第4部 正義を忘れた少年へ
-前回のヒロ成!-
雪穂と若菜の微妙なギクシャク関係を解消できた拓也。
その数日後、拓也は若菜を引き連れて学校見学を実施する。
その途中、二人きりになったところを見越した若菜は、拓也に自分の思いを告白をするのだった。
拓也はその思いは自分に向けられたものではないと思い、それでもどこかぎこちない気持ちでいるのだった。
そんな時、拓也と若菜が耳にしたのは、いかつい声とか弱い声と、生々しい打撃音だった。それは見るまでもなく、苛めの現場だった。
一発、二発。生々しい打撃音と共に苦しそうなうめき声が聞こえてくる。場所はここから近い。中庭に人が寄らなくなってから、このようなことは日常茶飯事になってしまっていると言っても過言ではない。むしろ、誰もがこのようなことが行われていることを知っているからこそ中庭に近寄ろうとしないのだろう。僕もそうだった。今日は大丈夫だろうと高を括ったが、どうやら外れだったようだ。
「拓也、誰かが苦しそうに呻いている。助けに行くぞ!」
意気揚々と声の元へ走り出す若菜。彼女の目は先日遊園地で見せた雪穂の眼差しと似ていた。
気づけば僕の手は彼女の腕を掴んでいた。強く、強く。
「拓也……?」
そんな眼差しで僕を見ないでくれ。でも、これが最善なんだ。
「どこの学校にも過激な人がいるように、この神高にもいる。今苛めをしているのは二年の三人組だ。よくここから歩いて行った先にある、体育館裏でカモとなりそうな下級生を捕まえてお金をむしり取ったりしている最低な連中さ……」
僕は俯きながら説明した。とてもじゃないが、彼女の目を見て話すことが出来なかったのだ。
「だから……報復が怖くて助けぬというのか……?」
否定することが出来ない。そう、僕らは怖いのだ。ここで助けてしまえば、次の標的が自分になってしまうということが。
「そうだね、そうなる」
若菜から帰ってきたのは、言葉ではなく、冷たく、彼女の色々な感情が詰まった平手打ちだった。
「失望したぞ……。お前の優しさ、お前の正義はもうここにはないというのか……?」
「正義……?」
正義なんて言葉、久しぶりに聞いた気がする。このご時世にまだそのような言葉を使ってる人がいるなんてね……。
「もしも、お前が本当にあの頃の正義を忘れているというのなら……、私が、この手で、お前の正義を取り戻して見せる! お前の正義を鍛え直してやる!」
若菜は涙に濡れた顔で、そして声でそう宣言すると、為す術もなく無抵抗に殴られている同級生の元へと走って行った。僕にはそれを止めることができなかった。
午後の授業の間、僕も若菜も一切お互いに言葉を交えなかった。ただ時間だけが過ぎ、気がつけばもう放課後となっていた。あの後、若菜は近くにいた先生に状況を説明し、同級生を助けに行ったらしい。上級生達も、さすがに先生は敵に回せないようだ。
「たっくーん。今日私部活だから先に帰っててねー。あ、今日も晩御飯振る舞いにいくから、覚悟しててよー!」
どんな覚悟だよ。
「有難いけど、今日は僕が作ることになってるからさ。雪穂の分も作っといてあげるからよかったら食べにおいでよ」
「ほんと!? やったぁ!」
実に嬉しそうな笑顔を見せてくれる。さて、今日は何を作ろうかな……。
「じゃ、また後でねー!」
去りゆく雪穂に手振って、僕は帰路を歩み出しだ。
正義なんて言葉を聞くのはいつ以来だろうか。小さい頃はテレビを付ければそこに正義のヒーローがいて、僕らもそんなヒーローに憧れていた。名前は……そう、ジャスティスだ。あの頃は皆が皆ジャスティスごっこをやって「正義の名のもとにぃ!」とか言いながら遊んでいたなぁ。今思い返してみれば、それで相手をポカっと一発殴って喧嘩になってしまっていたのだから笑えてくる。
「正義の名のもとに、か……」
帰り道にある歩道橋の上から、下を眺めてみた。下の歩道で小学生くらいの子が仲良く遊んでいる。
「出たなぁ! 怪人! 今日こそはジャスティスが成敗してくれる!」
そっか、まだテレビではジャスティスの続編が続々と放送されているんだっけ。今では若菜と同じくらい有名なんだろうなぁ。
正義なんて最後に口にしたのは、丁度あの子たちくらいのときなのかな……。
「ただいま」
家につくと、お風呂場から愛里がひょこっと顔を出した。
「……おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「……もうすぐお風呂が沸きます。お兄ちゃんのほうが疲れてそうなので先入って下さい」
そんなに顔に疲れ出てしまっているかな……?
