役立つギフトたち
二度目の戦闘を終えたヒラクたち。
豚型の魔物――通称オークの魔核から、アルフィナが取り出したのは、硝子の容器に入れられた液体であった。
そういった薬の正体は、通常であれば持ち帰るまで分からない。
しかし、今回の場合は違った。
ヒラクが薬物鑑定のスキルを持っていたためである。
――そして鑑定結果、その物品は先ほどモズ達が苦い顔を晒しながら飲んだ魔力を回復するポーションの類似品であることが判明した。
「私は別に、アレが魔力用ポーションだったことに怒ってるんじゃないの。アンタの無駄遣いに怒ってるのよ」
先頭を歩きながら、モズがこぼす。
同じ魔力を回復するポーションであっても、先ほどの緑茶と今ヒラクが預かっているポーションでは価格も効果も違う。
確かにそれで怒られる謂れは無い。
「無駄遣いって言ってもまぁ、ほら、そんなに魔力を消費したわけでもないし」
薬物鑑定をするにも確かに魔力を消耗する。
しかしライトと同様大した疲労ではない。
魔力は精神力と近しい関係にあり、多量に消耗するとそれに見合った疲労感を伴う。
だが、今のところヒラクに目立った疲れは無かった。
「アンタのちっぽけな魔力なんかじゃなくて、スキル枠の無駄を責めてるの!」
そんなヒラクに対し、振り向いたモズが火を吐く勢いで叫んだ。
……ヒラクは確かに魔法では疲労感など覚えていない。あくまでも魔法では。
「ひ、ヒラク様はちっぽけなんかじゃありません! 私から見たらすっごくすっごく大きい方です!」
肩を落としたヒラクをかばうように、リスィが両手を広げながら抗議する。
「いやリスィ。君から見たら大体の人間はそうだから……」
が、彼女の言い方では、あまり擁護になってはいなかった。
「鑑定なんてそこら辺の町でもはした金だし、この学校でなんて無料でやってくれるのに……」
あきれたような顔で前を向きなおしたモズが、更にぶちぶちと続ける。
スキルが必要な鑑定だが、迷宮探索者の装備を扱う店であれば大抵の店員が持っている。
エンチャント全盛の現代。これが無くては目利きができないので当然だ。
そして、持っているのが当たり前なので鑑定自体に多く金を取る業者は少ない。
自分の店で買い取らせてくれるというのであれば、鑑定料をタダにするというサービスが一般的であった。
更にここ、アールズ迷宮探索学園においては鑑定料も学費の一部であり、事務室にて無料で行ってくれるという按配である。
つまりダンジョン内で拾ったアイテムを即使いたいというのでなければ、ヒラクのスキルはまったくの無駄になるのだ。
「ったく、なんだってこんな考え無しとパーティーを組むことになったんだか」
こぼすモズの後ろで、ヒラクは苦笑いをするしかない。
しかし、ヒラクの受難はこれで終わりではなかった。
薬の件があって、ヒラク達はしばらく無言で進んだ。
迷宮は名の通り人間を惑わすため、複雑に曲がりくねっている。
そんな中、モズは相変わらず一歩先を歩き、分かれ道になると勝手に進行方向を決めて曲がっていたのだが――。
そんな中、ヒラクはふと気づいていまだにぷりぷりと歩くモズに声をかけた。
「あ、そっちに行くと戻ることになるよ」
何度目になるか分からない分かれ道。
やはり振り向かず曲がろうとしたモズが、キッとヒラクを睨みながら振り返る。
「は? なんでそんなこと分かるのよ」
彼女の声は不機嫌そのものである。
「ええとね……」
声をかけてからしまった、とヒラクは気づいたのだがもう遅い。
彼はちょっと待ってとジェスチャーをすると、鞄を漁り出した。
そして、その中から棒を二本取り出すと、それをつなげて一本の長い棒にする。
何事かと見ているパーティーメンバーの前でヒラクは、その先についたチョークで地面に線を書き始めた。
「僕たちって、今こう進んだんだ」
