第3部 仲良しこよし
-前回のヒロ成!-
高校生の10月 一年二組に転校生がやってきた。
その人物の名前は「斎藤若菜」
誰もが知る国民的アイドルだ。
若菜はどうやら拓也のことを知っているらしい。
しかし当の本人の拓也は彼女のことは記憶になかったのだった……。
昼食は一階の中庭で食べることになった。普段僕と雪穂は教室内で食べるのだが、今回は斎藤さんのお願いということで、珍しく外で食べることになったのだ。
「青空の下で食事をするというのもいいものだな」
彼女の食事は僕らがお弁当に対し、手作りのハンバーガーだった。実においしそうにハグハグ言いながら食べている。それ比べどうしたのだろう、雪穂の食が全然進んでいない。僕も斎藤さんももう食べ終わる頃なのに、まだ半分も食べていなかった。雪穂は特別ゆっくり食べる方でもなかったはずだ。
「雪穂? 大丈夫? 体調悪い?」
僕の声を聞くや否や、雪穂は上の空な状態から突然我に返り、首を軽く振った。
「あはは、大丈夫大丈夫! ちょっと考え事してただけだから!」
よかった。いつもの雪穂だ。今日は学校来てから調子が悪そうだったから少し気になっていたのだ。
「そっか。それならいいんだ。体調悪いなら言ってよ?」
「うん、ありがとう。たっくん」
いつもの自然な笑顔。我慢している様子も見られない。雪穂はたまに一人で背負い込むくせがあるから少しばかり心配したのだが、そんなこともなさそうだ。
「二人はとても仲が良いのだな。見ていて羨ましい」
僕らの様子を見ていた斎藤さんが一言喋った。明るい発言に聞こえるが、その一言にどことなく憂いを帯びた雰囲気が出ていたのはなぜだろうか。
もしかすると、斎藤さんは国民的アイドルになるために、沢山の普通の生活を捨ててきたのではないだろうか。例えば、こうやって学校に通い、親しい友人と他愛もなく話をする……とか。悲しいことだけど、きっと僕の予想通りなんだろう。だから彼女は、笑っているのに悲しそうなんだ。彼女はこの二か月をどうして高校で過ごそうとしたのか。それは多分、友達がほしかったのかもしれない。 もし、そうだとするならば、僕にできることはたった一つだ。
「斎藤さんもすぐ僕らのように仲良くなれるよ! 短い間だけどよろしく! 斎藤さん!」
これが僕に出来る精一杯だった。それでも気持ちが伝わればいい。
「……そうだね。うん! 仲良くしよう、斎藤さん!」
雪穂も僕の考えを悟ってくれたのか、彼女に優しく接してくれた。
僕らの言葉を受けて、斎藤さんの笑顔から、悲しみが少し、消えた気がする。
「……ありがとう。ならば親しみやすいように、私のことは下の名前で呼んでくれ。私も君らのことをそう呼びたいのだ。拓也、雪穂」
それは、彼女なりの照れ隠しだったのだろうか。
「うん、わかった。よろしく、若菜!」
「よろしくね、若菜ちゃん!」
[五]
僕ら三人が親しみやすいように、ファーストネームで呼び合うようになってから、一日過ぎた。やはり女の子同士だと気が合うようで、雪穂も若菜もよく共にいることを目にするようになった。
二人の姿を遠目に眺めていると、玲人が忍び寄って話しかけてきた。
「あれぇ? 拓也、お前とうとう立花に捨てられたのか? つい先日は若菜ちゃん登場による離婚騒動が勃発していたのに、気づいたらいつもあの子ら二人でいるじゃないか」
なんだその騒動は。
