第2部 転校生、来校
-前回のヒロ成!-
休みなので幼馴染の雪穂に連れられ、遊園地に行った拓也。
妹の愛里や、雪穂に散々振り回される1日となったが、それはそれで充実した一日だった。
しかし、夜になると一人の迷子に遭遇。
見て見ぬフリをしようとした拓也だが、雪穂がそれをよしとせず、代わりに迷子を助けるのだった。
[四]
ゆさゆさ。
心地よいゆすりが僕の体に伝わってくる。
ゆさゆさ。
しかしそれは、眠っている僕からしてみれば非常に迷惑なゆすりだ。
ゆさゆさ、ゆさゆさ。
「あぁ、もう今日は休みだろう……?」
気持ちのいい眠りから覚めて、まず目撃したのは愛らしい妹、愛里……と、幼馴染の雪穂だった。
「……今日は平日です」
「たっくん、遅刻するよー」
……記憶を遡ろう。確か昨日は愛里、雪穂と遊園地に行ったはずだ。そこで色々なものを楽しんで、雪穂が迷子を助けて……。あれは……、そうだ。日曜日だ。つまり、今日は誰もが通る休み明けの登龍門、月曜日の到来か。
「愛里、今何時?」
「まだ七時です。登校時間まで一時間あります」
よかった……。
僕はこれまで遅刻をしたことがない。それは決して僕の生活が正しいわけでもなく、この通り愛里が目覚ましの如くしっかり僕を起こしてくれるおかげだ。
「全くぅ。こうも愛里ちゃんに起こしてもらってばっかりだと怠け癖つくよ!」
はい、おっしゃる通りです。もしかしたらもうついちゃってるかも。
僕は彼女らの視線を浴びながらベッドからゆっくりと起き上った。そして彼女らの瞳をじっくりと見る。
「な、なに?」
動揺を見せる雪穂。そりゃ僕だって多分こうも見つめられたら動揺するだろう。
「雪穂さん、多分部屋から出て行ってほしいのだと思います……」
流石愛里。察しが早い。
「え、ああ! 着替えるのか! ごめんごめん!」
雪穂は状況を把握すると照れ笑いをした。愛里はそんな雪穂の手を握って部屋の外へちょこちょこと扉に向かって歩き出した。扉を開けたところでキョロっとこちらを振り向く。
「朝ごはん、準備しときました……」
「うん、ありがとう」
お礼を言って手を振る。愛里は僕の反応を確認すると再び雪穂を引っ張って下のリビングへ降りていった。その姿だけを見ているとまるで愛里がお姉ちゃんのようだ。
。
朝食を済ませ、いざ学校へ。僕と雪穂の出発十分前に愛里は中学校へ歩いて行った。学校への距離は愛里の通う中学校のほうが遠いのだ。中学校まで徒歩三十分の距離に位置する。それに比べ、僕と雪穂が通う神山学園高等学校、通称神高は僕らの家から歩いて二十分でつく距離なのだ。愛里は僕らに一言「行ってきます」とだけ述べ、学校へ向かっていった。僕らも「行ってらっしゃい」と返事して彼女に手を振った。毎日の変わらぬ一ページだ。
「さぁ、たっくん。私たちも行くよー!」
僕の返事もまたず、家を飛び出す雪穂。いつもこうして雪穂が先に家を飛び出すのだが、たまにこのまま先に行かせたら雪穂はどんな反応をするのだろうと、ちょっとした意地悪を考えてしまう自分がいる。しかし可哀想なので考えるだけで実行したことはない。
「ああ、ちょっと待ってね」
家を出て扉を閉める。鍵をかけて、しっかりかかったか確認……と。よし、大丈夫だ。
「じゃあ行こうか」
神高は山の上に立地している。まだこのあたりが開拓されてない頃に開校され、そこから道路が作られたりと開拓されていったので、今では楽に通えるようになったらしい。ちなみに、神高が設立されてからこの町は開拓されたので、町の名前は『神山町』と名付けられている。
いくら整備されて通いやすくなったと言われても、登校するときに上り坂を通らなくてはいけない。疲れることは変わらなかった。いや、確かに昔の整備されてない道を通るよりは大分いいのだが。
しかし六ヶ月も通うと慣れてくるものだ。通いたての頃はよく雪穂がへばって「もうやだぁ! たっくんおんぶー!」とか言って甘えてきたものだが、今ではそれもなくなった。
と、少し懐かしい記憶に浸って雪穂の姿を見ていると、雪穂が首をかしげて僕の顔を見つめていた。
「んー? 私の顔に何かついてるー?」
とてとてと歩いて僕の前に出て、振り返り後ろ向きに歩く雪穂。
「何でもない。ちょっと四月のことを思い出してただけだよ。気にしないで」
