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僕はスキル振りを間違えた  作者: ごぼふ
地雷少年様々な人間と触れ合う
9/58

ボーイミーツボーイと今更のお話

 時間は少し戻る。

 迷宮探索報告書を書き終えたヒラク達は、学園に作られた男子寮へとやってきていた。

 寮は3階立ての新築であり、まだ新しい家屋の独特な臭いが漂っている。

 入り口にいる年輩の事務員に挨拶をした後、ヒラクは自らの部屋となる場所へとノックをして入ったのだが――。


「俺はライオ。ライオ=ルスティン。よろしくな」


 先住民であり、ルームメイトである少年が、明るく自己紹介をする。

 手入れをしていない逆立った髪が、探索者見習いという立場を強く象徴するような少年だ。


「僕はヒラク=ロッテンブリング。こっちが相棒の」


「リスィです。よろしくお願いします」

 

 二段ベッドの下側(少年との協議で決めた)に座ったヒラクは、彼に対して自己紹介を返す。


 続いて名乗ったリスィだが、それを終わらせた途端、彼女はハァっとため息をはいた。


「どうした?」


 妖精を珍しげに眺めながら、ライオが問いかける。

 彼は向かいにある勉強机に腰掛けると、背もたれを跨いでヒラク達の方を向いた。


「いえ、二人っきりじゃないんだなぁと思いまして」


 彼の問いかけに対し、リスィはどこか遠くを見ながらぽつりと呟く。


「え、俺いきなり邪魔って言われてる?」


 彼女の漏らした言葉に驚き、目を見開くライオ。


「あ、いえ違うんです! そうじゃなくてその、今日の夜はちょっとこう、めくるめいちゃうものがあるんじゃないかって期待……覚悟してまして」


 それに対し、リスィは慌てた様子でそう返すと、くねくねと体をうごめかし、更には指をつんつん、火照った頬をひたひたと叩いたりして語り出した。


「ごめん、色々あって今ちょっとロマンティックモードに入ってるんだ」


 彼女の様子に更に目を丸くするライオに、ヒラクは苦笑いをしながらそう説明した。

 リスィは先ほどの夕日の中での誓いを、どうもおかしな風に解釈しており、それから様子がおかしくなっていた。


「はぁ、妖精って色々あるんだな」


「ハハハ……」


 こういった 病気はリスィ特有のものだと思うヒラクだったが、ライオは納得しようとしているようなので曖昧な笑みで流す。


「えーと、ヒラク。ヒラクでいいよな? ヒラクは何組だ?」


「二組だよ、ライオ」


 とにかく話題を変えることにしたらしい。

 自分の名前を連呼するライオに対し、自分も呼び捨てで呼ぶことで了承の返事とするヒラク。


「じゃぁ俺らと一緒でダンジョン入ったんだな。どうだった?」


 するとライオは、探索者学校に入ったものならば誰もが気にするであろう、ダンジョン探索の進捗について尋ねてきた。


 その質問にリスィの顔がさっと曇る。だが彼女はヒラクが背中をちょんと叩くと、はいと力強く頷いてライオに答えた。


「まぁまぁでした!」


「……そんなに力強く言うことかいそれ?」


 教室で誓い合ったリスィとヒラクは、今回のダンジョン探索についてこれ以上悩まないようにと取り決めをしていた。


 それ故のリスィの言葉なのだが、ライオにそれが分かる訳もない。

 彼は怪訝な表情で首を捻る。


「三階の初めまでだね。やっぱりまぁまぁじゃないかな?」


 そんな彼女の言葉を、ヒラクが補足する。魔物を倒す速度は確かに遅かっただろうが、アルフィナのおかげで報酬は潤沢。

 他のパーティーにそうそう後れを取ってる訳ではないだろうと、ヒラクはあたりをつけていた。


「あ、階段下れたのか。うちはその前にギブアップだったわ」


 するとライオは目を丸くし、それからため息を吐いた。


「ギブアップってどういうことですか?」


 ライオの答えはヒラクの自説を補強するものだったが、その中に気になる単語が混じる。

 ヒラクがそれについて尋ねる前に、リスィが首を捻って疑問を発した。


「メンバーが一人、途中で疲れ果てちまって」

 