「……お兄ちゃんの場合は顔に出やすいんです」
さいですか。だてに長年一緒にいるわけじゃないね。
僕は湯船に浸かりながら今日のことを考えることにした。
今日はあまりにも沢山のことがあってしまったのだ。僕にはそれに対するメンタルが全然備わっていないから、こんなにも疲れを出してしまっているのだろう。
「若菜は、正義が大好きなんだなぁ……」
恐らくファンにも打ち明けられていないであろう事実。まっすぐで、曲がったことが大嫌い。目の前の人を助けてあげたい。そんなところだろうか。
「雪穂と若菜は似た者同士だな……」
遊園地で見せた雪穂の眼差し、苛めを目撃したときの若菜の眼差し。どちらもよく似た眼差しだった。
お湯に顔を沈めぶくぶくと泡を吐きながら、静かに体を沈める。こうすると、なぜか落ち着くのだ。
どうしてこうも、僕の周りには人助けを趣味とするような人が多いのだろうか。そういえば若菜は最後にこう告げていたな……。
『お前の正義を鍛え直してやる!』
鍛え直すなんて言われても、僕はそもそも君たちのように知らない誰かを助けようなんて思わない。君たちはいい人過ぎたんだよ。この世界にはそうも正義感が強い人は必要ないんだ。自分が損をするだけ。それだけなのだ。
「ぷはぁ!」
息が持たなくなってお湯の中から顔を上げる。すこし、覚悟が決まった気がした。
「明日、ちゃんと若菜と話し合おう。そして彼女の言う誰かじゃなくて、僕をしっかり見てもらおう」
お風呂から上がると、家に雪穂の姿があった。
「あれ? 雪穂早いね」
部活やってから帰るのに、こんな時間とは、予想外もいいとこだ。まだご飯の準備もしていない。
「たーっくーん……?」
なんだその禍々しいオーラは。今回俺は何もやってないぞ、なんだというのだ。彼女の背中越しに、時計を見ることが出来た。時針が示していたのは、なんと二十時過ぎであった。
「え、まさか僕お風呂で寝ちゃってた……?」
愛里の顔色を窺うと、彼女もそれなりにご不満のようだ。なにせ自身も疲れているのにお風呂を先に譲ってくれたのだ。そのくせ二時間も浸かられたらそれは確かに不満が募る。
「落ち着けー、雪穂ー? これにはふかーいわけがだなー?」
雪穂を宥めつかせた甲斐あってか、雪穂は上げていた右拳を下げ、代わりにため息一つついた。
「まぁ、それだけ疲れてたなら仕方ないよね。じゃあ今日はやっぱり私がご飯作るよ。愛里ちゃんはその間にお風呂入っててー」
「……分かりました。ありがとうございます」
僕も手伝う。そう言おうとしたのだが、なぜか今はその一言が口から出せなかった。僕が考える以上に、疲労は深かったようだ。
「今晩のごはんはカレーだよ!」
そういって彼女がテーブルに並べたのは、何とも言えぬ食べ物だった。
「ねぇ、雪穂。なにこれ……?」
「何ってカレーだよ! おいしそうっしょ!」
まずそう……とは思わないが、なんだろう。この感じ。
お皿に盛ったにも関わらず続いてる『こぽこぽ』といった音に、気泡。そしてルー全体の赤。カレールー独特のあの茶色さは全く見られず、代わりにとても真っ赤。まるで……
「お皿の上にマグマが流れているようだ……」
「む、何か言った?」
「いえ、何にも」
まるでアニメにしか出てこなそうなものが次元の枠を超え、今こうして目の前に並べられている。これは一体どういうことでしょうか。拷問?
何より不気味なのはこの見た目に反して、匂いが凄く甘いことだ。なんだろう、まるでチョコバナナ?
