りの場所から吸い込まれる感覚を逆再生したような感覚で排出される感覚。
だがワールドは発動しない。
「無理だ……。」
隼人は目を開けた。
位置も景色も変わってない。
「治癒のワールドは?」
「それは感覚が分からなくて……。」
「なら、戦闘中にやった行動とか。」
戦闘中にやった行動といえば、泣く、喋るくらいだ。
あの時は身体に違和感とかは無かった。
瞬間移動の時は意識が落ちる様な感覚が一瞬だけ感じられたが。あれは意識が吸い込まれる感覚だ。
「泣いた位だよ。」
「泣け、とは言えないわね……詳しいことはまた今度にしましょうか。」
そう言うと、愛理は一番に路地裏から去った。
それに続き、美香と高嶋も路地裏から去る。去り際、高嶋が隼人に新しい服を投げ渡した。
隼人も、貰った服を着た後、着いていくように路地裏を去った。
「さて!」
四人が集まるなり手を叩いて注目を集めたのは愛理だ。
「あなた達の言う倉庫とかいう場所に行きましょうか。」
ワールドの存在は認められ、実際にそのワールドも使って戦闘をした。
愛理がついてくる理由は無い筈だ。
「僕はもうワールド発動できたよ?」
「でも、あなた詳しい発動条件は分からないでしょ?」
「え、あ、まぁ……確かに。」
「なら私がついてくる理由は大いにあるわね。」
「そ、うだね。」
隼人は他の二人の様子を見る。
異論は無さそうだ。
「そうだね。」
隼人は中途半端に言ってしまった言葉をちゃんと言い直した。
愛理は力強く頷く。
「行くか。」
高嶋のその一言で、隼人達はSN地区を発った。
□◇□◇□
翌々日。
倉庫に着いたのは夜だった。
美香と高嶋と隼人にとっては五日ぶりの、愛理にとっては四日ぶりとなるシャワーを浴びた後、田辺に隼人のワールドと愛理がここに居る理由について話をした。
ワールドに関して。これはあくまで田辺の予想だが、田辺は隼人のワールドの発動条件は、敵と認識してる人物に傷害行為をされることじゃないか、と言った。
事実、愛理に何回殺されようと発動しなかったワールドが、敵であるヒラルカ信者に攻撃された瞬間、発動したのだから、田辺の予想は恐らく当たってるだろう。
「僕が、もしワールド発動して、今回みたいに人格みたいなものが現れた時の為に名前つけときましょうよ。」
「そうだね、人格と君の区別はつけた方がいいひね。うん、それがいいと思うよ。僕も名前考えとくから君も考えといてよ。」
「そうですね。」
「あ、なんか要望とかあるかい?」
「要望、ですか……いえ、普通の名前でお願いします。」
「わかった。じゃあ、もう夜遅いから寝なよ。」
「はい、おやすみです。」
「うん、おやすみ。」
隼人は田辺とのやり取りを終えると、ソファに横になった。
隼人は何故か人格の存在を何の疑問も抱かず、その存在を認めていた。
理由を考えるほどに、自然と存在を認めている自分が不思議に思えてきた。
そんなことを考えても仕方ないか。ヒステリックにならず、受け止められて面倒くさい事にならなかっただけマシか。隼人はそう自分に言い聞かせた後、眠りにつこうと目を閉じた。
ソファに寝てるのは美香と隼人と愛理だけだ。田辺は自信の精神をワールドの精神世界に送れば何処でも寝れるということで、カーペットの上で寝ている。
他のイレギュラー達は近くに住まいを借りてそこにすんでいる。
因みに、この倉庫は借りてる訳でも買い取った訳でも無く、元々は廃墟だったという。
それを当時の二人が高嶋のワールドと田辺のセンスと、それぞれの能力を生かして今の倉庫を作り上げたのだ。
周りはビルに囲まれ、上空か囲むビルからでないとこの倉庫は見えない。
この周りのビルも実は廃墟である。
「おつかれ。」
ふと、寝ようとする隼人に美香が声をかけてきた。
「ありがとう。そちらこそ。」
「うん。じゃあ、おやすみ。」
「うん、おやすみ。」
隼人は落ち着いた状況での美香とのやり取りに胸がときめいた。
あぁ、そうか忘れていたけど、僕は美香さんが大好きなんだった。隼人はそう思いながら重くなった瞼をゆっくり閉じた。
それから二日後、隼人の人格の名前は名字はそのまま、名前を瞬矢に決まった。