 それに対し、ライオは苦笑をしながらそう答えた。


「あー、慣れてないとね。魔法使い?」


「あぁ、ライトも兼任だし、ちょっと頼り過ぎちまったな」


 なるほど。ライオの説明に、ヒラクは納得の声をあげた。


 ダンジョン探索は想像以上に過酷なものだ。

 低層の魔物は広間に固まっているし、近づかなければ戦闘にならない。

 しかし例外もいる。それに頭では分かっていても、暗い迷宮の背後、もしくは天井から襲いかかられる幻想から逃れられない者も多い。

 初心者であればなおさらだ。中にはその雰囲気だけでまいってしまう者もいる。


 魔法で精神を消耗し、肉体強化(タフネス)をあまり重ねて取らない魔法使いなら尚更のことだ。


「責めないであげてね。よくあることだから」


 自分も足を引っ張った立場であるため他人事とは思えず、お節介かとも思ったがヒラクはそう言ってしまった。

 見れば、隣のリスィも熱心に頷いている。


「当たり前だろ。そういうの分かってない俺らのが悪かったんだからさ」


 それに対しライオは、本当に当たり前のことのようにそう言葉を返した。

 先ほどの苦笑も、どちらかと言えば自嘲の類だったらしい。

 それに気づいて、ヒラクは彼となら友達になれるように思えてきていた。


「それに……俺ってばあの子が運命の人って感じがするんだよね……」

 

 が、続くライオの言葉で、それを一時保留にすることになる。


「どうしよう、あの本当に申し訳なさそうな『ごめんなさい』を聞いた途端ビクビクってきちゃったんだ。こう守ってあげたくなる存在って言うか……」


 うっとり、手を組んだり己を抱きしめたりしながらも初対面であるヒラクに対して……いや、例の見知らぬ少女に対して愛を語り始めるライオ。

 その様子は先ほどまでのリスィと酷似しているが、小さく愛らしい妖精とむさ苦しい男子では印象が大分違う。

 ところが隣にいるリスィなどは、恋って良いですね、などと言いながらちらちらとヒラクに視線を送ってくるのでたまらない。


 ヒラクがこれからの寮生活に一抹の不安を抱いていると、ライオが急に身悶えをやめた。

 そうして彼は久方ぶりにヒラクへ目線を向けると。


「そういやお前、晩飯どうする?」


 と尋ねてきた。



 ◇◆◇◆◇



 その場所は水の中にある遺跡である。色とりどりの魚が泳ぐ中、彼はその中にいつの間にか立っていた。

 水中だというのに、まるで苦しくはない。その事に、不思議も感じない。

 彼はそれが夢の中だと分かっており、また、ただの夢ではないことも知っていた。


 そんな彼の前に、石版――子供である彼にも脇で抱えられるほどの大きさをした石版がいくつも舞い降りて、沈んでくる。

 それぞれには短い文字、例えば肉体強化、火魔法などの文字が書いてあり、それらを手に取ると、その度にその石版が持つ、すばらしい力が感じられる。

 