しかしまぁ、面白いものだ。若菜が転校してきた初め、あんなに人懐っこい雪穂が少し若菜に敵意(?)のようなオーラを放っていた。しかし一緒に昼食を取った瞬間からそんなオーラはどこかに吹き飛んで、こうして僕を除け者にして二人仲良く話し合っている。
寂しくないと言ったら嘘になってしまうが、それでも友達のことで悩んでいた若菜がこうして打ち解けているのを見ると、とても安心する。
「ま、女の子は女の子同士仲良くしてるわけだし、男は男同士仲良くしようぜぇ? 実は次の時間、他クラスで体育があってだな……ぐへぐへ」
危ないことに巻き込まれる気がしたので、僕はすぐ玲人のそばから離れて雪穂と若菜の元へ歩いて行った。
「あ、てめ! 拓也! お前ばかり女の子に囲まれるからっていい気になるなよー!」
捨て台詞も吐かれてるけど、まぁ気にしないでおこう。
「おぉ、拓也ではないか」
「たっくん、おっはよー!」
雪穂、もう昼だし、僕らはいつも朝一緒に登校してるではないか。今日初めてあったように言わないでくれ。
「そういえば若菜は学校の中歩き回った?」
僕は思ったことを口にする。
記憶が正しければ、よく若菜と雪穂の二人は二組のクラス前で姿を見る。多分教室移動くらいでしか学校の見学などしていないだろう。この昼休み特にすることもないので、今のうちに学校を紹介してしまおう、というのが僕の作戦だ。
「そうだねー。若菜ちゃんにまだ学校紹介してなかったね」
お、察しが早くて助かるよ、雪穂。
「学校紹介……か。なんだ、拓也が紹介してくれるのか?」
「うん、そのつもり。多分雪穂も一緒にやってくれると……」
少し期待しながら雪穂を見てみると、彼女は少し気まずい笑顔を作っていた。
「本当にごめん! これから弓道部の打ち合わせがあるらしいんだ……」
「あ、そっか。もうすぐ大会だっけ?」
たまに忘れそうになるが、雪穂は弓道部に所属している。我が校に弓道部が出来たのはつい最近(とは言っても一年前)で、空き地にすのこを引いて、的があるべき場所に土を盛って的付けをするというひもじい道場で練習しているのだ。雪穂は「成果が出れば、いつか道場が作られるよ!」と信じて頑張っている。今は部員五名、男子なし。部活であるのに必要最低限な人数で存在する状態にあるようだ。そんな部活の大会打ち合わせなら必死にもなるだろう……。
「分かった。じゃあ僕だけで紹介するよ。若菜もそれでいい?」
「構わない。むしろ紹介して貰えることがありがたいくらいだ」
「ごめんね……。若菜ちゃん」
謝る雪穂の頭をポンポンと叩く若菜。まるで親子みたいだ。
「気にするでない。雪穂はすべきことに専念しろ」
「うん、ありがと!」
雪穂はお礼を述べると、僕らに手を振って弓道部の部室へと向かっていった。
「じゃあまず、この学校にどんな部屋があるかを紹介していこうか。この学校はA棟、B棟、C棟、D棟で区別されてて、D棟が今いるこの教室のあるところ。D棟とC棟は教室で埋まっているんだ。それで二階のA棟とB棟の間に職員室があって……」
取り敢えず全体の説明を先にしてしまおうかと考えたのだが、退屈そうな若菜の顔が目に浮かんだ。
「ごめんごめん。列挙されても分からないよね」
「え、いや、そういうわけでもない」
とはいうものの若菜から苦笑が絶えなかった。これはまずい。こういうときはどうしたらいいのだ。……そうだ、彼女の行きたそうなところを紹介すればいい! 行きたそうなところ行きたそうなところ……!