「確か愛里ちゃんが辛いの苦手だったと思うから甘い味付けにしてあるんだよ! おかわりもあるから沢山食べてね!」
雪穂……、君料理は下手じゃなかったよね? それだけ信じるとするよ……。
スプーンを握った右手がぶるぶると震える。そんなスプーンでカレーをすくうので、すぐに零れてしまいそうだ。しかし頑張って(どうして食べるだけなのに頑張る必要があるのかよくわからないんですけど!)口元まで運んだ。あと少し、あと少しで食べれる! いや、食べたくはないのだけどさ!
雪穂の様子を見てみると、彼女は手を膝に置いて、スプーンも握らず。ずっと僕のことを見ていた。何て性質の悪い。僕はすくったカレーを皿へと戻し、雪穂に抗議することにした。
「人の食べるとこ見てないで食べなよ!」
「いやぁ、味見するの忘れててさ、てへぺろ」
なに人に毒見させてるんだこの人は!
僕が雪穂とやり取りしている間に、愛里はカレーをすくって、じーっと見つめていた。そりゃ誰でもこんな得体のしれないもの見たらそうなるだろ、と思っていたのだが、やがて意を決したかのように、パクっと食べて見せた。
「おぉ! 愛里ちゃん! たっくんと違ってやるねぇ!」
「人の妹を実験道具みたいに扱うんじゃねぇえええええ!」
最初は恐る恐る口に入れていた愛里だったが、一口食べると、目の色を変えて、パクパクと食べるようになった。
「……雪穂さん。これ、おいしいです」
嬉しそうに食べる愛里を見て、雪穂も一口、僕も一口食べてみた。
見た目と匂いがあれほどグロテスクなのにも関わらず、味は意外としっかりしていた。愛里好みに辛味はなく、甘さもしつこくない。それでいて奥深い味がしっかりとある。
「これは確かに美味しい……」
先ほどまでの手の震えが嘘のように、食が進む。見た目が酷くても美味しいものは本当にあるのだな、と感動した。その瞬間だった。
「ごふっ!」
普段聞きなれない声が愛里の口から飛び出し、愛里が椅子を倒しながら床に倒れ伏せた。
「愛里!?」
「愛里ちゃん!?」
僕らが愛里に駆け寄ったときにはもう手遅れだった。まるで計算されていたかのように、それは来たのだ。
この世のものとは思えない、究極の辛さの後味が。
「ごふっ!」
「ぐふっ!」
次に目を覚ましたのは、時計が二十二時を示している頃だった。
翌日、昨晩襲ったカレーによる頭痛などはすっかり治まり、僕らは学校へ向かっていた。
取り敢えず雪穂には当分創作料理をするのをやめるように進言しといた。これは愛里からのお願いでもあった。
「何を間違えたんだろうねー。辛いものなんて何一つ入れてないのにー」
辛い物を一切入れてなくて、辛味が発生したとか最早化学反応な気がするのでやめてください。
教室につくと真っ先に若菜に目が合った。凄く気まずい空気を感じたが、このままではいけない。僕は彼女に話しかけることにした。
「あのさ、若菜……」
あんな醜態を晒した僕の言葉を聞いてくれるか、不安だった。
「ふ、しけた面をしおって。拓也。昨日伝えた通り、今日から正義を鍛え直すために特訓を開始するぞ!」
「……は? えっと、僕の返事は聞かないのですか?」
「貴様に拒否権はない。では放課後から始めるとしよう」
一人で「おー!」とか言いながら手を上げ気合を入れる若菜。どうやら、僕は本当に特訓とやらを受けさせられるらしい。
あまりにも唐突な出来事に、僕の横にいた雪穂は目を丸にし、クラスメイトは一斉に声を上げた。
「「若菜ちゃんと竜崎が個人レッスンーー!?」」
よいこの皆はあとがきから読むのをやめようね!(黙
まぁ、このサイト構造であれば、あとがきから読む人のが少ないと判断しますよ、はい。
-以後ネタバレ含みます-
今回は若菜の名言(?)「お前を鍛え直すー」の回でした。
あれだね、ここまであらすじ通り。
あらすじってどこまで書いたんかなー。この辺で終わりかなー?
じゃあ次週からはあらすじにないストーリーが読んでいただけるわけですね!
今回個人的にお気に入りなのはやっぱり愛里です。
愛里の控え目な性格が個人的に大好きです。
次週も愛里が活躍出来たらいいなー。
では、
まて、次週!