 次々に落ちてくる石版の中から、彼が選んだのは……。


「……三叉槍(トライデント)だったんだなぁこれが」


 配給される食事の内、B定食の中にあるシチューをすすりながらライオが愚痴った。


「はぁ……」


 それに対して向かいに座るヒラクは、何とも言い難く曖昧な返事をする。


 ここは男子寮内にある食堂。

 注文した夕食を摘みながらライオが話しているのは、自らが初めて「神殿」へ潜ったときの話である。


 この世界において、人がある程度魔物を倒すと神からの神託が下る。

 そしてその晩に眠りにつくと現れるのが、ギフトを賜ることが出来る「神殿」である。


「槍でも良かったのに、何でそんなもんに限定しちゃったのか自分でも不思議でさぁ」


「夢の中じゃ、はぐっ、しょうがないんじゃないですか?」


 ヒラクの頼んだA定食に入った白身のフライ。それを両手で抱えたリスィが、ライオを慰める。


 妖精は物を食べる必要がない。

 だがヒラクが食事をすると、リスィはいつもなにやら物欲しそうな顔をするので、彼は毎回リスィに食べ物を分け与えていた。


「いや、神殿の中って結構意識ははっきりしてるからね。じゃないと……」


 自分のような人間が量産される。そう言おうとして、ヒラクは途中で言葉を切った。


「そうなんだよ。だから神殿が海の中だったのが悪いと思うんだよな。そのせいで当時流行ってた紙芝居の、「海神ポセイダルカマーン」が浮かんじまったんだ」


 代わりにライオがヒラクの言葉をどう受け取ってか、うんうんと頷きながらそう話す。


 神殿の形状は、個人によって差異がある。人によってはそれは森の中に、あるいは燃えさかる炎の中にあるという。

 神殿占いという、神殿の形状によってその人間の性格を占うという物もメジャーとなっているが、その信憑性は未だ明らかになっていない。


「最初のスキルって普通肉体強化(タフネス)取るじゃん。かけっことか急についていけなくなるし、バカにされてさぁ……んむ、飯は結構イケるなここ」


「あー……力関係が露骨に変わるよね」


 ピラフをかっこみながら話すライオに、ヒラクは同意の声を上げた。

 義務教育を受ける6年の間に、学生たちは3つのギフト取得が義務づけられる。

 初めてギフトを取る少年の八割が選ぶのが、肉体強化(タフネス)である。

 これが一つあるだけで、筋肉の内に魔力が流れるようになり、身体能力が大きく向上する。

 病気への抵抗もでき、さらに大きな事故に遭ったとしても、その肉体的ダメージを魔力――要するに精神力で軽減できることができる。

 子供の無事を願う親の希望と、他の子供より上に立ちたい少年たちの欲望が合致し、この肉体強化(タフネス)というスキルは多くの人間に取られているのだ。


「お、ヒラクも最初は取らなかった系男子?」


 同意を示すヒラクに、ライオが目を輝かせて尋ねる。


「僕の場合は料理(クッキング)だったよ」


 そのような男子のカテゴリがあるかはともかく、ヒラクがそう答えると、ライオは眉間に皺を作って首を傾げた。


「何でまた料理(クッキング)


「うちの孤児院が、ちょうど料理出来る人が卒院しちゃって」


 ヒラクがそう答えると、ライオは目をぱちぱちと瞬かせた。


「すげぇ取り方するな」


「自分でもあの頃の自分を叱りたいよ」


 ライオにそう言われ、ヒラクはため息を吐いた。

 料理など、ギフトが無くても修得できる。そして取ったとしても、レベル1では普通に食べられる、程度の味である。


 ライオはそのままヒラクが持つギフトについて尋ねようか迷う様子を見せた。


「……まぁそんなわけで、この三叉槍(トライデント)のスキルを絶対活かしてやろう! と意地になって、この学校へ入学しようと決めたわけ」


 しかし結局、まずは自らの話をまとめることにしたらしい。

 そう締めくくると、彼はサラダを頬張った。


「なるほど」


 そう相づちを打ちながら、そう言えばそもそもそんな話題だったとヒラクは思い返していた。


 ライオの話はあちこちに脱線するので、彼が最初に掲げた「なぜこの学校に来たのか?」という話題は半ばヒラクの頭から消えていたのだ。

 