それは、今まで彼らが進んだ経路を示したものだった。
彼の描いた図の通りなら、確かにモズの進む先で以前通った通路に戻る。
「そんな事をよく覚えていられるな」
フランチェスカが、感心だか呆れだか分からないトーンの声を出す。
リスィはヒラクが突然出した道具に興味津々の様子である。
「地図作成……のスキルを持ってるから」
フランチェスカの問いかけに、悪戯が見つかった子供のような口調で答えるヒラク。
地図作成は、取得すると今まで踏破したダンジョンの道筋がまるで実際の地図のように頭の中に描かれるというスキルである。
測量の技術が無くとも通路の長さ、道幅に狂いは出ず、かつては探索者に必須と言われたギフトであった。
「またなの!? んなもん専門職に任せなさいよ!」
モズが悲鳴に近い声を上げる。
先ほどの件から予想はしていたリアクションだが、実際にされるとやはりヒラクの体がすくんだ。
有用に見える地図作成だが、現在はその価値もだいぶ落ちている。
原因は魔王の死後に作られた大量印刷技術の普及。そして、魔王が死んだこと自体にもあった。
魔物の侵略が止んだ現代において、迷宮に潜る目的というのはギフトを取るという以外にはあまり無い。
危険を冒してまで、地図の無い未踏破のフロアへと踏み込む必要が無いのだ。
そして、踏破済みのエリアには、大抵の場合地図が用意されている。
よって、探索者であってもこのギフトを取得するものは現在稀であった。
モズが噛み付かんばかりにヒラクを睨み、それに気おされヒラクが一歩下がる。
「くっだらないスキルばっか取って! アンタ何様なの? スキル全コンプでもする気? この地雷男!」
尚も止まる気配の無い。もしくは今まで積もってきた鬱憤を晴らそうとするかのごとく罵倒を続けるモズ。
彼女がヒラクを罵倒するたび、表情がくるくると代わり、なるほど怒り顔にもこんなに種類があるのかと、ヒラクは半ば感心してしまった。
そんな主人をよそに、モズの暴言に耐えかねたリスィが、ヒラクの肩口から彼女の目の前に飛び出し、彼をかばう。
「ヒ、ヒラク様は地雷なんかじゃありません! むしろその爆発しなさはイルセリアスの不発弾と言われるほどで……」
「いやそんな二つ名持った覚えないから」
またも擁護になっていない擁護をしようとするリスィに、ヒラクが小声でツッコミを入れるが、双方とも聞いている様子が無い。
「しかし、迷宮内で迷う事態と言うのは珍しくない。誰か一人は持っていて損はないスキルだろう」
そんなモズとリスィの間に、今度はフランチェスカが割って入った。
「ギフトで取らなくても、誰か一人が覚えておけばいいでしょ!」
するとモズの怒りの矛先はフランチェスカへと逸れ、彼女に食って掛かる。
「誰も覚えていなかっただろう」
「あ、アンタも覚える気ゼロだった事を反省しなさいよ!」
「お前が自信満々に進んでいくから、こういう仕事は下々に任せようとしたのではないか!」
最初は冷静に対処していたフランチェスカだったが、モズと口論を続けていくにつれ、その語尾が段々荒くなっていく。
「誰が下々のものよ! アンタこそどうせ田舎モノでしょう!」
もちろんモズも黙ってはいない。彼女に対し顔を近づけると、得意の眼力で睨む。
「な、誰が田舎モノか!? 前世はラストラストルインキャッスル! 今世に生れ落ちたワジ村とて水が名産の素晴らしい町で……」
「水が名産なんて他にウリがない証拠じゃない!」
「何を貴様! まんじゅうだってあるんだぞ!」
とうとう言い争いを始めてしまった二人を見、これは指摘しないほうが早く進めたのではないかと嘆息するヒラクであった。
◇◆◇◆◇
それからすぐ、一行は地下へと降りる階段を発見した。
通路の先に正方形の部屋があり、その真ん中にぽっかりと丸い穴が開いている。
そこを覗き込むとらせん状の階段があるという構造だ。