「音楽室、行ってみる?」
精一杯考えた予想はあたりを引いたようだ。彼女の顔に、明るさが戻った。
「神高の音楽室は二階にあるんだ。C棟とB棟の間だね。ちなみにこの上には視聴覚室がある。音楽室は今……、吹奏楽部が練習してるみたいだね」
美しい音色が聞こえてくる。何の曲を演奏しているのか分からないが、取り敢えずクラシックってわけではなさそうだ。神高の吹奏楽部は県大会で準優勝まで上り詰めたほどの実力らしい。それに見合うだけの音楽を聴かせてくれている。
「素晴らしき音色だな。皆で心を一つに通わせ、そして奏でられる音だからこそ、ここまで美しいのであろう」
若菜は瞳を閉じて、吹奏楽部の奏でる音色を堪能していた。ここに連れてきたのは正解だったようだ。僕もここでしばらくこの音楽を聴いていよう……、と丁度思った瞬間。
「あれ……あれって斎藤若菜じゃない?」
知らぬ声が音楽とまじって聞こえてきた。ふと振り返るとそこにはやはり顔も知らぬ女の子がこちらを指さして立っている。その隣にはその子の友達と思われる女の子がいた。首元の校章の色から、二学年上、三年生の先輩であると分かる。
「あー! やっぱりそうだよ! 本当に神高に転校してきたんだね!」
「サインもらおう! サイン!」
先輩方は若菜の元に走り寄ってきた。不思議なことに後ろから人がわいているように野次馬が集まっていく。
「おおお! 本物の若菜じゃん!」
「握手してよー!」
気が付けば校内の一角でサイン会が行われているかのような人だかりだった。これだけの人がいれば、若菜だってすぐ友達が作れるだろうに……。と思い、若菜の様子を見てみる。彼女が浮かべていた笑顔は二日前に見せた、悲しき笑顔にそっくりだった。
それを認識した瞬間、僕の腕が勝手に伸びていた。彼女の腕を掴み、人込みの中から引っ張り出す。そしてその場から走り出し、人込みの中からから逃げだした。
向かう先は決まっていた。それは二日前に昼食を食べたあの中庭だ。不思議なことに、この学校の生徒は室内で過ごしてばかりで、外に出ようとはしないのだ。ゆえにこの場所は常に誰もいなく、それゆえ人目もなかった。
「ふぅ、ここなら大丈夫。何とか逃げ切れたね……」
久しぶりに走った。最近一切運動という運動をしていなかったが、体力が衰えた様子もなく、安心した。
まぁそれでも僕ら二人花壇そばのベンチに座る結果とはなっているのだが。
「あの、その……ありがとう……」
それは若菜が絞り出した精一杯のお礼だったのかもしれない。若菜は普通だとお礼なんてすぐにいえるのに、今のように顔を真っ赤にしているとお礼の言葉がすぐに出てこないようなのだ。
「どういたしまして。さぁて、再び学校を回ろうか。あまり人目につかないようにしてね」
僕は立ち上がって若菜に手を差し伸べる。しかし若菜は僕の腕を掴まず、首を横に振った。
「いや、今はここでいい。ここにいるほうが幸せだ」
「そっか」
若菜がそれを望むなら、僕もそれに従おう。ということで再びベンチに座る。
「そなたは優しいな。そばにいてとても居心地がいい。暖かい陽だまりのようだ。昔と何も変わらぬ」
あ、まただ。また若菜は僕と誰かを間違えている。
「そうは言われてもね……。僕はその君の思い出の誰かじゃないんだよ。ごめん」
その彼女の思い出の誰かは、とても彼女に信頼されているようだ。少し、ほんの少しだけど、うらやましい。
僕の返答を聞いて、若菜は笑った。初めてあった二日前の悲しい笑顔ではなく、気持ちのまま微笑んだ。そんな感じだ。
「まぁ、それでもよかろう。周囲に人目も見られんし、今のうちに心内を明かしておく。私はな、ずっと、ずっと昔からそなたが好きだったのだ」
……!? 今なんて言った!?
「まぁ、叶わぬ片思いなのだがな。私がこの高校に転校してきたのは、そなたと再び同じ時間を共有したかったからだ」
……。その誰かはこんなに愛されていて、彼女の気持ちを理解できていないのか。思い返してもやはり僕がその誰かの可能性はない。だって、こんなに愛されてて、そしてその相手がこんなにも美しい人なら、その気持ちに気づくなという方が無理があるだろう。
あぁ、なんか悲しくなってきた。
「やっと伝えれた。さて、教室に戻ろう」
若菜は頬を赤らめながら、スタスタと中庭を出て行こうとした。僕は突然のことに動揺を隠しきれていなかった。
ちょうど中庭から出ようとした時だ。
いかつい男の声複数と、か弱い声を絞り出す男の子の声が聞こえてきた。そしてその直後に打撃音。考えるまでもない。苛めだ。
Hey! 突然の告白パート!
驚きのびっくりだろう。
俺も当初の予定とだいぶずれててびっくりだよ!
あ、いないとは思うけどあとがきはネタバレ含みますので注意するのですです。
次の話は最後にフラグたてといた苛めの話です。
どんなお話が待っているのかなー!
では、待て次週!