「で、お前は?」


 そしてそんなヒラクに、ライオが尋ねてくる。


 話題を向けられ、少し悩むヒラク。

 海鮮のスープで口を潤してから、彼は口を開いた。


「就職のため、かな」


「え?」


 リスィが驚いたような顔でヒラクを見る。


「あー、今の時代なー」


 しかしそれに対し、ライオは納得したような声を上げて水を飲み干した。


「ほら、ヘタに探索者用のギフトを何個も取っちゃうと、危険人物扱いされて一般の店に対して就職が難しいしさ」


「そ、そういうものなんですか」


 リスィの視線に対し、そう説明するヒラク。

 彼女は一応頷くものの、そう言うことではないと視線が訴えていた。


「それに、事務なんかだとレベル3はないと採用厳しいって言うしな」


 リスィはヒラクのほうに顔を向けているので、ライオはそれに気づかない。彼はヒラクの言葉を補足する。


「面接で散々言われたよそれ」


 それに対し、ヒラクは深くため息を吐いた。


 今時事務デスクワーク1レベルでは需要がない。この魔法は我が社の業務にどう役立つのか。何故このようなスキル振りなのか。得体の知れないスキルばかり持った人間を採用は出来ない。

 面接官達の醸し出す呆れたような空気を思い出すと、今でもヒラクの背中には冷や汗が伝う。


「で、卒業後に身柄保証と就職斡旋をしてくれるこの学校に来たと」


 その様子に同情したような表情をしたライオが、ヒラクの話を先回りした。

 アールズ探索者養成学園では、卒業者に国が人柄を保証――つまりこの人物が問題を起こした場合、中央政府が責任を取りますよという証明書が賞与される。

 これは国を守る騎士などにも発行される物で、戦闘用のスキルを多数持った人間でも、ある程度は就職がしやすくなる。


 そして就職斡旋だが、こちらは新設の学校であるため未知数である。

 それでも糸口が無いよりはマシだと、ヒラクは考えていた。


「そういうこと」


 答えてから、ヒラクはリスィが不安げな表情で自分を見上げていることに気づく。


「まぁ、それだけじゃないんだけどね」


 言いながら、彼はリスィの頭を指で撫でた。


 彼女の考えていることも分かる。確かに、自分たちの目的はそれだけではない。

 だが、ライオにそれを説明するには若干込み入った説明が必要だった。

 

 ヒラクの意図を察したのか、不満そうな顔をしながらもリスィは何も言わない。

 ただ彼女が上目遣いで訴えたので、ヒラクは彼女の頭を何回か撫でなおした。


「いろんな奴がいるんだな。まぁ今時探索者になろうって人間の方が珍しいか」


 ライオもまたヒラクの気持ちを汲んだのか、それとも単に興味がないのかそう呟いた。


「そうなんですか?」


 頭を撫でられたまま、リスィがヒラクに尋ねる。

 指を離そうとすると彼女が背伸びをする気配がするのは、ヒラク自身が彼女の頭の感触を惜しんでいるせいだろうか。


「もう魔王はいないからね。魔物が地上へ侵攻してくる気配もないし、ギフトもさっき言ったように戦闘よりは生活で役立つ物を取るほうが主流なんだ」


 そんな事を考えながらも、ヒラクはリスィに解説をした。


「まぁ、戦闘以外のギフトもすげぇかんな。発明とか。あの列車って奴を見たときは正直腰抜かしかけたよ俺」


 そんな彼らをなんだかなぁという視線で見ながら、ライオはヒラクの説明を補足する。


「あーあれは凄いですね! 鉄の塊がすごい勢いで走って!」


 そんな彼の言葉に、リスィは久々にライオの方を向いて同意した。

 が、同時にヒラクが指を止めると、「どうしてやめるんですか?」とばかりに彼を見上げる。

 