天然の装いである土壁と、きっちり丸く切り取られた穴、そして整備された階段がひどくミスマッチであった。
先頭を歩くモズが、若干おぼつかない足取りで階段を見下ろす。
そうして彼女は背後を向くと、ヒラクを睨みつけた。
「自分のおかげだなんて思わないでよ! アンタがその分戦闘で役立つスキルを取っておけば、もっと早くついたんだから」
モズはまるで定型のように早口でそう言う。
そんな風に釘を刺されても、ヒラクはそもそもそんな事は微塵も考えていない。
「は、はぁ」
なので、彼としては曖昧な返事をせざるをえない。
「ふんっ」
ヒラクがそう応えると、モズはお馴染みの鼻からブレスを吐いた。
先ほどの言い争いで少しすっきりしたのか。彼女の態度も少し落ち着いている。
「階段も普通にあるんですねぇ」
そんなやり取りを無視し、あるいは和ませようとしているのか。リスィが階段を見下ろしながら呟く。
彼女はヒラクの頭より少し高く浮き上がると、階段に沿ってくるくると上空を旋回し始めた。
リスィにしてみると迷宮というのは想像――それにおぼろげな記憶とは大分違うので、何があってもおかしいというか、あるべきものがあることに違和感を覚えるようになっていた。
「普通って……まぁこの迷宮は少なくとも地下百階まではあるそうだから」
そんなリスィに、ヒラクが苦笑しながら答える。
「ひゃ、ひゃく……」
その言葉にリスィは絶句し、へなへなと高度を下げた。
一階降りるのにこれだけの時間を使うのに、百階ともなればどれだけの旅になるのか。 想像しただけで眩暈がする工程である。
「良いから。さっさと降りるわよ」
リスィが落ちたところに、ちょうど頭があった。
ヒラクの物とは違う、さらさらとした髪質である。
リスィがそこから下を覗き込むと、モズの鋭い眼光が彼女を迎え撃った。
「あ、ライト飛ばすよ」
ヒラクがそう言って止めるも、モズはさっさと階段を降りてしまう。
抗議のために髪の毛を引っ張っちゃろかと思ったリスィだったが、彼女の髪があまりにもさらさらなのでやめた。
そうして、リスィはモズに乗ったまま三階へと降りた。
二階の床であり三階の天井である土壁は、横から見ると思いのほか薄く、跳ね回っているだけで底が抜けてもおかしくはないようにリスィには感じられた。
だが、ヒラクからも崩落の危険等は告げられなかったので、特にそういう心配はないのだろう。
そういうものなのだ。リスィはだんだんとそう納得するようになっていた。
――幸いと言うべきか、三階の広間には誰もいない。
「あんまり変わり映えしないですねー」
そして、壁も床も二階と大して変わらない。相変わらず仄かに緑色に光る土壁である。
確かにこんなところに何時間も篭ったらおかしくなってしまいそうだと、リスィは考えた。
モズが怒りっぽいのも、こんな場所で常に気を張っているからに違いない。
そう思うと、ちょっとだけモズに優しくなれる気がするリスィであった。
「アンタ、なんか失礼な事考えてるでしょう」
そんな彼女の慈愛の視線に気づいたのか。モズが上を向きつつリスィを睨みつける。
枝毛のない髪のおかげで、あっさりと頭の上から滑り落ちるリスィ。
ちょうどそんな時、後からヒラク、フランチェスカ、アルフィナが続けて降りてきた。
それを見、リスィはモズの頭からヒラクの頭に乗り換えた。
先ほどより若干固い髪質だが、やはりこちらのほうが安心する。
彼女はヒラクの頭に顔をうずめると、息を吐きながら彼にその旨を伝えた。
「私って、匂いフェチなのかもしれません……」
「匂い…何?」
リスィはたまにヒラクの知らない言語を使う。
その兆候は一緒に暮らし始めた当初からあったので、彼女が使っているのは人間ではなく神の言語なのかもしれない。などとヒラクは考えていた。
「ほら、とっとと進むわよ!」