僕は笑みを作って返事したが、それが気に入らなかったのか、雪穂はぷくっと頬を膨らませながら眉をよせ「えーほんとにー?」と言って前を向き直した。そして何故か転んだ。
「あそこで転んだのはたっくんのせいだよ!」
「なんで僕のせいなのか、三十文字以内で説明してください」
一年二組の教室につくとずっとこんな不毛な争いが続いた。そういえば雪穂は幼い頃からすぐこけたなぁ……。それは今も昔も変わらず、というのはある意味貴重なところなのかも。
僕らが喧嘩(?)を続けていると同級生の男子が近づいてきて話しかけてきた。
「お、拓也。今日も朝から夫婦喧嘩か? うらやましい限りだぜ!」
「僕らのこの不毛な争いを見てそんなこと思うのは多分君だけだよ、玲人」
話しかけてきたのは山本玲人。生まれながらの金髪で、顔立ちも悪くないので黙っていればイケメン、と言っても過言ではない。だというのにこの男、超がつくほどの変態なのだ。断言する。その理由は僕の口からはとてもじゃないが説明できない。しかしやがて分かるときが来るだろう。
「マジかぁ? 俺以外にもクラスメイトの半分がそう思ってると思うのだけどなぁ。勘だけど」
つけたし。そして彼は何より勘が大好きだ。
「あ、そんなことよりもだ! 二人とも知ってるか? 今日転校生が来るんだってよ!」
「え、転校生?」
僕は驚きで思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。この学校に転校生とはそれほど珍しいことなのだ。雪穂に至っては声も出ずに目を丸にして口をパクパクしている。
「まぁまだクラスのやつは誰も知らない情報なんだがな。俺偶然に職員室にいたとき聞いちゃったんだよ」
「偶然……ねぇ?」
雪穂が少し声のトーンを低くして喋った。雪穂には何か玲人が職員室にいた理由に思い当たる節があるようだ。
「ぐ、偶然だよ。決して体育前に女子更衣室覗きに行ったことがばれて、職員室に御咎めで行ってきたとかそういう理由じゃねぇからな! な、拓也!」
「は!? 僕に降らないでよ! 僕なんてそんなこと今はじめて聞いた……。雪穂? ねぇちょっと雪穂? 落ち着け! 落ち着くんだ!!」
雪穂の腕にいつになく力が籠っている。顔は黒い影で隠され、錯覚だろうか、不思議と目が赤く怪しく光っているように見える。これが漫画なら背景に『ゴゴゴゴゴゴ!!』とでも書いてあるのだろう。一言でいうと、怖い。
「へぇ、あの時山本君がいたのはなーんとなく気づいてたけど、たっくんもいたんだー? へえー?」
「いやぁ、本当のこというとな。やろうといったの拓也でよ。俺は今回は嫌々やらされたんだよ。信じてくれ、立花」
「あ!? 嘘はやめてよ!」
何言ってんだこの変態は!
「たぁぁっくん……?」
ゴゴゴゴゴゴ(心中補正)
「弁解の余地を! 雪穂! 弁解の余地をぉぉぉぉお」
「問答無用!!」
この後僕こと竜崎拓也は星になったらしい。
「さぁお前ら席につけ。朝のホームルームを始めるぞ」
僕がクラスに戻ってきた頃には先生がすでに教室にいた。チャイムが鳴るのと同時に先生がホームルームを始めると宣言する、いつもの光景。玲人の話が本当なら、今日はこれにプラスして重大発表があるはずだ。クラスメイトはそれを知ってか知らぬか、今日はやけに席につくのが早かった気がする。
「まず重要なお知らせをする」
む、これは……。
「今日からこのクラスに転校生が入ることになった」
クラスがざわめき始める。知らない人のほうが多かったようだ。耳を澄ますと「男の子かな! かっこいい人大歓迎だよ!」と浮ついてる女の子や、「いやいや、女子だろう。しかもとびっきりの美少女! 本当にそうだったら彼女になってほしいな!」と、これまた浮ついてる男の子の声が聞こえてくる
「ほら、お前ら少し黙ってろ。転校生を入れるに入れられないだろ」
先生が皆に注意を促すと、皆転校生への期待で胸がいっぱいのようで、すぐに黙った。
「ふん、普段もこうやってすぐ静かになってくれればいいんだけどな。よし、入ってきていいぞ」