 ヒラクが微苦笑をして頭撫でを再開すると、彼女は再び上機嫌になってライオに尋ねた。


「しかもあんなに長いトンネルまで掘って……あれは魔法なんですかね?」


 リスィは今日、この学園に来るために初めて列車という物に乗った。

 列車とは、鉄の道上を鉄の芋虫――とても早い芋虫が走るという代物ある。

 その道――レールとか呼ばれた物は、ヒラク達が住んでいた町の地下からアールズ探索学園まで、ずっと続いていた。

 リスィが一旦一眠りしてしまって、再び起きても続いていたぐらい、ずっとだ。

 あれもギフトの力だというのであれば、とんでもない。


「は?」


「え?」


 しかし、リスィがそんな疑問を呈すと、ヒラクとライオは揃って顔を見合わせた。

 それからヒラクが、自らの額を押さえる。


「ごめん。そう言えば説明してなかったや」


「え、なんですか?」


 主人の態度の意味が分からずリスィが困惑していると、ヒラクは少々まじめな顔になって、彼女に告げた。


「列車が走っているあの場所ね。ダンジョンの一階なんだ」


「えぇー!?」


 それは、リスィにとって衝撃的な言葉だった。

 彼女の叫び声が食堂に響きわたり、まばらにいる寮生。そしてカウンターの中にいるおばちゃんまでがヒラク達を見た。


「ちっちゃいのに大きな声だすなぁ」


 耳を押さえたライオが、目を見開いて呟く。

 妖精の声は、人間をサポートしやすいようにか、その体とは不釣り合いに大きい。


「で、でもでも、大丈夫なんですかそれ!?」


 苦笑する主人に頭から指をどけられ、リスィは自分が相当物知らずだったことを悟った。

 しかし、彼女の驚きも半端ではない。

 何せ先ほど自分が死にかけたあの場所を、移動手段として使っているというのだ。


「結界が張ってあるからね。世界中に張り巡らされたダンジョンの一階丸まるに」


 周囲に軽く手を挙げ何でもないですよと笑顔を振りまいてから、ヒラクはリスィの疑問に答えた。


「けっかい?」


「強い魔物ほど近寄れなくなる魔法みたいなものかな? 低層の魔物ほど弱いのは、そもそも神様が張った結界のおかげらしいんだ。だけど、それを、結界のギフトを取った人間と発明のギフトを持った人間が協力して、一階に一匹の魔物すら存在出来ないように強化したらしいよ」