いつも通りモズに急かされ、一行は進む。
そうして二、三回角を曲がった辺りであろうか。
微かな音を耳に捉え、ヒラクは足を止めた。
先行するモズも、また立ち止まっている。
どうやらヒラクの聞き間違えではないようだ。
ヒラクはモズを気にしながらも少し先にある曲がり角から身を乗り出すと、その先を見た。
するとそこはやや広めのホールとなっており、中には複数のうごめく影がある。
ヒラクはパーティーメンバーに目配せをすると、詠唱を開始した。
「ライト」
唱えると、球状の光が彼の手の中に現れる。
ヒラクはそっと、それを広間の先へと押し出した。
「えーと蝙蝠型のが八体。豚型のが三体」
するとそこに、影を背負う魔物の姿が映し出される。
三体は先ほど戦った豚型の魔物。そしてその周囲を、蝙蝠そっくりの生き物が飛んでいた。
一見天然の動物に見えるが、彼らの頭は小さな箱に差し替えられており、羽を動かすリズムは規則正しく揃っていた
「だからオークって言いなさいよ。飛んでるのはバット」
ヒラクが確認のため声を出すと、モズのツッコミが入る。
彼女としては譲れない点であるらしい。
そんな彼女に苦笑を返しつつ、ヒラクは支給の懐中時計を取り出すと、それをチェックした。
「あと二十分。これが今回の最後かな」
授業の時間はあとわずか。とは言えヒラク達は学校側に何を教わったわけでもないのだが……。
規定の時間に遅れるとペナルティーが与えられ、最悪進級が出来なくなるのである程度余裕を持って帰らなければならない。
安全を考えるならば、もう帰っても良いのだが……思いながらも、ヒラクは黙っておいた。
「誰かさんが役に立てばもうちょっと効率出たのにね」
「はは、ごめん」
モズが皮肉を言うが、ヒラクはそれを愛想笑いで流す。
ヒラクが帰ろうといったところで、彼女は受け入れないだろう。
「ふん、行くわよ」
だが、そのリアクションもやはり気に入らなかったのか。それともヒラクの心のうちが透けて見えたのか。モズが鼻から息を吐いて大剣を外す。
「あ、その前に……」
そんな彼女を、ヒラクが呼び止めた。
一瞬彼に視線を向けたモズだったが――、
「だから補助なんか要らないわよっ! 時間が惜しい!」
そう叫ぶとそのまま曲がり角から飛び出していってしまった。
「補助じゃないんだ、けど……」
「むむぅ」
そして、不満顔の膨れ面が、ヒラクの耳元にもう一人いた。
リスィはヒラクを馬鹿にするモズの態度が腹に据えかねるようで、彼女の後姿を睨んでいる。
「止めようか?」
ヒラクの横に並んだフランチェスカが、ヒラクに問いかける。
彼女はリスィの頭を撫でようとして、自らの手が甲冑に包まれている事に気づいてやめた。
「いや、二人なら問題無いと思う。ありがとうね」
それに対し、ヒラクは首を横に振った。
それから目線で行ってあげてと促す。
「だりゃぁ!」
奥の広間では、既にモズと魔物が戦闘に入っていた。
彼女の大剣が、最初につっこんできた蝙蝠の頭を刎ね飛ばす。
「分かった。この斧槍姫騎士フランチェスカ=ザビーネ=カエサルに万事任せろ!」
そう叫ぶと、フランチェスカもまた斧槍を持って駆け出していく。
あれさえなければいい子なんだけどなぁ。
ヒラクはひそかに嘆息した。
「まぁ、こうなったら大人しく観戦してよう。ね、リスィ」
それから、彼は膨れ面のリスィに呼びかけ、自らもアルフィナがすでにスタンバイしている曲がり角の影に隠れることにした。
「はぁい」
不満顔のまま、リスィがそれに従う。
そうして、戦闘が始まった。
薬物鑑定
薬物の種類を鑑定するギフト。知識系のギフトは大抵人類共有知識に蓄えられたものを引き出すためにあり、人類の誰かが発明した/鑑定した薬物であれば、新しい薬物でも鑑定できる。
他に武具鑑定やあぁてふぁくと鑑定などのギフトがある。