先生の掛け声とともに開く黒板側の扉。誰もが注目するように、僕も、雪穂も、玲人も、ただじっと開いた扉を見つめていた。緊張がひたすら高まっていく。そんな中、皆の視線を独り占めして彼女が現れた。こつこつと足音を鳴らして教卓まで歩き、そして教室を見渡すように僕らの顔を見る。そして彼女は自己紹介を始めた。
「斎藤若菜だ。よろしく頼む」
その自己紹介は必要あったのか。冷静に物事を考えれた人がいれば、そう考えたに違いない。なにせ、今や彼女を知らない人はいないのだから。
「「うううううううううううぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」
クラス全体に響き渡る生徒の声。二組にここまでの一体感が生まれたのは五月の体育祭以来だろうか。
「先生! 若菜さんの席はどこですかあ!」
「若菜さん! ぜひ私の席の隣に! あんた、そこ若菜さんに譲ってよ!」
「若菜さーん! 大ファンです、サインください!」
自らのことで目がくらんだ生徒たちが次々に斎藤さんに話しかけていく。何ともみっともない。
僕とて彼女のことを名前くらいは知っている。しかしアイドルというものにどうしても興味がもてなく、僕はこの状況で唯一省かれている存在となっていた。
「斎藤の席は……そうだった。一番後ろにいる竜崎の隣。あそこに用意させたからあそこに座ってくれ」
「分かりました」
斎藤さんの承諾と共に、クラス中の視線が一斉に僕に向けられた。その視線は先ほどまで彼女に向けられていたものとはうって違い、恨みというか、憎しみというか、そういった負の感情がたっぷりと詰まった妬みのある視線だ。僕の席はクラスの一番後ろで、左端だ。僕の席の左空きスペースに斎藤さんの席が来るとなると僕が彼女の唯一の隣席となる。皆から恨まれるのも必然なのか。
斎藤さんは僕のそばまで歩いてくると、親切なことに僕にお辞儀をして挨拶してきた。
「”久しぶり”竜崎拓也。私はこの時をいくつほど待ち焦がれたことか……。わずかな間だがまた一緒に過ごせることを感謝する」
彼女の一言でまたクラス中がざわめいた。
「なんだとぉ! 若菜ちゃんと竜崎は知り合いだったのか!」
「竜崎! お前覚えてろよー!」
……そんなわけない。何せ、僕自身が一切覚えていないのだ。アイドルが友達にいるのであれば誰であろうと覚えているだろう。こんなに美しいピンク色なロングヘアーで、綺麗に透き通った、まるで湖のような瞳。あぁ、忘れることなんて出来るわけがない。
「ごめん、斎藤さん。君何か勘違いしているよ。僕は君のような美しい人に会ったこともなければ、話す機会を与えてもらったこともない」
僕は素直にその旨を伝えた。すると斎藤さんはどこか悲しげな笑みを浮かべ「そうか」と一言呟いてから自らの席へとついた。
「あー、一つ言い忘れてたが、斎藤はこの学校に二月だけいることになっている。短い間だが、仲良くしてやれ。まぁ、言うまでもないと思うがな」
先生が淡々と言う。
二月か。国民的アイドルともなればこれだけの時間を確保するのはかなり大変なことだったのだろう。少し、彼女の心中が気になった。彼女は一体それだけの時間をなんでこの神高で過ごそうと考えたのだろう。
昼休みになった。今日のお弁当も確か雪穂が作ってくれていたはずだ。確認しよう。
席を離れようとすると後ろから誰かが話しかけてきた。振り向くとその声の主は斎藤さんだった。
「拓也。昼食を一緒にどうか? どうも一人で食べるというのはさみしくてだな……」
顔を赤らめて言われると、こちらとしても恥ずかしくなってくる。
「いいよ。そうだね、斎藤さんと仲良くなれるきっかけにもなるし一緒に食べよう」
断る必要もないので僕は快く承諾した。あの人懐っこい雪穂のことだ。転校生とも仲良くなりたいと思っているだろう。
「雪穂ー。お昼にしようー。僕のお弁当あるー?」
「もっちろーん! 今日も腕によりをかけて作ったよー!」
と、意気揚々とお弁当を渡してくれる雪穂。初めはいつもの笑顔だったのだが、どうしてだろう。斎藤さんの顔を見てから少し顔を引きつらせていた気がした。
今週は超高校級のアイドル(黙)が転校してくるお話です。
こんな感じに毎週火曜日に連載出来たらいいなー。
今週も感想、お待ちしています!
twitterのリプライでもいいですよ!
アカウント名は同じ立花明日夢ですので!