「ほぇーそんな事までできちゃうんですねぇ……」


 ヒラクの説明も、リスィには半分ぐらいしか理解できていない。それでもなんだか、彼女は薄気味悪い気分になった。


「この列車の存在こそが、我々がダンジョンを制し、新時代を迎えた証である! だっけか」


「イルセリアン四世の言葉だね」


 それを見て、ライオが芝居がかった声でそんな文句を口にする。

 ヒラクは苦笑しながら、頬杖をついた。

 何となくリスィは、二人も自分と同じ気分なのではないかと考えた。


「ふへぇ……確かにこれなら、いつかダンジョンも魔物もいなくなっちゃいそうですね」


 ダンジョンはあぁてふぁくとを、リスィを育んだ場所である。

 同時に今日は自分の命を奪うはずの場所でもあったが、なくなると思うとなんだかせつなくなってしまう。


「それはないと思うよ。ダンジョンも魔物も、そしてギフトも僕らの生活には欠かせない物になってるんだから」


 しかし、ヒラクはそんなリスィの言葉を否定した。その口調には、どこか皮肉げな響きが宿っている。


 だが、彼がそうなるのも仕方がないかもしれない。

 人間はある意味ダンジョンに、魔物に依存して生きているのだ。


「ま、俺は難しい事はよく分かんね。列車の仕組みもダンジョンも、俺には分かんないことだらけだし」


「ギフトもね。誰だってそうだよ」


 ため息を吐くライオと、それを苦笑しつつ慰めるヒラク。

 リスィだってそうだ。記憶のない彼女には、何もかもが分からないことだらけである。

 この世界では誰もが、不確かな物に依って生きているのだ。


 その中で、ヒラク様という人がいる私って幸せなのかもなぞと、ロマンティックモードの残滓にリスィが体をくねらせていると――。


「とりあえず、どう生きるにしろ単位取って卒業しないとな」


「そうだねぇ」


 男同士で慰め合っても仕方がないと考えたのか。

 ヒラクとライオの話題は自然、現実の問題へと向けられた。


 アールズ探索者養成学園において、卒業の条件は二つある。

 まずは学園に鑑定させた品物の合計金額が、一年に三回ある学期末までに規定の値を上回ること。

 そして、同じく学期末にある検定試験をパスすることである。


 試験の内容は不明だ。

 だが初日に生徒だけでダンジョンへと潜らせる校風を考えると、相当無茶なことをさせられるのではないか。

 ヒラクはそう考えていた。


「久々に青春っぽい話ししたわ。改めてこれからよろしくな、親友」


 そんな事を彼が思考していると、対面のライオが立ち上がった。

 そうしてライオは、ヒラクに対して手を伸ばす。


「親友? そこまではまだちょっと」


 しかしヒラクは、その手を取らずに首をひねる。

 その顔には、リスィがあまり見たことがない悪戯な相が宿っていた。


「んだよ、つれないな」


 ライオもそれを見とめたようで、ヘンと笑うと机の上に置かれたヒラクの手を叩く。


 さすがに親友とまで言われるとくすぐったい。

 だがしかし、短時間でこんなに人とうちとけられたのも久しぶりだと、ヒラクは感じていた。


 同時に、彼の後ろ向きな性質上、打ち解けられなかった人間の陰がちらりと脳裏を掠める。


「おいおい、そんなに嫌だったか親友呼ばわり?」


 突然顔を曇らせたヒラクに対して、ライオが首を捻った。


「いや、そうじゃなくて……」


「分かった。パーティーメンバーと上手くいかなかったんだろ」


 そして彼は、言いよどむヒラクに指さしズバリと言い当てる。

 自らの悩みを正確に指摘され、ヒラクはハッと顔を上げた。


「読心術のスキルなんて持ってたの?」


「お前、存外顔に出やすいから気をつけろよ」


 びっくりしてヒラクが尋ねると、ライオは半眼になって彼に忠告をした。

 机の上ではリスィがうんうんと頷いている。


「いや……こう、ちょっと嫌われちゃったというか」


 仕方なく、ヒラクはライオにそう打ち明けた。

 まぁそもそも、彼女の自分に対する好感度は底辺のまま横ばいという気もするのだが。


 ヒラクの言葉に、ライオは腕を組んで頭上を睨んだ。

 そうして彼はしばらく考え込んでいたが。


「だぁいじょうぶだって! んなもん時間がたてば解決するから!」


 一転、無駄に明るい調子になり、ヒラクにぐっと親指を立てた。

 考えては見たものの、面倒くさくなったのかもしれない。


「そ、そうですかねぇ」


 事情を知るリスィとしては、それで解決するとは思えないのだろう、胡散臭げな声を上げる。


 しかし、ヒラクは逆に彼を信じてみようかという気になっていた。

 自分はいつも物事を後ろ向きに考えすぎて、余計にややこしい事にしているのではないか。

 迷宮での件、そして今日ライオと話していて、ヒラクはそう感じたのだ。

 だから、胸を張りふんぞり返るライオに対してヒラクは――。


「ありがとう」


 と素直に礼を言ったのだった。



 翌日、ヒラクは件のモズに、「アンタとなんかと二度と組まない!」と大声で宣告されてしまうのだが、それはまた別の話である。



特化ギフト


 槍や斧など、特定の武器に習熟できるギフトだが、斧槍や三叉槍など、槍カテゴリの中でも更に狭いカテゴリの武器に対して習熟することも出来る。

 それらは特化ギフトと呼ばれ、例えば三叉槍のギフトを所持する人間が斧槍を握っても、その技量は5割程度に減じる(槍のギフトを取った人間ならば、それらを同様の精度で扱うことが出来る)。

 槍スキルを取った人間に比べ、三叉槍のギフトを取った人間の方が、三叉槍の扱いに長けるという報告もあるが、神殿占い程度の信憑性である。



神殿占い


 人間が誰しも持つ、ギフトを選ぶための神殿。その形状の差異が本人の因果や性格に関係しているとして、そこからその人物の性質や運命を占う物。

 神殿の形状を火、風、水、土に振り分ける四属性占い。そこに光、闇を加えた六属性占い。

 それぞれの属性を司る十二匹の動物に振り分ける十二属性占いが主流。

 占い方法によって神殿の意味は異なるが、火属性の神殿を持つものは直情的でワガママというのは何故か共通している。


用例:「お前何神殿? 火? あー、だと思った」

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